ミラノ・コルティナ・オリンピックが今日、幕を閉じた。
日本選手団は史上最多となる24個のメダルを獲得し、連日、日本中を沸かせてくれた。
もちろん、メダルを手にした選手たちは称賛に値する。
だが、私の心に強く残っているのは、むしろメダル、ことに金メダルに手が届くはずだった選手たちの姿である。
スキー・モーグルの堀島行真、スキージャンプ90m級の二階堂蓮、フィギュアスケートの坂本花織、
スピードスケート1500mの高木美帆などだ。
ほんのわずかな差、ほんの一瞬の揺らぎ。
あの一瞬が違っていたら――と思わずにいられない。
スポーツに「もし」はないと言われる。
それでも、「もしあの時」「もしあれが」と考えてしまうのが、オリンピックという舞台だ。
「オリンピックには魔物が棲んでいる」とよく言うが、あながち言い過ぎではないのかもしれない。
過去の冬のオリンピックを振り返っても、そうとしか思えないような巡り合わせに翻弄された絶対王者たちがいる。
私の記憶に強く残る五人を、ここに挙げてみたい。
藤沢隆(ふじさわたかし) ― 揃わなかった二本
1966年、オスロで行われたノルディックスキー世界選手権。
藤沢隆は個人90m級で銀メダルを獲得し、日本ジャンプ界に衝撃を与えた。
国内でも無類の強さを誇り、オリンピックでの活躍は約束された未来のように思われていた。
だが、グルノーブル、札幌と二度の五輪で結果は出なかった。
二本のうち一本は決まる。だが、もう一本が揃わない。
まるで魔物に魅入られたかのように。
札幌大会では、笠谷、今野、青地が金・銀・銅を独占し、日本中が歓喜に包まれた。
その陰で、笠谷に次ぐエースと目されていた藤沢は二回目を失敗し23位に終わっている。
三人が英雄となったその裏側で、記憶から零れ落ちたもう一人のエース。
私は、あの立場に立つことの重さを想像してしまう。
鈴木恵一(すずきけいいち) ― 王者の不運
スピードスケート500mの絶対王者、鈴木恵一。
世界記録を打ち立て、世界選手権でも6連覇を達成した。
金メダルは時間の問題だと、多くが信じていた。
しかし、オリンピックではインスブルック(5位)、グルノーブル(8位)、札幌(19位)と結果が出ない。
特に全盛期で迎え、金メダルが確実視されていたグルノーブルでは、
大会直前に西ドイツでリンクが使えず練習不足に陥ったことに加え、
レース直前に小石を踏み、ブレードを傷めるという不運。
私はそこに、「不運」の一言では片づけられない何か得体のしれないものを感じてしまう。
黒岩彰 (くろいわあきら)― 唯一のメダル
黒岩もまた、1983年の世界スプリント選手権(ヘルシンキ)で総合優勝を果たし一躍脚光を浴び、
優勝候補としてオリンピックに臨んだ。
しかし、サラエボでは調整に失敗し10位、後輩の北沢欣浩(銀メダル)の後塵を拝した。
天候やレーンの条件を理由にすることもできたが、彼は何も語らなかった。
四年後のカルガリー。
自己ベストを叩き出しながら銅メダル。
それは日本選手団唯一のメダルだった。
金ではない。
だが、あの銅は、静かに重かった。
高梨沙羅 (たかなしさら)― 風に翻弄され
高梨はスキージャンプ・ワールドカップで男女通じて歴代最多の63勝、
男女通じて歴代最多の表彰台113回、
女子歴代最多のシーズン個人総合優勝4回という圧倒的な戦歴を持つ、
疑いようのないレジェンドだ。
それでも、オリンピック個人種目での金メダルはない。
金メダルが確実視されていたソチ大会、彼女が飛ぶときだけ吹いたあの追い風。
「後ろから叩かれた」と本人が語ったあの一本。
あの風は、「オリンピックに棲む魔物」そのものだったように思う。
だが彼女は、その後も飛び続けた。
勝ち続けることより、飛び続けることの方が難しい。
その継続こそが、彼女の強さなのだと思う。
それを望むのは彼女には酷なのかもしれないが、
4年後の晴れ舞台でも彼女の雄姿を見たいものだ。
浅田真央(あさだまお) ― 伝説のフリー
浅田もまた、金に届かなかった天才だ。
バンクーバーではライバル、キム・ヨナに屈して銀。
ソチでのまさかのショートプログラム16位。
演技後のあの茫然自失の表情を、私は忘れられない。
私は思った、彼女もオリンピックの魔物に取り憑かれたのだと。
だが翌日のフリー演技、彼女は別人だった。
トリプルアクセルを含む全6種類8本のトリプルジャンプを成功させ、
自己ベスト142.71点を叩き出した完璧な演技。
観る者の心を震わせる、あの「伝説のフリー」。
あれを見て、私は思った。
金メダルよりも記憶に残る瞬間が、確かにあるのだと。
オリンピックは、勝者の祭典であると同時に、届かなかった者の物語でもある。
金メダルを取れなかったからといって、その価値が損なわれるわけではない。
むしろ、ほんの一瞬の揺らぎと向き合い、それでも次の四年を目指す姿に、私は心を動かされる。
「魔物」がいるのかどうか本当のところは分からない。
だが、あの舞台が人の運命を試す場所であることだけは、確かなのだろう。