エピソード3:
ある雪の朝のノンボ
2026年5月28日
2026年5月28日
それは、雪がしんしんと降りしきる寒い冬の朝のことだった。
当時の炭鉱の長屋には各戸に「石炭小屋」が付けられており、家の中から外に出ずに石炭を取りに行くことができた。
冬になる前に、鉱山会社が馬車で石炭を運び、各家庭に無償で配給していた。厳しい一冬を越すための燃料の配給だ。これを「石炭手当」と言った。配給の日には、近所の人々がスコップを手に集まり、小屋への搬入を手伝い合った。
その朝、台所で朝餉の支度をしていた母は、石炭小屋の戸が開く音を聞いた。
「だれかきた」
お客が大好きなノンボは、小走りで石炭小屋に続く引き戸を開け、外へ出ていった。
「こんな朝早くに誰だろう」と母は不審に思ったが、手を止めるわけにもいかない。やがて、ノンボの話し声が聞こえてきた。
一段落ついた母がエプロンで手を拭きながら引き戸まで来て、小屋の中をのぞくと、そこには見知らぬ男が立っていた。
――物乞いの男だった。
母は「乞食だった」と言っていた。この言葉は、今では差別的ニュアンスを含むため使用を控えるべきとされているが、前回の「ロンパリ」と同様に、ここでも母が使った言葉として、そのまま使わせていただきたい。
男は、毛布を縫い合わせたような外套をまとい、縄で腰を締めていた。
髪と髭は伸び放題で、その頭と肩には雪が積もっていた。
何か食べるものを求めて来たのだろう。玄関から入るのをはばかって、石炭小屋から入ってきたのにちがいない。
ノンボはその男の手を両手で握り、力一杯引っ張っていた。
「おじちゃん、さむいしょ。はいんな、あったかいからはいんな。」
家に上げようとしていたのである。
母は驚いて止めようとした。しかしその時、男がただうつむいて小刻みに震えていることに気づいた。
やがて男は顔を上げた。
その目からは、大粒の涙があふれていた。汚れた頬に、はっきりと涙の跡を残しながら。
男は嗚咽をこらえ、震える声で言った。
「奥さん...私は生まれてから、こんなに優しい言葉を掛けられたことはありません...」
母は言葉を失った。
ノンボは、おじちゃんが泣いてるのを見て戸惑うようにキョトンとしていた。
やがて男は、汚れた手で遠慮がちにノンボの頭を撫で「坊や、ありがとう」と一言だけ言った。
そして、母に深く頭を下げると、何も受け取らず、そのまま去ってしまったのだそうだ。
母はこの話が好きで、後年、私や弟妹によく聞かせてくれた。そのたびに、「乞食を泣かせたノンボの優しさ」を、どこか誇らしげに語っていたものだった。
26歳頃の母と2歳頃のノンボ