令和7年度を迎えるにあたり、歴史だけに限らず、地理・政治経済・哲学・社会学など、人文科学分野に関して広い視野で取り組んでいこうと考えています。何か深めてみたいことがあったら、ぜひ活動を覗いてみてください。当面は、学校資料の読み取り、地域の文化財についての学習活動などに取り組んでいきます。
5月11日(土)群馬県の館林市文化会館小ホールで開催されたNPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館の第20回総会において、部員の芝優太君が記念講演の講師を務めました。演題は「田中正造の秘められた現代的な意味にせまるー3年間の研究の足跡をたどってー」です。
「田中正造の名前を聞いた時、まず浮かぶイメージとは、足尾鉱毒事件へ献身的に取り組む姿かと思います。しかし、これと並ぶライフワークが、特に晩年期に取り組んでいた治水問題でした。渡良瀬川と利根川流域の水害状況を丹念に調査し、独自に形成された思想をもとに、国による近代的な治水対策に異を唱え続けました。その取り組みを私は、治水を通じた、真理のための吟味立てと名付けました。それは、誰一人取り残さない社会の実現を、試行錯誤を重ねながら追求しようとする姿でした。そして、思いやりの心と正直さを兼ね備えた、数少ない本当の義人であったと私は思います。今回はそんな正造をご紹介できたらなと思います。」
会場は収容人数が300人程度ですが、満員となりました。講演は約80分間にわたりましたが、終始熱気につつまれていました。これまでの田中正造の語られ方とは一味違う内容に、聴衆の皆さんの関心の高さが伝わってきました。
8月1日(木)岐阜県の関ケ原ふれあいセンターを会場に、第48回全国高等学校総合文化祭ぎふ総文2024郷土研究部門が開催されました。千葉県代表として参加しました部員の芝優太君が、地理・産業部門において最高賞の最優秀賞となりました。「真解釈・長沼事件~千葉県荒海村の古文書にみる問題解決へのアプローチ」と題して、明治初年に沼の入会地権をめぐって起きた長沼事件を、地域史料を使って先行研究とは違った幅広い視点で考察した研究を発表しました。前年度の千葉県高等学校生徒歴史研究発表大会で発表したものに、歴史地理学的な要素を盛り込んで臨みました。12分という短い時間でしたが、豊富な内容を効果的に発表することができました。会場には秋篠宮皇嗣殿下ご一家も来場され、厳戒態勢の中で行われましたが、前日には歴史学者の小和田哲男先生による記念講演が行われ、関ケ原の戦いの研究の現状をお話ししていただきました。新説は論争などを経て、定着するまでに10年かかり、その時にはまた新たな新説が登場してまた論争を繰り返していくという、研究とは果てしのない営みであることを、高校性に分かりやすく説いてくださいました。
発表テーマ『蒸気機関の多面的考察の試み~技術革新がもたらす未来とは~』
蒸気機関が誕生した背景を、理系の視点もとりいれて、文理融合の発想で考えてみました。そして実際に蒸気機関が交通の面でどのように取り入れられていったのかについて、千葉県での状況を調べ、最後に、技術革新が私たちの生活にどのような変化をもたらすのか、考えてみました。
第40回千葉県高等学校歴史研究発表大会
(千葉県立中央博物館 講堂)
発表テーマ「ガラ紡について」 大会の趣旨で順位はつきませんが、実演を取り入れた内容から好評を得ました。
社会科研究部では、6月15日の県民の日に、成田ニュータウンと栄町の房総風土記の丘の古墳を散策しました。房総風土記の丘にある龍角寺岩屋古墳 は、1辺80mの方墳で、終末期の古墳としては推古天皇陵を上回る最大の古墳として、日本史の教科書(山川出版社『詳説日本史B』)にも載っている有名な 古墳です。この古墳に葬らているのは、下総国埴生郡の郡司となった豪族ではないかと推定されています。岩屋古墳がユニークなのは、石室に地元産の石材「木下貝層」を使用していることです。木下貝層はこのあたりがまだ海だった時に、海底に堆積した貝や泥が石化した、砂岩の一種です。非常にもろいのであまり利用されていませんが、この地域においては、どこの石を使用しているか、ということから、その地域との強い結びつきを想像できるのが面白いところです。
これらの成果を、11月に開催された、千葉県高校生歴史研究発表会で披露しました。
3年生の大日方悠君が、11月29日に千葉県立中央博物館講堂において開催された「生徒歴史研究発表大会」において、「軍事郵便を読む」と題する発表を行いました。 祖父から家族にあてられた郵便物を通じて、出征先の仏印の様子を明らかにしていきましたが、その後に参加したインパール作戦との関わりが浮き彫りとなっていった様はとても説得力があり、高い評価を得ました。