研 究 内 容
研 究 内 容
動物に現れる様々な形質が子や孫にどのようなメカニズムで遺伝してどのようなメカニズムで発現するのかについては未解明な部分が多く残されています。
当分野では、糖尿病の動物モデル、和牛など日本固有の資源動物、トキやコウノトリなどの希少動物を対象として、分子遺伝学と統計遺伝学を基盤として最新のオミクスやシステム生物学的アプローチを駆使することにより、質的・量的形質の遺伝・発現メカニズムの解明に挑戦しています。得られた知見を応用して、和牛など日本固有の貴重な資源動物の遺伝的評価・育種改良・保全法の確立に貢献することが目標です。
1. 糖尿病をモデルとする形質の遺伝・発現メカニズムの解明
糖尿病は、複数の遺伝因子と環境因子との相互作用により発症する多因子遺伝性疾患であり、多因子遺伝の代表的なモデルとして知られています。私たちは糖尿病を自然に発症するマウスやラットを対象として、従来からの交配実験と表現型解析に加えて次世代シーケンス解析やメタボローム解析など最新のオミクスアプローチを駆使することにより、糖尿病の発症に関与する遺伝子の同定と発症メカニズムの解明を進めています。
最近、私たちは肥満モデルZucker fatty(ZF)ラットを起源として新たに肥満のみならず糖尿病を発症するモデルZucker fatty diabetes mellitus (ZFDM) ラットを確立しました(Yokoi et al., J Diabetes Res, 2013)。ZFラットとZFDMラットは同一のレプチン受容体遺伝子変異(fatty, fa)を有するにもかかわらずZFDMラットのみが糖尿病を発症します。これまでの検討から、ZFDMラットとその起源であるZFラットは複数のゲノム領域が異なること(Nakanishi et al., Exp Anim, 2017)、膵島構築の破壊とインスリン分泌障害が病態の基盤であることが判明しています(Gheni et al., J Diabetes Res, 2015)。さらに、膵島を対象とするmRNAシーケンス解析とメタボローム解析により、糖尿病発症前の12週齢のZFDMラットにおいて膵β細胞の分化マーカーの発現低下、細胞増殖マーカーの発現亢進、解糖系の亢進やTCA回路の抑制などの異常を見出しています(Hayami et al., J Diabetes Investig, 2020)。
現在、糖尿病発症に関与する遺伝因子ならびに病態発症・進展機構を解明するため、交配実験、SNPタイピングおよびエクソーム解析により疾患候補遺伝子を同定するとともに、ゲノム編集による候補遺伝子の検証および膵島のプロテオーム解析による異常修飾タンパク質の同定を進めています。本研究は、ヒト糖尿病の遺伝素因と病態発症・進展機構の解明や新規のメカニズムに基づく治療薬の開発の基盤となるとともに疾患モデルの有用性を実証するものです。
≪関連論文≫
Yokoi et al. (2025) DNA Research, 32: dsaf004.
Yokoi et al. (2026) Experimental Animals, 75: 262-276.
2. ヒトとウシにおける骨格筋内の脂肪蓄積形成機構の解明
ヒトの加齢に伴う骨格筋量と骨格筋力の低下はサルコペニアと呼ばれ、深刻な健康問題となっています。サルコペニアや肥満・糖尿病では骨格筋内に脂肪蓄積が見られますが、その形成メカニズムは明らかでありません。一方、日本が誇る黒毛和種牛は、霜降りと呼ばれる筋肉内への脂肪蓄積(脂肪交雑)の能力が高いという特徴を有しています。骨格筋内の間葉系前駆細胞が脂肪細胞の起源であることが報告されており、この細胞はヒトの筋内脂肪とウシの霜降りの共通の起源と考えられます。私たちは医学と農学の融合研究として、ヒトとウシにおける骨格筋内脂肪蓄積形成機構の比較研究を行うことにより、普遍的なメカニズムならびに種や病態に特異的なメカニズムの解明を進めています。
同時に、生体における骨格筋内脂肪の量や質の指標となる血液中のバイオマーカーの探索も進めています。特に、近年注目されているマイクロRNAに着目しており、血液に含まれるマイクロRNAによる骨格筋内脂肪の質と量の診断技術を確立することが目標です。
≪関連論文≫
Amolo et al. (2026) BMC Genomics, 27: 494.
3. 資源動物における新規改良指標の発掘、遺伝的評価、育種改良法の確立
黒毛和種牛に代表される和牛は日本固有の貴重な遺伝資源です。その遺伝的多様性を保持しつつ、新たな改良目標として有望な形質を発掘し、将来の育種改良に活用していくことが求められています。私たちはウシの行動や暑熱ストレスに対する反応性などの新規形質に関するデータ解析から新たな改良指標を探索するとともに、全ゲノムにわたる一塩基多型(SNP)情報を用いた最新のゲノミック評価手法による遺伝的能力の評価法ならびに効率的な育種改良法の確立を目指して研究を進めています。
≪関連論文≫
【遺伝的能力評価法・統計モデルの改良に関して】
Ogawa et al. (2022) Genes, 14: 24.
Ogawa (2026) Animal Science Journal, 15: 15.
【遺伝的能力評価における遺伝子発現データなど新規有望情報の活用に関して】
Matsuda et al. (2011) Algorithms for Molecular Biology, 7: 1.
QTL/microarray approach using pathway information.
Takagi et al. (2014) PLoS One, 9: e115532.
Okada et al. (2018) Journal of Animal Science, 96: 2553-2566.
【SNP遺伝子型データの補完性能と補完データの利用に関して】
Ogawa et al. (2016) Animal Science Journal, 87: 3-12.
Ogawa et al. (2016) Animal Science Journal, 87: 1106-1113.
Estimation of variance and genomic prediction using genotypes imputed from low-density marker.
【SNP遺伝子型情報にもとづく遺伝的多様性の評価とその応用に関して】
Zoda et al. (2022) The Journal of Animal Genetics, 50: 3-9.
Zoda et al. (2022) The Journal of Animal Genetics, 50: 31-38.
Zoda et al. (2023) The Journal of Animal Genetics, 51: 3-10.
【黒毛和種枝肉形質のゲノミック予測に関して】
Ogawa et al. (2014) BMC Genetics, 15: 15.
Ogawa et al. (2016) Journal of Biosciences and Medicines, 4: 89-97.
Ogawa et al. (2017) Animal Production Science, 57:1631-1636.
Ogawa et al. (2022) Animal Science Journal, 93: e13710.
【黒毛和種耐暑性・環境適応性の遺伝的評価に関して】
小川ら (2025) 肉用牛研究会報, 119: 13-17.
近傍における気象観測記録を用いた特定牛舎所在地点の温湿度推定法の検討.
Ogawa et al. (2026) Animal Science Journal, Accepted.
Comparison of temperature and humidity data measured at cattle farm in Japan with meteorological observation records and NASA POWER data.
Ogawa et al. (2026) Animal, 20: 101948.
4. 特別天然記念物トキやコウノトリなど希少動物の遺伝的多様性の評価、個体分類、保全法の確立
特別天然記念物トキおよびコウノトリの増殖と試験放鳥が国家的プロジェクトとして進められています。特に保存集団の遺伝的多様性の維持は,プロジェクトを推進する上で非常に重要な課題です。この課題に対し,以下のテーマで取り組んでいます。
≪関連論文≫
【トキに関して】
Urano et al. (2011) Animal Science Journal, 82: 616-619.
Taniguchi et al. (2013) PLoS One, 8: e72781.
Urano et al. (2013) Zoological Science, 30: 432-438.
Genetic Diversity and Structure in the Sado Captive Population of the Japanese Crested Ibis.
Taniguchi et al. (2014) PLoS One, 9: e108506.
Tsubono et al. (2014) Animal Science Journal, 85: 356-364.
Taniguchi et al. (2026) Animal Science Journal, 97: e70220.
【コウノトリに関して】
Tsuji et al. (2017) Scientific Reports, 7: 42864.
Murakami et al. (2025) Zoological Science, 42: 532-539.