このたびは第1回ふくしま超短編脚本賞(徳永富彦賞)にご応募いただき誠にありがとうございました。
初めての募集でしたが、計553もの作品の御応募をいただき(規定の200文字以内を超す作品の応募も多数あり審査対象外とさせていただきました)、厳正なる一次審査と、4名の審査員による最終審査を実施し、予定より少し遅くなりましたが、入賞作品は以下の通り、最優秀賞1作、審査員賞3作、協賛賞4作で決定しました。
受賞された皆様、誠におめでとうございます。
入賞作品のご紹介の後に、審査員による選評、総評も掲載しましたので参考にしていただければ幸いです。
ラジオ福島での放送についてはこれから準備しますのでしばしお待ちください。
なお、入賞の賞金、記念品の送付については個別にご連絡させていただきます。
最優秀賞(徳永富彦賞)
真田鰯(劇団檸檬スパイ)「安達太良SA上り」
女 あれが阿多多羅山、あの光るのがウルトラセブン
シュワッチ
ガコン
ピピピピ
プシッ
男 明日からまた仕事か
女 まあ今は足を伸ばして
男 うん。空が高いね
女 そこからうちの実家みえるよ、あの白壁が酒蔵
男 うん
女 奥さんにはなんて言ってきたの?
男 墓参り
女 墓東京じゃん
男 この景色の中でしか、お前を探せないんだよ
女 フフ、浮気だ
男 バカ
女 この人、死んだ奥さんのことまだ愛してますよー
男 うるさいよ
女 もうこなくてもいいぞよ
男 …くるよ、また
審査員賞(なすび賞)
瀬戸大希
〇学校・廊下
掃除する二人。
芹亜「あーメンドっ」
ゆか「転校してすぐ、友達になってくれてありがとね」
芹亜「今さら?」
黙とうの放送が流れる。
ゆか「今だから――。14年経った今日だから」
芹亜「くだらな」
芹亜、箒を置いて帰ろうとし
ゆか「何でそんなこと言うの?」
芹亜「たぶんあの日なくても友達だったし」
芹亜、ゆかの塵取りを取り上げ
芹亜「さ、イオン行こ」
ゆか「……うん」
審査員賞(久留飛雄己賞)
大畠久美子
父「福島!」
娘「急に何?」
父「って言われて浮かんだ福島は何?」
娘「は?」
父「浮かんだでしょ、今。福島って聞いてさ、頭の中に福島が」
娘「まぁ、うん」
父「その福島はどの福島だった?」
娘「どの?」
父「福島は3つの自治体と1つの行政区、町丁だと全国に60近くあるんだ」
娘「へー」
父「そんな数ある福島の中で、お前が選んだ福島は――」
娘「福島くん」
父「え? 誰?」
娘「彼氏」
父「……おもしゃぐね」
審査員賞(野宮有姫賞)
森本慶一「しっぱね瓶」
○葉山家・居間
和式の居間
葉山雄作(74)と恭二(20)が、ちゃぶ台を囲んで座っている
ちゃぶ台に酒瓶とグラス
恭二「これが、爺ちゃんのワイン?」
雄作「ワイナリー雄作の15年ものだ。成人の祝いにゃおあつらえだろ」
恭二「…泥だらけだけど」
雄作「見つかっただけ、ありがたいもんさ」
恭二「…ま、ね」
栓を抜く音
雄作「恭二」
雄作、酒をグラスに注ぐ
雄作「オレは、父さんより強いからな?」
恭二「のぞむところ」
乾杯する二人
協賛賞(福島信用金庫理事長賞)
田代賢太
BG:車内の走行音
女「なんでこっち戻ってきたの?」
男「別に」
女「逃げ帰ってきたんでしょ?」
男「そんなんじゃねえって」
女「音楽で食べてく、なんて甘かったんじゃない?」
SE: 桃をかじる音
男「丸かじりかよ、桃」
女「これが一番美味しいんだよ。あんたも一口どう?」
男「運転中だし」
女「口開けて」
SE:桃をかじる音
男「……むこうは甘くなかったよ」
女「当たり前でしょ。福島の桃が一番だもん」
男「ふふっ、そうだな」
協賛賞(環境分析研究所賞)
きみはらなりすけ
SE 波の音
父 あれから15年か?
子 うん…
父 ずいぶん変わったべ?
子 うん…
父 まあ、過去は水に流して
子 うん…
父 まあ、流しちゃなんねえ事もあるげんちょも…
子 うん…
父 まあ、今、生きてる事が一番大切だ
子 うん…
父 ほれ、いぐべ
子 うん!
SE 夕飯の音
子 その晩、僕は15年ぶりに福島の両親と夕飯を食べた。福島の米、福島の魚、福島の酒。こんなにも美味かった。ただいま、福島。必ず恩返しするよ。
協賛賞(第一印刷賞)
美野洋平
SE 木材が軋む
明「あれ……」
幸「明、やっと来た」
明「幸……懐かしい」
幸「自分の奥さんに何?」
明「ごめん。ここ、さざえ堂だよな。二重螺旋、誰ともすれ違わない」
幸「よく覚えてるね」
明「そりゃ新婚旅行で来たんだから」
幸「でもそれ……四十年も前のことだよ」
明「そうだ、幸はずっと前に……。この道は、黄泉へと続くのか」
幸「恐い?」
明「全然。幸がいるなら」
幸「じゃ、行こっか」
明「ああ」
SE 力強く木材を鳴らす足音
協賛賞(清泉堂賞)
長島伸一郎「常識なんて、福島に着陸しない」
面接官「あなたの長所を教えてください」
学生「誰とでもすぐに打ち解ける事です。学生時代、UFOの里に墜落した宇宙人を手助けし、宇宙語を取得しました」
面接官「では、当社の志望理由を宇宙語でお願いします」
学生「……ピピピ、モモ、ジュワッ!」
間
面接官「……採用!」
N「常識なんて、福島に着陸しない」
おわり
●選評
審査委員長 徳永富彦(「相棒」「特捜9」ほか脚本家)
〇 総論
今回、想定をはるかに超える応募数があり、内容もラジオドラマやCMを意識したもの、落語的な小話、実体験を思わせる話、胸中をそのまま言葉にしたもの、効果音だけで構成した実験的作品など、実に多種多様で、その豊かさに感じ入るとともに、審査を悩ませました。そんな中、指針にしたのは、まず作家が何を描こうとしているか。次にそれを描くための作劇上の技術や創意工夫。最後に感情を揺らすかどうかの3つでした。
各賞に選ばれた作品以外にも、ベニーニ『ライフ・イズ・ビューティフル』のように、悲しい出来事をUFOの里の優しい嘘で包む斎藤一樹氏の作品。規定の半分ほどの文字数でソリッドに希望を描いた黒川剛生氏の作品。そして脚本形式ではないものの、仮設住宅でもらったささやかな桃の飴が、新しい命を生む小林広子氏の清い作品など、個人的には最後まで迷わせるものがありました。
200字とは、台本にして1ページほどであり、映画だと1分ほどの長さです。思いつきで書ける長さですが、一言一句を熟考しながら最後まで書き切ることもできる長さでもあります。物語は様々な要素でできていて、それらすべてを考え抜いて書くのは大変ですが、その結果、人の心に長く存在し、人生や世界を変えるほどの力を持つこともあります。そしてその力はあなたの中に眠っているのかもしれません。
この賞の本当の意味は選に入ったかどうかではなく、書いたことにあります。いつかこれが遠因となって、新たな作家が世に現れる日を夢見て待ちたいと思います。
〇 各論
最高賞となった『安達太良SA(上り)』は、福島を舞台に死別する妻への想いを綴った高村光太郎の詩集『智恵子抄』を下敷きにしながら、男女の情という普遍的なテーマを描いている。普遍はその普遍性ゆえにありふれかねないという自己矛盾を抱えているが、本作は200字という短い中で、細かくドラマを転調させ続けることによって、結末まで導いていた。審査過程を共有するためにも見ていきたい。
まず冒頭――
あれが阿多多羅山
『智恵子抄 樹下の二人』の本歌取りであり、本来は『あの光るのが阿武隈川』と続く。課題が『ふくしま』ということもあり、国語の教科書にも載ったこの有名な詩を題材にした作品は多かったが、本作では次節で早々に転調させる。
あの光るのがウルトラセブン
実際の安達太良SA(上り)にも、この像が置かれている。像の背景は阿多多羅山の実景ではなく、「写真」である。折り目正しい古典作品を、二節目にして現代のライトな世界観に生まれ変わらせている。
シュワッチ
ガコン
ピピピピ
プシッ
男 明日からまた仕事か
自販機で購入すると流れる効果音、缶ジュースが落ちて来て、抽選が回って、缶を開ける。音だけで、SFの非日常的世界から、オフビートな日常のけだるさへと二度目の転調である。(一方で「今日」が「明日から」とは違う、後述する特別な日であることも暗示している)。
女 まあ今は足を伸ばして
男 うん。空が高いね
女 そこからうちの実家みえるよ、あの白壁が酒蔵
男 うん
「それでは足をのびのびと投げ出して」「東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ」「あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫」――再び『智恵子抄』の本来の調に戻すことによって、舞台を現代へ換えたとはいえ、やはり光太郎と智恵子のような純粋な二人の話なのかと一旦思わせることで、次の一文での転調を強める。
女 奥さんにはなんて言ってきたの?
妻がいるにも関わらず、別の女と会っている男だということが示され、一転して、男は『智恵子抄』とは真逆の人物だったということがわかる。
男 墓参り
女 墓東京じゃん
男 この景色の中でしか、お前を探せないんだよ
女 フフ、浮気だ
男 バカ
別の女性との逢瀬に、墓参りを理由にするような不謹慎な男。気障とも取れる浮いた言葉。またそれに馴れてしまっていて冗談にするような女。『智恵子抄』の二人とは、程遠い関係性が見えてくる。
女 この人、死んだ奥さんのことまだ愛してますよー
ここで初めて、女がすでに亡くなっていて、軽薄そうに見えていた男が、実は愛した、忘れられない前妻の墓参りをしていたのだと明かされる。命日だろうか。ひょっとしたら彼女は、あの日、人の手ではどうにもならない災いのために、亡くなってしまったのかもしれない。
男 うるさいよ
女 もうこなくてもいいぞよ
男 …くるよ、また
同じくだらしなくも見えていた女が、実は、自分のことは忘れて、今の奥さんと幸せに暮らしてほしいと願っていること。またそれに対して、この先も忘れないことを示唆する男。この物語における解とともに余韻を残すパートである。『智恵子抄』から始まり、正反対の角を周って、再び純粋な二人に還って来た。
このように、冒頭から200字の間に、五度に渡って転調させているのは、物語を最後まで読ませるために一文一語の努力であり、好感が持てた。また全体的にライトな文体も、中心に置いた真摯なテーマを対照的に浮かび上がらせるための、文芸としての自覚的な仕掛けである。『安達太良SA(上り)』という叙事的な題名にも妙味がある。
結びにおいて現在の妻に対する後ろめたさの解決が曖昧な部分については、好き嫌いが分かれるであろうし、選考でも迷われた部分ではあった。テレビドラマなら、タッパーに入ったお供えのおはぎか何かを持たせて、今の奥さんが年に一度だけのこの特別な浮気を許してくれているという暗喩を添えたかもしれない。しかし、社会的正当性より、弱さや愚かさに重心をおいてもよいのが、文学・芸術だと、今回、本作を最高賞に選んだ。
● 総評
審査委員 なすび(俳優 / タレント)
この度は、僭越ながらも審査員を仰せつかり、私なりの視点で拝見させて頂きました。
受賞は逃したものの、琴線に触れる作品は沢山御座いましたし、選ぶ難しさに直面も致しましたが、様々な切り口の作品に触れ合う事が出来て、新しい感性を感じられる高揚感だったり、今迄知らなかった世界観を垣間見られる貴重な機会で、私自身も頗る勉強になりました。
審査委員 久留飛雄己(劇団青年座)
ご応募いただいた皆様誠にありがとうございました。 脚本賞の審査を務めさせていただくのは初めての経験でしたが、「もし私が演じるなら」そんな俳優としての視点も織り交ぜながら選考させていただきました。今回皆様から送って頂いたいろんな「福島」を読ませていただいて私自身のなかにも新しい視座を与えてもらったように感じています。
審査委員 野宮有姫(青年団)
企画を伺ったとき、まず「審査するより応募してみたい」と思いました。
200字の戯曲──俳句のような凝縮されたおもしろさがあります。
審査を通じて、受賞作に限らず多様な視点の福島に触れることができ、贅沢な体験でした。
ご応募くださった皆さま、本当にお疲れさまでした。素晴らしい機会をありがとうございました。
●協賛賞コメント
福島信用金庫理事長賞
「福島」をテーマとした超短編脚本に多数の応募があり驚いています。福島は少子高齢化など多くの課題を抱えていますが、今回の企画により、多くの方に福島への関心を持っていただき、交流人口の増加など地域課題の解決の一助に繋がればと思っています。
環境分析研究所賞
ちょっとした出会いと繋がりから始まったこの脚本賞の企画に参加させていただきありがとうございました。
皆さんの作品はとても『ふくしま愛』に満ちていて素敵な作品ばかりでした。
(受賞作の)波の音から始まる「きみはらなりすけ」さんの作品は、福島弁も心地よく、夕飯の音の中で福島の美味しいお米、常磐ものの魚、そして日本一の地酒を久しぶりに堪能して素直に「ただいま」が言えた風景がそこに見えました。
そして、「必ず恩返しするよ。」の言葉にこれからの福島を担う若い世代の決意を感じました。
福島の若者たち!『ふくしまの未来』をよろしくね!
第一印刷賞
200字という制約の中で、これほど多様な福島の姿が描かれることに驚きました。短さゆえに余白が生まれ、読む人の想像をかき立てる魅力もあります。脚本形式の企画も新鮮で、作品を楽しませていただきました。応募者の皆さま、ありがとうございました。
清泉堂賞
入選作品はどれも素晴らしい作品ばかりでした。(受賞作は)面接のやり取りがとてもリアルに楽しく表現されていて、思わず笑ってしました。ユーモアたっぷりの作品で、とても気に入っています!