日米経済関係
アメリカによる新たな関税の発表が4月2日になされた。各国に対する追加的な関税は、その国に対するアメリカの貿易赤字を、その国からの輸入額で割ったものを基本とすることになる(アメリカ通商代表部ページから)。しかし、この計算方法では、貿易赤字が同じであれば、輸入量が少ない国ほど関税が高くなってしまう(アフリカのレソトは50%)などの問題があり、そこは適宜修正したものとなっているようである。今後の日本からの輸入については24%の追加関税となる。(ただし自動車は一律追加25%)
この発表を受けて、4月3日の世界の株価は急落した。株に代わってアメリカ国債が買われたために国債価格が上昇し、それは国債利回り、つまり市場金利の下落をもたらした。アメリカの金利の下落は日米の金利差を縮小するので、ドルが円に対して弱くなり、円高に向かった。このようにドルは他の通貨に対しても下落した。今後の為替や株価、日米の景気、貿易についてどのようになるのかという疑問は誰しもが持つものであると思われるので、以下で順に見てみよう。
まず基本的なところから議論すると、関税はアメリカ国内での価格を上昇させる。例えば自動車の関税が上がればアメリカ国内で売られる自動車の価格は上昇する。輸入した自動車だけでなく、国産車の価格も上昇するはずで、なぜならば国産車の価格をある程度釣りあげても輸入車より安ければ売れるし、利益が出るからである。つまり、消費者は高い価格を支払うことになり、それによって当然自動車への需要量も減少する。経済学では、このような関税による価格の上昇、取引量の減少によって生じる損失を死荷重(dead weight loss)というが、これは関税なしであれば得られたであろう利得が関税によって消滅してしまったことを指す。関税収入を考慮に入れても、経済全体でみれば非効率なのである。もちろん、一部の国内業者は儲かることもあり、そのような国内産業に利益をもたらすということが、トランプ政権がこのような関税を導入することの大きな目的である。しかし、さまざまな財・サービスの価格が上がれば、物価の上昇は避けられない。また、政権の目論見通りに今後製造業がアメリカ回帰をしたとしても、そこまでにかかる時間は短くはないであろうし、コストがかかることから、今後もこのような関税が長期に継続するのでない限り、完全な回帰はないであろう。
懸念される日本への影響であるが、まず日本からアメリカへの輸出は2023年に20兆円程度、つまりGDPでみれば4%程度に相当する額の対米輸出を行っていることから、追加関税が日本経済に占める影響は小さくない。また20兆円のうち、8兆円程度は自動車関連の輸出である。これが大幅に減少するのであれば、日本国内の雇用に及ぼす影響は小さくない。また光学機器、半導体製造装置なども大きく、ある程度は性能で勝負できるために関税の影響が大きくならない部分はあろうが、世界的に競争が激化している半導体関連では特に今後が憂慮される。
為替については、今回の関税で思い起こされるのが1971年のいわゆるニクソンショックである。これは、ニクソン大統領がドルと金との交換を停止することで実質的に当時の国際金融のシステムであったブレトンウッズ体制を終わらせたものと理解されている。当時、ドルが世界中に流通しすぎており、アメリカにはその裏付けとなる金の保有がなくなりつつあった。このことが起きた背景には、アメリカは比較的自由にマネーサプライを増加できたために、政府支出増(ベトナム戦争や社会福祉費の増加)をマネーサプライを増加させることによって賄ったが、その結果物価が上昇したことがある。アメリカの物価高は、固定相場の下ではアメリカ製品が高くて外国に売れない一方で外国製品は割安となることを意味し、アメリカの貿易収支が悪化したのである。この問題解決のために、当時のニクソン政権は為替レートをドル安にすべくブレトンウッズ体制をやめてしまうとともに、追加関税をかけて輸入を減らすという政策を行った。実際、1971年8月15日にニクソン大統領が発表したのは、金とドルの交換を停止(ブレトンウッズ体制の事実上の崩壊)と、各国への10%追加関税である。つまり、貿易赤字、関税、為替レートはセットであり、ニクソン政権はブレトンウッズ体制を崩壊させていわば白紙から為替レートを設定する際に各国との交渉材料として関税を使ったのである。(1985年のプラザ合意のように、為替だけを交渉して円高にさせることもあるが、これは日米貿易摩擦を食い止めるには限定的な効果しかなかった。このためその後1986年の日米半導体協定や、スーパー301条をちらつかせた貿易交渉に持ち込んだ。)
トランプ大統領はすでに、為替をドル安に持っていきたいという希望を持っていることから、今回の追加関税の交渉に当たっては為替レートを円高ドル安に持っていくよう要求することも十分に考えられる。日本に対しては利上げ、マネーサプライの減少を、防衛費の増額(すなわちアメリカからの武器購入)と合わせて要求すると思われる。
アメリカでは1913年に憲法修正16条が各州で批准されるまでは所得税が違憲とされていたので、主な税収は関税であった。このことから、政府支出を所得税ではなく昔のように関税で賄うという考えが選挙民受けするのは容易に想像がつき、実際にトランプ大統領の構想もこのようなものである。もちろん、見方を変えれば、上の議論のとおり関税はモノやサービスの価格に転嫁されるので、消費者から見れば関税収入を上げるのは消費税を上げることと概念的にも実質的にもさして変わらない。
日本にとっても関心のある自動車についていえば、アメリカにとって輸入自動車の存在は大きく、これはまた貿易赤字の象徴と見られることもある一方で、GM、フォードといったアメリカの自動車会社もカナダ・メキシコの北米サプライチェーンに大きく依存し、アメリカで組み立てられ販売される自動車に使われる外国製部品は少なくない。したがってこのような会社が今回の関税で恩恵を受けるどころか、利益を失うとともに、自国回帰するにしても次の政権では自由貿易になるかもしれないという不確実性の下では慎重にならざるを得ない。
また各国が対抗関税に出る可能性が非常に高く、たとえばカナダは対抗関税をすでに決定しているが、それにとどまらず、すでに発注したF35戦闘機の購入取りやめを検討している。さらに言えば、各国が多少のダンピングを行ってでも関税後の価格を変えないようにする可能性もあり、その場合には関税によって国内産業が活況にはならないであろう。このように考えると、今回の追加関税は目論見通りアメリカを豊かにするには障害が多く、これは今回の関税の目論見がむしろ、各国との交渉材料として機能することにあると考えるのが自然ではなかろうか。日本についてはこれまで通り市場開放、武器の購入、金融引き締め、アメリカへの投資などが要求されるのであろう。 (2025年4月3日)
新たな為替レジームあるいは市場開放?
トランプ政権の関税をめぐる具体的な政策が二転三転している。世界の市場で株価が乱高下しているのみならず、アメリカ国債価格も大きく変動している。高関税を課せばアメリカに輸入されるものを消費者が買う際には高い価格を払わなければならないので、消費者にとってよい訳はない。将来的にアメリカに製造業を呼び戻すのが目的だとしても、そもそも製造業に従事する労働者がいるのだろうかという疑問がある。もし労働力が十分だとして、関税を継続するということは国外では安いものを国内では高い価格を払わなければ買えないという消費者の不満が永続的になるわけで、このような政策が長続きするとは思えない。
大統領経済諮問委員会委員長の最近のスピーチによれば、世界各国はドルによる決済システムとアメリカの防衛にただ乗りしているという問題があり、これはフェアではないので変えなければならないとのことである。まず後者の防衛支出についていえば、貿易・サービス収支に所得収支を加えた経常収支でみると、巨大な政府支出が経常収支にマイナスの影響を与えるということはありうるので、他国が防衛支出をしなくて済むために経常黒字を計上している一方、アメリカが経常赤字を出しているという理屈はそれなりの説得力はありそうである。もちろん、経常収支は他にも貯蓄、消費、投資などで決まるので防衛支出の多寡だけで大きく左右されるものではない。一方の前者は、委員長も認識しているようにアメリカにとっては低金利で借金ができる(決済通貨であるドル建て安全資産であるアメリカ国債が人気なので、国債価格が高い=国債利回りが低い状態で借金が可能)という利点はアメリカにあるものの、高いドル需要がドル高を招いてアメリカの貿易収支にマイナスの影響を与えるというものである。
前回述べたように、1971年にニクソン大統領によってブレトンウッズ体制は実質的に終了し、1973年から変動相場となったが、やはりドル高は続き、貿易不均衡是正を目的として、つまり円安是正を目的に1985年にプラザ合意がなされて以降、円高が進んだ。関税をかけ続けるのが現実的ではないことは多くの人が認識しており、するとやはりトランプ政権としては何らかの形で為替レジームを変化させたいのではないだろうか。これも前回述べた通り、貿易収支の問題で関税に踏み込むときは為替もセットで考えることが多いのである。ブレトンウッズ体制が金をドルの裏付けとしたように、仮想通貨をドルの裏付けとするというような奇抜なアイディアが出てこないとも限らないが、現実的には何らかの合意でもって各国に協調介入をさせる一方で、国際的にドル需要が過度に高まらないようにするものと考えられる。具体的には、各国が市場開放を推し進めてアメリカからの投資が容易にできることを要求するものと考えられる。ほかの変化がなければ統計上、アメリカの海外投資増加によってアメリカの経常収支は改善に向かう。日本については、市場開放、市場アクセスの向上として、外国企業による日本企業の株式取得や公的機関の民営化による日本国外からの投資を容易にすることが要求されるのではないだろうか。 (2025年4月15日)
輸入はGDPを減少させるか?
アメリカ商務省は4月30日に、アメリカの第1四半期GDP(国内総生産)が年率換算で0.3%減少したと発表した。景気後退は、しばしば2四半期連続でのマイナス成長と定義されるために、アメリカ経済の減速あるいは景気後退へ突入かという見方が広まったようである。なお、アメリカでの景気状況の決定はNBER (National Bureau of Economic Research)の景気日付委員会が行い、個人所得、個人消費、雇用、売り上げなどを考慮して行われており、単にGDPの2期連続マイナス成長ではない。
GDP減少と輸入が増えたことを結び付けている解説もある。トランプ政権による関税導入の前の駆け込み需要が輸入を増やしたということである。しかし、輸入の増加がGDPを減少させるのであろうか?Economist もこの問題を扱っているが、少しわかりやすく説明すると以下のようになる。
マクロ経済学の初歩である、支出面からみたGDPは、
GDP=消費+投資+政府購入+輸出-輸入
である。すると、輸入の増加がGDPを減少させることになる。そもそも、輸入にマイナスがついている理由は、GDPが国内で生産された財・サービスの市場価値の合計だからであり、外国で生産されたものは除外されなければならない。ここで何から除外されるのかという話になる。右辺の消費、投資、政府購入に用いられる財・サービスは、国産も外国産も両方含まれる。例えば消費には、国内で生産されたクラウンも、ドイツで生産されたBMWも両方含まれるのである。このため、左辺の国内生産であるGDPとつじつまを合わせるには消費からBMWの輸入分を引かなくてはならない。投資も同様で、例えば企業が日立の製造機器を導入しても、シーメンスの製造機器を導入しても、投資に勘定される。それゆえにシーメンスの製造機器分は輸入として投資から差し引くわけである。(輸出を加える理由としては、輸出された財・サービスは国内で生産されるものの、国内で消費、投資、政府による購入が行われないからである。)
このように考えると、消費、投資、政府購入及び輸出に変化がないのに単に輸入が増加したことだけによってGDPが減少したというのは正しい説明ではない。ここでもし、支出額を変化させずに多くの人がクラウンからBMWに乗り換え、企業が日立からシーメンスに乗り換えれば、輸入以外が変化せず、輸入のみが増加すればGDPは減少することになる。ではなぜ生産量であるGDPが減少するのであろうか?理論的には国産品が売れないので作らないからなのである。しかし、受注生産でなければ現実にはこのようなことはあまり起こらず、作ったのに売れなかったということになる。その場合には企業が在庫を増やしたと考え、会計上は企業自ら生産物を購入して在庫投資を行ったものとして投資が増えたことにする。この場合にはGDPは減少しない。
こうして考えてみると、輸入が増えてGDPが減少するというのは、もう少しGDP変化の内容を深くみてみないと納得のできない説明である。(2025年5月6日)