スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での卒業式スピーチの英文解釈

スティーブ・ジョブズが2005年6月のスタンフォード大学の卒業式でおこなったスピーチの原稿がスタフォード大学のウェブサイトのここにあります。とても素晴らしいものだと思ったので日本語に翻訳しこのサイトのここに置いています。そして、これは英語の教材としていいのではないかと思えるので、原文を読み解くヒントをまとめてみました。

インターネット上にはスピーチの録画や録音もあり、それらを聞くと先に示した原稿とは何箇所かで異なっています。そして、実際のスピーチを書き起こしたものがここで見られます。スタンフォード大学のウェブサイトにあるのは、あくまで原稿であって、ジョブズ氏はその原稿を若干アレンジして実際のスピーチをおこなったのです。

a drop-in: [名詞] 不正聴講者

a college graduate student: 大学院生

adoption: 養子縁組

a college graduate: 大学卒の人

be all set: すべて整って

be popped out: (子供が)生まれる

my mother had never graduated from college: 時制の一致で現在完了が過去完了になったと解することもできる。しかし、ESLの学位を持つ英語教師に聞いたところでは、過去のある時点の更に過去において卒業していないという大過去の意味合いが強いようだ。

relent: 態度を緩める

a college that was almost as expensive as Stanford: 事実そうなのだろうが、冗談半分で言っていると思われ、会場からは笑いが起こっていた。

working-class: 労働者階級というのが文字通りの意味だが、実際には中流より下の社会階層を指す。

it would all work out OK: 万事うまくいく。時制の一致でwillがwouldになっている。

required class: 必須科目

drop in: [動詞句] 不正聴講する

It wasn't all romantic.: 夢のようなことばかりではなかった。not allで部分否定になっている。

a dorm: 学生寮。dormitoryの省略形。

Hare Krishna temple: クリシュナ教の寺院。クリシュナ教の信者は服装が独特で、ヒッピー文化の全盛の頃、若者の信者が目立ったと言う。Hare Krishna TempleとtempleのTが大文字になっていたとすると、「ハレ・クリシュナ」という名前の特定の寺院を指すことになるが、小文字なので米国に何箇所かあるクリシュナ教の寺院の1つということである。

artistically subtle in a way that science can't capture: 科学では捉えられないような芸術的繊細さで

If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces or proportionally spaced fonts.: 仮定法過去完了で、過去の事実とは異なる仮定の話をしている。文字芸術(calligraphy)の授業を受けなかったとしたら(実際には受けたのだから事実とは異なる)、マックは複数の書体もプロポーショナルフォントも持たなかっただろう、ということ。

you can't connect the dots looking forward: このyouは一般化のyouで、oneと置き換えてone can't connect ...としても意味は変わらない。ニュアンスは変わるが。

let somebody down: somebodyを意気消沈させる

Woz: Apple社の共同創業者Steve Wozniac

get fired: (会社を)解雇される

as Apple grew we hired someone who I thought was very talented to run the company with me: John Sculleyのことを指している。ペプシの社長だったSculleyをSteve Jobsが「Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?」と言ってApple社に誘った逸話がよく知られている。

diverge: (意見などが)分かれる

I was out: 私は失職した

was gone: ここではhad goneと同じ

David Packard: HP社の創業者の1人

Bob Noyce: Robert Noyce. Fairchild SemiconductorとIntelの共同創業者 で、シリコンバレーを作った一人である。Noyceは何人かの新興企業の経営者の指導者(mentor)となっており、JobsはNoyceが指導した経営者の中で最も成功した人物である。

screw up: 台なしにする

a failure: (ここでは)落伍者

had not changed that one bit: a bit(少し)をもじって「1ビットも変えなかった」と言っている。

a feature film: 長編映画、つまり映画館で本編として上映される映画

a renaissance: 復興・復活・新生・再生を表す普通名詞。14世紀のイタリアで起こったルネッサンスはRenaissanceとRが大文字になる。厳密にはそうなのだと思うが、実際には大文字でも普通名詞として使われることもあるようだ。私の日本語訳では直喩としてルネッサンスと訳している。

none of this would have happened if I hadn't been fired from Apple: これも仮定法過去完了で、過去の事実とは異なる仮定をしている。

awful tasting medicine: ひどい味の薬

the patient needed it: the patient(その患者)とはスティーブ・ジョブズ自身を指す。

you've got to find what you love: have got to は have to とだいたい同じ。

Don't settle.: settleには「住みつく」「腰をすえる」「清算する」という意味のほか、「裁判で判決を待たずに示談にする」という意味がある。文脈からして「ものごとに腰をすえて取り 組んではいけない」と言っているとは考えられないので、ここの直訳は「示談に応ずるな」だと思う。それでは訳としては不十分なので「妥協は禁物だ」と訳している。

If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right.: as if it wasの部分は仮定法過去で現在の事実とは異なる仮定を表している。文法書的には as if it wereだが、it wasとすることも多い。若い世代にはif it wereが古臭い言い方に聞こえることもあるようだ。また最後のrightを単純に「正しい」と考えると、当たり前のことを言っていることになる。会場では若干笑いも起こっていたので、英語の母語話者でもそのよう に解釈する人は多数居ると考えられる。しかしそれでは格言にならないし、文脈ともそぐわない。このrightは「In or into a satisfactory state or condition(例put things right)」の意味と解するのが適切に思える。

(2012-10-14) 7年間以上ずっと、上記のように考えていたが、ここは素直に訳すのが正しいと思うに至った。後半部分の修飾を取り払って現在形にすれば「you are right」であって、これは「あなたは正しい」としかならないだろう。一見当たり前と思え、また滑稽でさえあるもののなかに、普段は見過ごしている真理があることもある。滑稽とも思える格言で少し笑いを誘うことを狙って言ったのだと思われる。

fall away: 消える・なくなる

be diagnose with ・・・: ・・・と診断される

a tumor: 腫瘍

a pancreas: 膵臓

incurable: 不治の

no longer than three to six months: 3ヶ月から6ヶ月より長くは(生きられ)ない

get my affairs in order: 自分の身辺整理をする

doctor's code: 直訳すれば「医者の符丁」ということになるが、訳としては「医者の言い回し」くらいが適当か。

everything you thought you'd have the next 10 years to tell them: you will have to tellがthoughtを受けて時制の一致でyou would have to tellとなっている。

be buttoned up: (衣類が)しっかりボタンをかけた状態で

live with ・・・: ・・・を受け入れる

a diagnosis: 診断

a biopsy: 生体検査

an endoscope: 内視鏡

intestines: 腸。通常は複数形で単数扱い。

a cell: 細胞

be sedated: この言い回し自体は鎮静剤を注射されるか服用していたことを表すが、ここでは更にその作用で眠っていたと考えられる。

started crying: 叫びだした

it turned out to be ・・・: ・・・と判明した

a very rare form of pancreatic cancer: 非常にまれな形態の膵臓癌

surgery: 手術

that is as it should be: それがあるべき姿だ

the oldとthe new: the+形容詞で、その形容のものを表す。ここではthe oldは古きもの、the newは新しきもの、ということである。

dogma: 教条

Don't let the noise of others' opinions down your own inner voice.: let と down が離れているので少し分かりづらいが、「let A down B」つまり「AにBを落胆させる」という言い回しが使われている。

Menlo Park: 地名。シリコンバレーにある。

bring ・・・ to life: ・・・に命を吹き込む

come along: 現れる

polaroid camera: Polaroidは固有名詞なので本来ならPolaroid cameraとするのだが、ポラロイドカメラはインスタントカメラの代名詞となっているので、polaroid cameraと普通名詞としてここでは使われているのだと思うが、単に間違えただけなのかも知れない。人によってporaloidと普通名詞として綴ることに抵抗のある人・ない人がいるとも考えられる。

Stay Hungry.: ハングリー精神のハングリーに当たる言葉が私には他には思いつかないので「ハングリーであり続けろ」と訳した。hungryを貪欲と訳している例もあるが、私には「ハングリー」とするほうがしっくり来る。