【Interview Vol.2】

「自分軸」を見つけるために

〜岡山大安寺中等教育学校 中桐真珠子さん〜

 クリーンベンチ、光学顕微鏡、細胞の培養地を保管するインキュベーターが並ぶ生物実験室。一人の高校生が、ここで自分の「アイデア」の価値を見定めようと、日々、顕微鏡をのぞいています。


 県立岡山大安寺中等教育学校6年の中桐真珠子(なかぎり・まみこ)さんは、昨年度、東京大学と一般財団法人トヨタ・モビリティ基金が実施する、高校生・大学生を対象としたアイデア実現支援プログラム「Good Life on Earth」(以下、「GLE」という)の2期生に選ばれ、「プレイヤー」として活動しています。

 中桐さんが実現に向けて取り組んでいるのは、昆虫の筋肉細胞から培養肉をつくるというアイデア。全国の多くの高校生・大学生たちの中から、中桐さんのアイデアは、その可能性を認められました。


 そもそも、なぜ昆虫の筋肉細胞から培養肉をつくるというアイデアが生まれたのでしょうか。

 最初のきっかけは、総合的な探究の時間のテーマ決め。自分の興味のあることについて考えたとき、食べることが好きなので『食』に関することが浮かんだそうです。


「インターネットで、特にフードテックについて調べると、話題として培養肉の記事がたくさんヒットして、現在、メンターとして指導を受けている東京大学の竹内昌治先生の記事がぱっと目にとまって、これをやってみたい、と思ったんです。」


 ちょうど、ビーガンに関する漫画を興味深く読んでいたこともあり、中桐さんの関心は一気に広がっていきました。


「そもそも科学がとても好きだったので、細胞培養によって食肉がどんどん増えていくというのが、何だか『ドラえもん』のいる未来みたいで面白いなと、すごく惹かれました。」


 総合的な探究の時間の探究活動に留まらず、インターネットに公開されている自宅でできる細胞培養肉の実験を実際にやってみて、細胞培養の面白さを改めて実感し、中桐さんの関心はさらに深いものになっていきました。


(左)「培養してポコポコ肉ができるって、『ドラえもん』みたいで面白い!」楽しそうに語ってくれる中桐さん。

 そして大きな転機となったのが、東京大学に進学している先輩を通じて、GLEを紹介してもらったことでした。

「その先輩を通じてつながった東京大学の先生に、私が培養肉、特に竹内先生の研究に興味があるということを伝えたら、竹内先生がGLEのメンターの一人なので、応募してみたらどうかと勧めてもらいました。」

 GLEは、「プレイヤー」に選ばれると、「アイデア」を実現していくための様々な支援を受けることができます。中桐さんの場合、学校で細胞培養実験を進めていくために必要な設備や器具、消耗品、そして培養に使う細胞などの支援を受けています。培養に使う細胞は、中桐さん自身が、東京大学の昆虫の研究をされている先生の研究室まで受け取りに行ったとのことです。

 また、GLEのサポートは、そうした物や資金だけではなく、メンターである竹内先生から指導を受ける機会や、定期的に様々な分野の専門家からの講義を受けたり、企業見学を行ったり、他の「プレイヤー」と交流するイベントなども用意されています。

「尖った研究者の講義から得られるものはもちろんですが、GLEの同期のメンバーと話をしたり、議論したりする機会も貴重で、他のメンバーの質問内容や言語化能力がとても優れていて、勉強になります。」

(左)「かわいいですよ!」培養している細胞の様子を光学顕微鏡で観察する中桐さん。昼休みなどを使い、1日1回は観察しているとのこと。

 現在、中桐さんは扱いやすい昆虫の卵巣由来の培養細胞を使い、細胞培養の実験と手技の演習を積んでいます。昆虫の細胞を扱う経験を積んだ後、中桐さんはどのように自分のアイデアを具体化させていこうと考えているのでしょうか。

「培養肉の分野で、昆虫細胞はこれまであまり扱われてこなかった。それは有用性を認められていなかったというこなのですが、昆虫細胞の利点として、哺乳類の細胞と比べて低い、25℃くらいの温度で培養できること、そして二酸化炭素濃度の細かい調整が必要ないことなど扱いやすいことが挙げられます。哺乳類の細胞のように管理が難しいと、培養にコストがかかるので、昆虫細胞なら安価でたくさん培養できるのではないかと考えています。」

 昆虫細胞はこれまであまり扱われてこなかったため、未知数な部分が多いそうですが、だからこそ、そのわからないところは実際に取り組んでいく中で明らかにしていきたい、と中桐さんは期待を膨らませます。

「例えば竹内先生の培養肉のステーキは、味の面では牛肉のステーキには程遠い紙のような味がするなど、培養肉の研究自体まだまだ未知数で、これからの分野です。だから誰もまだやっていない昆虫細胞で、味も面白いものができたらいいなと思っています」

(左)「指導していただいている先生のように、なかなか上手くできないんです」と言いながら、細胞培養の手技を見せてくれる中桐さん。まずは昆虫細胞の扱いに慣れることからだという。

 未知の領域にも臆せず踏み出していこうとしている中桐さん。中桐さんのその探究心と行動力のもとにあるものは何なのでしょうか。

 中桐さんは昨年、同級生と二人で生徒の自主活動グループである「創紫会」を立ち上げています。きっかけは、GLEを紹介してくれた東京大学の先生が主催する、県外の高校生との合同合宿に参加したことでした。

「同じ高校生だけれど、敵わないと思いました。勉強のこともそうだけれど、それ以外の興味、関心の幅がすごく広くて、何と言うか『自分の軸』を持っているなと思ったんです。私はこの人たちと同じ軸で戦っても勝てない。私は私の『自分だけの軸』を持たなきゃと思いました。」

 この頃、中桐さんは既に培養肉に関心を持ち、この合宿で竹内先生の研究室を訪問したりしていたそうですが、そこで抱いたのは、もっと早くこのことに気付いていれば、という思いだったそうです。

「中等教育学校ということもあって、例えば前期(中学校)の頃、時間があったはずなのに、その時期にもっと自分の興味とか、何か自分の軸になるものと出会うことができていたら良かったのに、と思いました。だから、後輩たちにはできるだけ早くそういうものに出会える機会をもってもらいたいと思って、『創紫会』を作ったんです」

 中桐さんのそうした思いから生まれた「創紫会」。例えば言語学オリンピックなどのコンテストの勉強会を開いたり、東京大学に進学している先輩とオンラインで結んで話を聞いたり、他校の面白い活動をしている生徒(「Interview1」で紹介した岡山操山高校の藤原咲歩さんなど)を招いて交流したり、岡山大学の研究室を訪問したりするなど、様々な興味の幅を広げる活動を行ってきたそうです。 

「自分たちが卒業したら、この会もそこまでかなと思っていたのですが、ずっと活動に参加してくれていた3年生(中学3年)の後輩が、引き継いでくれると言ってくれて、嬉しかったです」

 中桐さんの思いは、「創紫会」の活動を通してその姿を見てきた次の世代に、確実に受け継がれています。

「だから、今は私が志望校に進学して、ちゃんとしていかないと、後の子たちに示しがつかないので、自分が締めるところは締めないとって思ってます」

 と笑う中桐さん。

 「自分の軸」を見極め、見つけていくために、未知の領域に踏み出していく中桐さんの「探究」は、まさに始まったばかりです。

【取材日誌】

 とにかく、行動力に富んだ中桐さん。自分の興味や関心にとても素直で、それをどんどん次の行動へとつなげていくアクティブな姿勢が印象的でした。そしてそれは、自分が面白いと感じたもの、価値があると信じたものに対して、たとえそれが未知のものであっても臆することなく、本当に価値のあるものかどうか、中桐さんの言葉を借りるならば「自分の軸」になるものかどうか、実際に自分でやってみることで確かめていこうとする真摯さと探究心の強さに裏打ちされていると感じました。

 誰もやったことのない中桐さんの挑戦に、引き続き、注目していきたいと思います。

☆中桐さんのインタビューがGLEの公式YouTubeチャンネルに掲載されています。

https://youtu.be/eoK7CQCte6s?feature=shared

https://www.youtube.com/watch?v=XM3XLkFEeOM

Good Life on Earth WEBページ  https://www.one-earth-g.a.u-tokyo.ac.jp/gle/