七区小は,昭和32年に灘崎町立灘崎小学校七区分校として誕生しました。当時は,西七区に設置されていました。そして,大勢の学区のみなさんの努力と熱意により,昭和42年4月1日に現在の場所に灘崎町立七区小学校として創立されました。
創立された当初は,新校舎工事中のため,1~3年生は七区分校で,4~6年生は灘崎小学校の教室を借りて学習していました。第1期工事完成後,4~6年生が新校舎で学習を行うようになりました。
第2期工事完成によって七区小学校新校舎が完成し,昭和43年3月17日から1~6年生の全員が新校舎で学習するようになりました。
昭和43年3月18日に七区小学校新校舎落成式が行われ,校章・校旗・校歌が制定されました。
校章は,PTAの方々を通して,一般公募をしました。応募された作品の中から校長先生の立ち会いのもとで選考会議を開き,玉野市東七区の方の作品が選ばれました。
校旗は,初代PTA会長が,学校設置に努力された有志のみなさんの寄付金をもとに,京都西陣の織物店で作成しました。
布地の緑色は,稲麦の緑色に育っている豊かな七区の農村の色を表しています。
七区小学校校歌 作詞 高橋 友次郎 作曲 恒次 恒次
1 児島の湾を 豊かなる 土地と開きし 我がおやの 意志をながく 受け継ぎて
共に学ばん 朝夕に 遠く常山仰ぎつつ 共に励まん ああ我ら 七区小学校
2 児島の湖の みめぐみと 教えの庭の 露受けて 身も健やかに たくましく
共に鍛えん 手をとりて 金甲山を仰ぎつつ 共に努めん ああ我ら 七区小学校
3 倉敷川や 加茂の水 霞む田畠の 月影に 明日へののぞみ 胸に秘め
共に磨かん 我が友と 発展ゆく世に応えつつ 共に進まん ああ我ら 七区小学校