アメリカ精神医学会が編纂・出版している精神疾患の診断基準分類である「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 第5版:DSM-5) では、精神疾患を19のカテゴリーに分けて説明している [日本精神学会 精神か病名検討連絡会(2014)、精神神経学雑誌 116, 429-457]。いずれも遺伝的な背景により形成された発症脆弱性に、様々な環境要因が絡んで病態脳が形成されると考えられているが、詳細は不明である。当研究室では、病態脳形成に関わる環境要因の脳の発達・発生に及ぼす影響および治療法の開発を目指した研究を進めている。
現在進行中のプロジェクトに関連する過去の業績
精神疾患発達障害仮説に関する研究
妊娠期における感染症の罹患や妊娠期のバルプロ酸服用が出生時の精神疾患の発症リスクを増大させるという疫学調査結果がある。それらの病態大脳皮質の発生機序を詳細に調べ、正常発生からの軽度なひずみの過程(神経前駆細胞の増殖率変化、神経細胞発生のタイミング変化、シナプス形成の不全)を明らかにした(Soumiya et al., J Neurosci Res 2011a, b; Sakade et al., Biomed Res 2019)。
体性感覚の発達障害が情動機能発達に及ぼす影響
自閉症を含む神経発達障害児・者には体性感覚の過敏・鈍麻などの異常が認められる。体性感覚の発達不全は社会性をかたちづくる上で重要な親子の愛着形成(アタッチメント)に影響を及ぼすと考えられる。当研究室では、マウスで最も発達した頬髭を介した体性感覚システムの発達を阻害すると、認知・学習・記憶能の発達には影響がないが、社会性行動の基盤となる情動(感情)を司る神経系の発達が著しく障害されることを明らかにした(Soumiya et al., Plos One 2016, Soumiya et al., Neurosci Lett 2019)。また、この情動・社会性の発達には、頬髯を介した初期の社会的遊びに伴い ノルアドレナリン(NE) 経路を中心とした神経回路が発達することが影響していると考えられた(Murasawa et al., Biomed Res 2023)。
気分障害の治療に関する研究
気分とは持続的に変化しにくい「感情」を指す言葉として用いられる。この「気分」に関する障害をもつ精神疾患を気分障害といい、うつ病、双極性障害(躁鬱)を含む。代表的な neurotrophin ファミリー神経栄養因子である脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF)はその発現低下や機能不全が気分障害の病態形成に関わるだけでなく、バイオマーカーや薬物治療の分子標的として注目されている。しかし、BDNFは生体内で速やかに分解されるだけでなく、脳血管関門を通過しないため、同様の活性を持つ低分子化合物の開発が期待されている。当研究室では中鎖脂肪酸類にそのような神経栄養因子活性があることを見いだし、うつ病モデルマウスを用いてその効果を実証してきた(Itoh et al., Evid Based Complement Alternat Med 2012; Makino et al., Biomed Res 2013; Toratani et al., J Neurophysiol Neurol Dis 2014; Shibata et al., Pharmcol Res Perpect 2015)