脳には、様々な形態、機能特性を持った神経細胞が存在し、それぞれが複雑であるが精緻なネットワークを形成して、認知(それが何かを判断、解釈する過程)、学習・記憶、感情(情動:客観的に測定可能な感情)などの高次脳機能を営んでいる。
これらの神経細胞の生存、分化、成熟を促す因子が神経栄養因子である。神経栄養因子の過不足、機能失調は精神疾患(発達障害、統合失調症、うつ病)や神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、脊髄損傷)の病態形成や薬物療法の治療メカニズムと深い結びつきがある。
当研究室では主に神経成長因子(nerve growth factor: NGF) をプロトタイプとする neurotrophin ファミリー神経栄養因子、線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor: FGF)を中心に機能解析およびその医学的応用を志向した研究を進めている。
現在進行中のプロジェクトに関連する過去の業績
大脳皮質構築過程における神経栄養因子の役割
大脳皮質は6層の神経細胞層よりなる。浅層と深層の興奮性神経細胞の性状は誕生時に組織内の分泌因子の作用を受けて決まると推測されていたが、具体的な分泌因子は同定されていなかった。当研究室では、神経栄養因子である 脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF) にそのような作用があることを世界に先駆け発見し、類似の作用を持つ神経栄養因子として neurotrophin (NT)-3,下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド [pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide (PACAP) ] を同定した (Fukumitsu et al., J Neurosci 2006, Yakugaku Zasshi 2011; Ohtsuka et al., BBRC 2008, J Neurosci Res 2009; Biomed Res 2013)。
参考文献:
Molyneaux et al., Nat Rev Neurosci 2007
脊髄損傷の軸索再生、組織修復を促す FGF2 の作用
脊髄は脳と末梢をつなぐ神経伝導路であり、一度損傷を受けると自発的な機能再建は困難である。当研究室では、高濃度の FGF2 を損傷脊髄近傍に直接注入すると、脊髄組織内の特殊な線維芽細胞が増え、脊髄軸索の足場として機能し、脊髄組織の機能的な再建を促すことを明らかにした(Kasai et al., J Neurotrauma 2014)。
また、移植細胞源として注目されている歯髄細胞の脊髄損傷治療効果は、ドナー由来細胞クローンによる性状差があり、多くのクローンでは FGF2 で歯髄細胞を前処理しておくと、移植による治療効果が顕著に改善することを明らかにした(Nagashima et al., Sci Rep 2017; Sugiyama et al., J Bone Mineral Metabol 2019)。歯髄細胞のクローンによる治療効果の差は、活性酸素抵抗性の違いに基づくこと、Nrf2 活性化剤で前処理しておくと、そのドナーによる治療効果の差を軽減できることを報告した(Fukumitsu et al., Cell Transplantation, 2024)。
脳機能と BDNF/ERK1/2 シグナル
げっ歯類の触覚学習の分子機構を調べるため、8アーム迷路課題で訓練したマウスの各脳領域における神経活動依存的に発現する最初期遺伝子 c-Fos および神経栄養因子シグナル下流の伝達分子 ERK1/2 のリン酸化(pERK1/2)の 変化を解析した。結果より、学習初期の前頭皮質の BDNF/ERK1//2 シグナルは行動の方向付けのための符号化(記憶の記銘)に関与しており、学習後期の体性感覚野の ERK1/2 シグナルは、感覚情報を作業記憶(ワーキングメモリー)に結び付けるために必要である可能性が示唆された(Soumiya et al., Brain Res 2025)。