2026年6月16日、東京大学安田講堂で開催される
「人類はどこに向かうのか? 我々はどこに向かいたいのか」
これは、山極壽一先生を中心に重ねてきた、
“人間とは何か”を問い続けるシリーズの3回目にしてファイナルの企画です。
最初に問われたのは、
人間とは何か。なぜ現代人は病むのか。
次の問いでは、
豊かに生きる社会とは何か。
そして今回、6月16日に問うのは、
その問いを受け取った私たち一人ひとりが、どのように驚き、気づき、行動し、社会に影響していくのか。
6月16日は、これまでのシリーズの振り返りと到達点であり、
同時に、私たちのあらたな発点でもあります。
道標を受け取りに来てください。
霊長類学×進化精神医学×共感資本社会
―進化の足跡から考えるこれからの社会―
2022年12月10日、学士会館で開催。
山極壽一先生と髙野覚先生が登壇し、講演とクロストークを行いました。
約200名が参加し、現代社会における心身の不調や孤立を、進化の視点から見つめ直す機会となりました。
この回で見えてきたのは、
現代人の不安や孤立は、個人の弱さだけでは説明できないということです。
人間は本来、
共に食べ、共に育て、顔を合わせ、身体で共鳴しながら生きてきた存在でした。
しかし現代社会は、効率、管理、競争、孤立、情報過多によって、
人間が本来適応してきた環境から大きく離れています。
人間らしく生きる社会を、もう一度どう設計し直すのか。
豊かに生きる社会とは何か。
豊かに生き抜く未来の道標
2023年11月5日、丸の内の3×3 Lab Futureで開催。
山極壽一先生と、宇沢国際学館代表の占部まり氏が登壇し、講演会およびパネルディスカッションとして実施されました。
第1弾で問われた
「人間とは何か」
という問いは、第2弾でさらに広がりました。
焦点となったのは、
共感社会、社会的共通資本、シェア、コモンズ、地域、教育、環境です。
この回で見えてきたのは、
豊かさは、経済成長や所有の拡大だけでは測れないということでした。
便利さや効率は高まりました。
けれどその一方で、
顔の見える関係、地域に根ざした文化、価格に換算できない価値は弱まりつつあります。
社会を支えるのは、巨大な理念だけではありません。
必要なのは、
小さな信頼関係
顔の見えるつながり
共感と多様性
シェアとコモンズ
地域や実践の積み重ね
第2弾は、はっきりした答えを出した場ではありません。
しかし、次の社会へ向かう希望の兆しが見え始めた場でした。
社会の大きな課題に対して、私たちはどこから動き始めるのか。
6月16日に開催する第3弾
**「驚きの力」**に向けて、2月11日には、若い実践者4名によるプレトークを開催しました。
この会は、第3弾の本番ではありません。
むしろ、6月16日の安田講堂で山極先生と対話する前に、若い実践者たち自身の中にある驚き・違和感・行動の原点を掘り起こすための、いわば助走の場でした。
第1弾では、
人間の不適応や心の不調が問われました。
第2弾では、
社会的共通資本、共感、シェア、コモンズが語られました。
そして第3弾「驚きの力」では、
一人ひとりの中にある小さな違和感や驚きが、どのように行動へ変わるのかを問います。
そのために、まず若い実践者たちの言葉から、
気づきの原点を見つめました。
2月11日のプレトークでは、異なる分野で活動する4名が、それぞれの原動力を語りました。
風間氏は、AI・XR・地域実装・スタートアップを通じて、技術を社会の課題解決へ接続する実践について語りました。
技術は単なる便利な道具ではなく、人や地域の課題と出会ったときに、社会を動かす力になり得る。
その視点から、地域や現場に入り込み、技術をどう実装していくかが語られました。
岡田氏は、砂漠での体験を通じて、生きることの前提や人とのつながりを捉え直した経験を語りました。
日本では当たり前に思っていた水、太陽、身体、人の親切。
それらが、実は自分の命を支えていることに気づいたとき、世界の見え方が変わっていく。
その体験は、現在の喫茶店という場づくりや、人と人が思い合う関係への関心につながっています。
久保田氏は、ニュートリノ物理学を通じて、見えない宇宙を理解しようとする知的探求について語りました。
目に見えないものを追い続けること。
すぐに役に立つかどうかでは測れない問いに向き合うこと。
そこには、人間が未知に惹かれ、理解できないものに出会いながら世界を広げていく、根源的な驚きがあります。
渡邊氏は、空海研究、寺子屋、NPO、自律分散型組織を横断しながら、場を育てることの意味を語りました。
一度で完成する答えではなく、関わる人たちとともにプロセスを重ね、場を育てていく。
その姿勢は、学びや支援を一方的に与えるのではなく、互いに変化しながら関係性をつくる実践につながっています。
4名の活動分野は、それぞれ大きく異なります。
AI・XR。
砂漠での体験と場づくり。
ニュートリノ物理学。
空海研究、寺子屋、NPO、自律分散型組織。
一見すると、ばらばらの話に見えるかもしれません。
しかし、そこに共通していたのは、
最初から大きな使命や完成された目標があったわけではない
ということでした。
始まりにあったのは、
偶然の出会い。
小さな違和感。
挫折。
環境の変化。
身体を揺さぶる体験。
放っておけない問い。
そうしたものが、少しずつ言葉になり、誰かと共有され、行動へ変わっていったのです。
ここで見えてきたのは、
気づきは特別な人だけに訪れるものではない
ということです。
日常の中の小さな違和感や、予期せぬ出会いが、
自分の生き方や行動を変える入口になる。
その気づきが誰かと共有され、小さな行動につながることで、
社会は少しずつ変わり始める。
ここでいう気づきは、
情報を得て「分かった」と思うことではありません。
それは、
自分の前提が揺さぶられること。
普段なら出会わない人の言葉に触れること。
自分の中に眠っていた違和感や問いが動き出すこと。
山極先生の言葉を踏まえるなら、気づきは、
「なんだこれは」
から始まります。
情報があふれる時代。
AIが答えを示してくれる時代。
だからこそ今、
人間が自ら驚き、気づき、動き出す意味が問われています。
2月11日のプレトークは、その問いを6月16日の安田講堂へつなぐための場でした。
若い実践者たちの「始まり」を聞くことで、第3弾本番で山極先生が投げかける問いが、より立体的に見えてきます。
6月16日、山極先生が若い実践者たちに問いかけるのは、単なる活動紹介ではありません。
自分にとって一番大きな気づきは、いつ、何だったのか。
今、自分が一番ワクワクしていることは何か。
この問いは、登壇者だけに向けられたものではありません。
会場にいる一人ひとりにも向けられる問いです。
自分の中にも、まだ言葉になっていない驚きがあるかもしれない。
それが、次の一歩の始まりになるかもしれない。
2月11日のプレトークは、そのことを示した会でした。
6月16日の見どころは、山極先生の講演を聞くこと。
それだけ、山極先生の言葉には大きな魅力があります。
霊長類学、人類進化、共感、社交、共同体、AI時代の人間の気づき。
これらを横断して語られる視点は、現代を生きる私たちに深い示唆を与えてくれます。
しかし今回のその奥の見どころは、
そこに若い実践者たちの言葉が重なることです。
山極先生が長年の研究と思索から見てきた、
人間社会の本質。
若い実践者たちが、自分の現場で感じてきた、
違和感、驚き、ワクワク。
この二つが、東京大学安田講堂という象徴的な場所で交わります。
それは、単なる世代間対話ではありません。
「先生が語り、若者が学ぶ」という一方向の構図でもありません。
山極先生の問いに対して、若い実践者たちが、
自分の言葉と行動で応答する場です。
今回の中心には、気づきがあります。
ただし、ここでいう気づきは、
情報を得て「分かった」と思うことではありません。
自分の前提が揺さぶられること。
普段なら出会わない人の経験や言葉に触れること。
自分の中に眠っていた違和感や問いが動き出すこと。
山極先生の言葉を踏まえるなら、気づきは、
**「なんだこれは」**から始まります。
6月16日は、その入口を、参加者一人ひとりが感じる場になります。
若い実践者たちの活動紹介だけであれば、すでにどこかで聞けるかもしれません。
しかし、6月16日に聞けるのは、活動の成果だけではありません。
彼らがなぜ動き出したのか。
どんな違和感を抱いたのか。
どんな出会いがあったのか。
何に驚き、何にワクワクしているのか。
そこに焦点が当たります。
これらは一見、ばらばらに見えるかもしれません。
しかし共通しているのは、
どれも最初は小さな驚きや違和感から始まっていることです。
だからこそ、参加者は「すごい人たちの特別な話」として聞くだけではなく、
自分の中にも、何か始まりがあるかもしれない
と感じることができます。
6月16日では、若い実践者たちの話が、山極先生の視点によって、
より大きな文脈へとつながっていきます。
一人の気づきは、個人的な体験に見えるかもしれません。
しかし、その奥には、
人間がどのように他者と出会い、どう世界観を変え、どう行動へ移るのか
という、人類に共通するテーマがあります。
山極先生は、気づきには冒険が必要だとも述べています。
ただし、冒険とは無謀な危険に身を投じることではありません。
自分の頭の中では理解できない世界に出会い、自分の前提がひっくり返る経験です。
そして大切なのは、その経験を持ち帰り、
次の行動や社会との関係に変えていくことです。
今回の企画は、気づきについて語るだけの場ではありません。
企画そのものが、参加者にとって気づきを得る場になることを目指しています。
日常の生活、職場、家庭、いつもの人間関係の中では、
価値観や常識が固定されやすくなります。
情報は大量に届いていても、
それが自分の前提を揺さぶるとは限りません。
だからこそ、
異なる世代、専門、実践、価値観を持つ人が交わる場に身を置くことが重要になります。
会場となる東京大学安田講堂は、単なる大きな会場ではありません。
大学、知、社会、若者、時代の変化を象徴する場所です。
その場所で、山極先生と若い実践者たちが、これからの社会について語り合う。
これは、過去を懐かしむための場ではありません。
著名な先生の話をありがたく聞くだけの場でもありません。
歴史ある講堂で、これから生まれる問いを開く。
大きな舞台で、個人の小さな驚きや違和感が語られる。
その対比そのものが、今回のイベントの象徴です。
これまでの流れを振り返ると、6月16日の意味ははっきりしています。
第1弾では、
人間の本来のあり方と、現代社会とのズレが問われました。
第2弾では、
豊かさ、社会的共通資本、共感、コモンズ、地域、教育、環境へと問いが広がりました。
第3弾では、
若い実践者たちの小さな気づきや違和感が、行動へ変わる姿が見えてきました。
そして6月16日には、それらが安田講堂で交わります。
山極先生の知。
若い実践者たちの経験。
異なる団体がつくる越境的な場。
そこに集う参加者一人ひとりの驚き。
このイベントは、完成された答えを受け取る場ではありません。
むしろ、まだ見えていない未来に向けて、それぞれの問いを持ち帰る場です。
社会を変える大きな動きは、最初から大きな形をしているわけではありません。
多くの場合、それは、
一人の小さな違和感や、
誰かとの偶然の出会いから始まります。
だからこそ、今回のファイナルで問いたいのは、
「社会はどう変わるのか」だけではありません。
あなた自身は、何に驚き、何に気づき、どこへ一歩を踏み出すのか。
6月16日、安田講堂から、それぞれの問いが次の局面を作り出します。