susumu[at]tohoku.ac.jp
オペランド計測は実動作下の材料やデバイスを直接観測し、測定対象の構造と機能の相関を見出すことを目的とした計測手法である。特に、触媒・光触媒、燃料電池、リチウムイオン電池を初めとした物質・エネルギー変換材料は、反応条件下で材料表面の構造・組成が変化するため、反応メカニズムの本質的な理解のためにはオペランド計測が不可欠である。従来X線を用いたオペランド計測は硬X線領域に限られていたが、高輝度放射光の利用や新規装置開発により軟X線領域でのオペランド計測が近年急速に発展している。我々は大型放射光施設SPring-8の高輝度軟X線ビームラインBL07LSUにおいて雰囲気X線光電子分光法(Ambient pressure XPS, AP-XPS) [1]を開発し、触媒材料のオペランド計測研究を推進してきた[2-8]。
本講演では、触媒表面科学における放射光X線オペランド計測手法の現状をAP-XPSを中心に紹介し、SPring-8 BL07LSUと次世代放射光施設の位置付けについて議論する。特に、我々が現在次世代放射光施設での展開を目指してSPring-8 BL07LSUで進めているAP-XPS装置の高度化の取り組みについて紹介したい。次世代放射光施設では複数のビームラインの横断的利用により軟X線~テンダーX線・硬X線領域でのマルチモーダル・オペランド計測が可能になる。講演では次世代放射光施設における触媒表面科学研究の将来展望についても議論したい。
参考文献
[1] S. Yamamoto et al., J. Phys.: Condens. Matter 20, 184025 (2008).
[2] T. Koitaya, S. Yamamoto et al., Topics in Catalysis 59, 526-531 (2016).
[3] S. Yamamoto et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 20, 19532-19538 (2018).
[4] J. Tang, S. Yamamoto et al., Appl. Surf. Sci. 463, 1161-1167 (2019).
[5] J. Tang, S. Yamamoto et al., Appl. Surf. Sci. 480, 419-426 (2019).
[6] T. Koitaya, S. Yamamoto et al., ACS Catalysis 9, 4539-4550 (2019).
[7] T. Koitaya, S. Yamamoto et al., e-J. Surf. Sci. Nanotechnol. 17, 169-178 (2019).
[8] M. Sato, S. Yamamoto et al., J. Phys. Chem. C 124, 12466-12475 (2020).
miwa[at]issp.u-tokyo.ac.jp
電子の電荷とスピン自由度を利用するスピントロニクスには大きな期待が寄せられている。期待の一部は、FeやCoの強磁性金属とMgO等の非磁性絶縁体の積層膜から構成され、強磁性体の磁化方向によりデバイスの電気抵抗が変化する「磁気トンネル接合デバイス」のセンサ及びメモリ応用に向けられている。このようなデバイスでは磁性体が超薄膜であることから界面の効果がデバイス物性を支配し得る。従って界面垂直磁気異方性をはじめとした界面磁性の理解が重要となる。軟X線を用いたX線磁気円二色性(XMCD)分光は主要な強磁性金属であるFeやCo、Niの磁気異方性の評価に有用であることで知られる[1]。最近では成膜技術をはじめとした素子作製技術が向上したこと、蛍光収量で高感度なXMCD分光が可能になったことから、スピントロニクスデバイスを動作させながらXMCD分光を行う「オペランドXMCD」も可能となっている。
本講演ではスピントロニクスデバイスにおける先端軟X線科学として、分子線エピタキシー法を用いて原子層レベルで制御したFe/MgO・Fe/Co/MgO・Fe/Ni/MgOを基本とするトンネル接合デバイスにおけるオペランドXMCDの結果を紹介する[2-5]。本研究は大型放射光施設SPring-8のBL25SUを中心に進めてきたものであり、最近ではスピントロニクス研究においてXMCDをはじめとした放射光の利用によりデバイス物性を電子状態から議論することが定着しつつある点を共有したい。上述の単純材料の多層膜のみならず、最近ではカイラル反強磁性体Mn3Sn等の量子物質やキラルフタロシアニン等の有機分子を用いた新奇多層膜によるスピントロニクスデバイスの研究も推進している[6,7]。講演ではこの新奇物性研究における放射光への期待についても言及したい。
本講演で紹介する研究成果は大阪大学のFrédéric Bonell氏・松田健彰氏ら鈴木義茂Gr、産業技術総合研究所の野崎隆行氏・湯浅新治氏、高輝度光科学研究センターの中村哲也氏・鈴木基寛氏・小谷佳範氏・豊木研太郎氏、東北大学の辻川雅人氏・白井正文氏・新田淳作Gr、物質材料研究機構の大久保忠勝氏・宝野和博氏、東京大学の坂本祥哉氏・肥後友也氏ら中辻知Gr・大谷義近Gr、理化学研究所の近藤浩太氏・宮島大吾氏、分子化学研究所の南谷英美氏らとの共同研究成果である。本研究の一部は科研費(JP18H03880)等の支援により行われた。
[1] D. Weller et al., Phys. Rev. Lett., 75, 3752 (1995).
[2] T. Kawabe et al., Phys. Rev. B, 96, 220412(R) (2017).
[3] S. Miwa et al., Nat. Commun., 8, 15848 (2017).
[4] R. Miyakaze et al., Phys. Rev. B, 102, 014419 (2020).
[5] S. Miwa et al., J. Phys. D: Appl. Phys., 52, 063001 (2019).
[6] H. Gamou et al., Nano Lett., 20, 75 (2020).
[7] S. Miwa et al., Appl. Phys. Express, 13, 113001 (2020).
akihiro.suzuki[at]es.hokudai.ac.jp
放射光X線をプローブとして利用した分析技術は、分光による化学状態の精密計測、電子線よりも少ない放射線損傷、透過力を活かしたオペランド計測といった強みがある。その中でも軟X線を利用したイメージング技術は、高分子機能などの観点から重要な軽元素だけでなく3d遷移元素の吸収端に着目した計測が可能であり、ナノメートル空間分解能での化学・磁気状態分析が期待できる。
我々の研究グループでは、先端加工技術[1]によって実現した回転体ミラーを照明光学系に用いて、X線磁気円二色性(XMCD)イメージングへの展開も可能なタイコグラフィ装置をSPring-8 BL25SUに立ち上げた[2]。回転体ミラーは、軟X線集光素子として広く用いられるフレネルゾーンプレートと比較して「大きな開口数」、「高いスループット」、「色収差がない」、「長いワーキングディスタンス」という特長があり、照明光学系としてタイコグラフィの性能を向上させる潜在力を有すると考えている。
図1. 回転体ミラーを照明光学系に用いて取得したPt/Co多層薄膜からのコヒーレント回折パターンの例。ドーナツ状の明視野にのみ信号が存在することが分かる。
本講演では、回折面の高空間周波数領域にドーナツ状に広がる回転体ミラー集光ビーム(図1)とタイコグラフィ像の関係を計算機シミュレーションによって検討した結果を紹介する。さらに、本装置によるXMCDタイコグラフィ測定によって、窒化ケイ素薄膜上に形成したPt/Co多層薄膜の磁区構造イメージングの結果に関しても報告する。本技術の次世代放射光施設における展開の可能性、ならびに方向性についても議論したい。
[図1. 回転体ミラーを照明光学系に用いて取得したPt/Co多層薄膜からのコヒーレント回折パターンの例。ドーナツ状の明視野にのみ信号が存在することが分かる。 ]
[1] H. Mimura et al., Rev. Sci. Instrum., 89, 093104 (2018).
[2] Y. Takeo, A. Suzuki et al., Appl. Phys. Lett., 116, 121102 (2020).
imazono.takash[at]qst.go.jp
現在建設中の次世代放射光施設には最大28本のビームライン(アンジュレータ14本、多極ウィグラ14本)を設置できる。2024年度の供用開始時点で10ビームラインが先行整備される。そのラインナップはビームライン提案に関するパブリックコメントを参考に次世代放射光施設ビームライン検討委員会により選定された[1]。その内7本は、パートナー(光科学イノベーションセンター、他4機関)がコアリションコンセプトに基づき運営するビームラインで、残り3本は国(量研)が建設し、共用ビームラインとして運用される。共用ビームラインを用いた最先端研究で要求されるビームライン性能およびエンドステーション等は次世代放射光施設利用研究検討委員会にて審議された[2]。現在量研ではその答申内容を可能な限り具現化すべく技術的な検討を行っている。
表1に供用開始時におけるビームライン仕様の概要を示す。軟X線超高分解能共鳴非弾性散乱ビームライン(02U)は、分解幅10 meV以下の超高分解能RIXS測定に供することを目的に、エンドステーションと一体的にビームライン光学系を検討し、全エネルギー分解能E/ΔE>100,000を実現可能な光学系となっている。軟X線ナノ光電子分光ビームライン(06U)は、世界に先駆けて高フラックスのナノ集光スピン分解・角度分解光電子分光実験に供することを目的に、現在開発途上にある高NAな軟X線ウォルター鏡と高効率な多チャンネルスピン検出器が実用化に至った際にはこれらをシームレスに導入できる光学系となっている。軟X線ナノ吸収分光ビームライン(13U)は、磁性・スピントロニクス材科学研究に供することを目的に、軟X線からテンダーX線までの様々な偏光光源をその発光点の位置変化を伴わずに生成・制御できる分割型アンジュレータを採用し、フラックスを重視した光学系となっている。
[1] 次世代放射光施設ビームライン検討委員会報告書(1):
https://www.qst.go.jp/uploaded/attachment/16923.pdf
[2] 次世代放射光施設利用研究検討委員会報告書:
shigetoshi.sugawa.d4[at]tohoku.ac.jp
コヒーレント軟X線回折イメージングは,試料にコヒーレント軟X線を照射し,後方に回折されたフランフォーファー像から位相回復解析によって試料の透過像を再構成する手法であり,タイコグラフィ法やトモグラフィ法などにより,試料の構造や化学状態を可視化する強力な計測手法として発展が著しい.軟X線源の性能も向上してきており,次世代の東北放射光などの高輝度光源においては,従来の性能を凌駕するダイナミックレンジが広く高速読出しが可能な革新系な軟X線用2次元検出器の開発が求められている.
そこで,我々は,今までに培ってきた極限性能イメージセンサ技術[1]を結集し,低ノイズ・高量子効率・高飽和・線形応答・同時露光の性能を有する横型オーバーフロー蓄積容量(LOFIC)イメージセンサ技術[2]を進化させ,極低リーク電流高密度トレンチ型容量[3]を2段LOFIC[4]およびグローバルシャッタ用キャパシタとして全画素内に導入した放射線耐性にも優れた裏面照射型の軟X線検出CMOSイメージセンサsxCMOSの開発を2018年より開始した[5-8].
本講演において,東大有馬孝尚教授,原田慈久教授,量研宮脇淳氏,理研初井宇記氏,兵庫県立大渡邊健夫教授,原田哲男准教授,物材研山崎裕一氏,ラピスセミコンダクター栗山尚也氏,東北大学黒田理人准教授,四家寛也氏,原田将真氏ら(順不同)の協力を得て開発を進めているsxCMOSの最新の状況について報告する.
[1] 須川成利, 映像情報メディア学会創立70周年記念大会, 企画3-2 (Dec. 2020).
[2] S. Sugawa et al., ISSCC, 352 (Feb. 2005).
[3] M. Murata, S. Sugawa et al., IEDM, 225 (Dec. 2018).
[4] Y. Fujihara, S.Sugawa et al., IEEE TED, 68, 152 (Jan. 2021).
[5] 須川成利, 次世代放射光が拓く多元物質科学の先端第1回ワークショップ(Nov. 2018).
[6] 須川成利, SOI量子イメージセンサコンソーシアム設立記念研究会 (Jun. 2019).
[7] 須川成利, 日本放射光学会,企画講演5-6 (Jan. 2020).
[8] H. Shike, S. Sugawa et al., IEDM, 16.4 (Dec. 2020).
ytakahashi[at]tohoku.ac.jp
コヒーレントX線回折イメージングは、ナノメートルスケールの高い空間分解能を達成可能な顕微法であり、放射光施設を中心に盛んに研究開発が進められている。特に、入射ビームサイズより大きな拡がった物体を観察出来る走査型コヒーレントX線回折イメージング(通称:X線タイコグラフィ)の進展が目覚しく、実試料観察に関する応用研究が多数報告されている。最近の潮流は、X線タイコグラフィ計測に計算機断層撮影1)や吸収分光2)を組み合わせた三次元空間・エネルギー軸方向へ発展させた可視化であり、データ科学との連携により物質機能の理解に迫る研究も報告されている3。一方で、物質中のダイナミクスの可視化、すなわち、時間軸方向へ発展させた研究については殆ど報告がない。これは、X線タイコグラフィ計測において、試料走査に長時間を要するためであり、X線タイコグラフィの最大の弱点となっている。
近年、我々はコヒーレントX線回折イメージングの時間分解能を向上させるべく、マルチビームX線タイコグラフィ4)と三角形開口を用いたシングルフレームコヒーレントX線回折イメージング5, 6)を提案し、それらの実証に成功した。マルチビームX線タイコグラフィは、互いに干渉しない複数のX線ビームを試料に同時照射することで、単一ビームによるX線タイコグラフィ計測と比較して、同一視野を短時間で観察できる手法である。また、部分的にコヒーレントな光源である放射光を利用したX線タイコグラフィ計測では、放射光の利用効率が大きく制限されることが課題となっていたが、マルチビームX線タイコグラフィでは、ビーム数に比例して放射光の利用効率を向上させることができる。一方、三角形開口を用いたシングルフレームコヒーレントX線回折イメージングは、試料を走査することなく、入射ビームサイズより拡がった試料をワンショットで観察可能な手法である。X線タイコグラフィと 比較して視野は制限されるものの、X線照射損傷を抑制し、時間分解能を飛躍的に向上させることができる。
本講演では、コヒーレントX線回折イメージングによる時間発展可視化を志向した上述の研究について紹介するとともに、今後取り組むべき課題についても議論する。
参考文献
[1] K. Shimomura et al., Opt. Express 26, 31199-31208 (2018).
[2] M. Hirose et al., Angew. Chem. Int. Ed. 130, 1490-1495 (2018).
[3] M. Hirose et al., Communications Chemistry 2, 5 (2019).
[4] M. Hirose et al., Opt. Express 28, 1216-1224 (2020).
[5] J. Kang et al., Opt. Express 29, 1441-1453 (2021).
[6] S. Takazawa et al., submitted
matsuyama[at]mp.pse.nagoya-u.ac.jp
実空間を直接観察できる結像型X線顕微鏡は,リアルタイム観察可能な点で他の顕微手法に対してアドバンテージがある.その性能は結像レンズによってほとんど決まっており,現在の主流はフレネルゾーンプレート(FZP)である.FZPは比較容易に入手でき,調整も簡単であるが,効率と色収差(波長によって焦点距離が異なる収差)の点で問題がある.
この問題を解決するために,我々はX線ミラー(Advanced KBミラー[1],図1)ベースの顕微鏡の開発を2008年頃からスタートした.反射型レンズは高効率・色収差があまりない(全反射鏡だと色収差なし)点で回折レンズよりも優れているが,その作製は難しくほとんど使用実績がなかった.ミラー作製,多層膜成膜,アライメント,波面計測,シミュレーションなどの技術を確立させ,性能を向上させていった(図2).現在のところ,全反射鏡をベースとしたX線顕微鏡では40nm,多層膜鏡をベースとしたものでは23nmの分解能を達成した.現在,10nm分解能を持つ顕微鏡の開発を進めている.
このような結像技術はイメージングだけでなく,ナノビーム形成にも有用である.X線集光ではKBミラーが用いられることが多いが,KBミラーの欠点は集光状態が入射角誤差に敏感な点である(つまり不安定).これは結像という観点で見た場合,視野の狭さに相当する.一方で,結像ミラーは広い視野,つまり,大きな入射角誤差でもX線を集光できる.現在,SACLAやSPring-8Ⅱのために,Advanced KBミラーをベースとした高安定sub-10nm集光システムの開発を行っている.性能評価テストでは10nm以下の集光がすでに実現している.
本発表では,X線結像ミラーや顕微鏡開発の最前線について紹介したい.
参考文献
[1] S. Matsuyama et al., Sci. Rep. 7, 46358 (2017).
tkimura[at]issp.u-tokyo.ac.jp
X線自由電子レーザーや大型放射光施設などの光源の高度化に触発された、近年のX線分析技術の発展には著しいものがある。こうした先端X線分析技術の発展には、光源性能の向上に加えて、分析を支える各種光学技術の高度化が大きく寄与してきたことは疑いがない。これまで講演者は、精密加工・計測技術を活用したX線光学実験用素子の開発に従事しており、特に先端光源の持つ高輝度やコヒーレンスといった特徴を活かしたイメージング技術の高度化に取り組んできた。[1-4]
現在、東京大学放射光アウトステーション物質科学ビームラインBL07LSUでは、東北放射光での活用も念頭においた、軟X線ウォルターミラー光学系[5, 6]の開発に取り組んでいる。色収差のない全反射ミラーを活用することにより、軟X線における幅広い波長域でシームレスに利用可能な顕微イメージングシステムの構築を目標にしており、照明光学系は最小集光サイズ50 nm、結像光学系は分解能150 nmを念頭において設計を行っている。
本講演では、2021年度に導入予定である本ミラー光学系の詳細に関して述べるとともに、BL07LSUの最大の特徴である多数台のアンジュレータと組み合わせた軟X線イメージングの展開について紹介を行う。また、将来的に高輝度光源と軟X線用高性能センサーを組み合わせることにより、数ミリ秒での高速なX線顕微イメージングの実現を目指しており、様々な対象のin-situ計測やオペランド計測への展開、今後取り組むべき課題についても議論する。
参考文献
[1] H. Mimura et al., Nat. Phys., 6(2), 122(2010).
[2] T. Kimura et al., Nat. Commun. 5, 3052(2014)
[3] T. Kimura et al., Opt. Express 21, 9267(2013)
[4] T. Kimura et al., Rev. Sci. Instrum., 91, 083706(2020)
[5] Y. Takeo et al., Appl. Phys. Lett. 117, 151104 (2020).
[6] S. Egawa et al., Opt. Express 27, 33889 (2019).