環境化学物質を 感知して 応答する 生体防御機構 を起点にして
細胞・実験動物レベルから ヒト個体の解析に展開して
環境要因 と 遺伝要因 の双方を対象とした研究に取り組んでいます
私たちの身の回りに溢れている化学物質
Chemical Abstracts Service(CAS;米国化学会の部門)に登録されている化学物質は、現在では2億種を超えており、日々新たな化学物質が登録されています。2015年には登録数が1億種を超えたことが話題になりましたが、その後の10年間でさらに飛躍的に増加し、わずか10年で倍増しています。
化学物質には、自然界に存在する天然物質だけでなく、人工的に合成された物質など、多様なものが含まれています。
環境化学物質による"環境要因"
私たちの日常生活の中では、大気中に存在する化学物質を無意識のうちに吸い込んだり、食品や医薬品を摂取することで、様々な化学物質が体内に取り込まれています。
食品に関係する化学物質には、原材料に含まれる天然物質に加えて、食品添加物や、容器包装に使用される合成物質なども含まれます。
私たちは、これら食品、医薬品、環境中の毒性物質などを総称して「環境化学物質」と呼び、健康に影響を与える “環境要因” として捉えています。
化学物質を解毒・排泄する生体の能力
生体には、化学物質を代謝する酵素が備わっています。
たとえば炭水化物を摂取すると、炭素6個(C6)から成るグルコースは、解糖系において複数の酵素反応を経て、ピルビン酸(C3)へと分解されます。このような化学構造の分解や、新たに官能基を付与するなど、酵素反応によって化学的に性質を変えることです。
特に、薬物や毒物などの外来性の化学物質に対しては、「薬物代謝」「解毒代謝」という用語が用いられます。
細胞に取り込まれた化学物質は、第1相、第2相、第3相反応と呼ばれる段階的な代謝プロセスを経て、化学的性質が変化し、最終的には細胞の外へ、生体外へ排泄されます。
化学物質に対する生体防御機構
“親電子性物質”と総称する、化学的に反応性が高い物質は、タンパク質やDNAなどの生体内高分子に共有結合する特性をもっています。また、生体内で産生される活性酸素種は、これらの高分子を酸化修飾して細胞に傷害を与えることがあります。このような化学的傷害に対して、生体は解毒代謝酵素や抗酸化酵素を介して、損傷を防ぐ仕組みを有しています。
化学物質による転写因子の活性化
このような化学物質に曝露されると、生体は解毒代謝酵素や抗酸化酵素をの発現を促進して、化学物質の代謝・排泄を促します。このときに、親電子性物質や活性酸素種が ”化学的”に 転写因子を活性化させる引き金(trigger)となります。
転写因子とは、DNA上の特定の塩基配列に結合して、遺伝子の転写を制御するタンパク質です。1つの転写因子が活性化されると、複数の下流遺伝子が同時に発現します。
例えば、転写因子AhR(芳香族炭化水素受容体)は、リガンドとなる化学物質が受容体であるAhRに結合することで活性化され、主に第1相解毒代謝酵素をコードする遺伝子の発現を亢進します。
また、転写因子NRF2は、親電子性物質や活性酸素種によってKEAP1タンパク質を化学修飾されることで活性化されます。活性化したNRF2は主に第2相解毒代謝酵素や第3相トランスポーター、さらには抗酸化酵素をコードする遺伝子の発現を亢進します。
個人差を生み出す遺伝要因
一方で、転写因子や薬物代謝酵素の多の遺伝子には、一塩基多型(SNP)が存在します。このようなSNPが、医薬品に対する反応性や疾患リスクなどの個人差に影響する “遺伝要因” になります。
私たちの研究室では、環境化学物質に代表される環境要因と、SNPなどの遺伝要因の双方を対象に、細胞・動物レベルの研究からヒト個体における解析へとつなげる研究を目指してしています。