小林チームでは特任研究員・助教(場合によっては講師)を募集しています。興味があればDMを。
近年の生命医科学分野における計測技術の革新はこれまでにない多彩なデータを生み出し、多くの生体現象に複雑動態が内在することを示してきました。そのデータ活用数理基盤の一つとしてWasserstein(WS)幾何学に代表される幾何解析は、データの確率分布間の距離関係や分布のダイナミックな変容を最適輸送や勾配流の観点で扱えることから、1細胞遺伝子発現データに活発に活用されています。
しかし、新規技術が生み出すデータは遺伝子発現のような連続データだけではありません。DNA配列などの記号データやクロマチンの離散状態データなども極めて重要な生体情報を担います。しかし連続多様体を仮定する従来の幾何解析は、これら離散情報を扱うには一度データを連続に符号化し、解析の結果を離散に復号化する過程が必要になります。そのため離散データが潜在的に保有する情報や構造を直接扱えているとは言えません。また、DNA配列を始めとした離散データは生命情報学の流れをくむ幾何解析とは別の方法論で解析され、分野的な垣根が存在します。そのため、離散データの活用に加え、連続と離散の統合データ活用に潜在的な課題を有しています。
このようなデータ構造固有の性質に加え、生体内反応などの生命医科学関連の現象は、従来の幾何解析では未だ十分に捉えきれない性質も有します。例えば、分子、細胞、臓器などの要素間に形成される関係性は、一般にハイパーグラフ的な多対多の非線形な因果構造を持ちますが、そのトポロジカルな性質や幾何学的なを扱う方法論は未だ確立されていません。加えて、幾何解析で扱うダイナミクスの大部分は、勾配流などと相性の良い対称性の高い問題を扱います。しかし一般に複雑な生命動態では、詳細釣合いを破る非対称性や非相反性が一般的で、その結果、勾配流的な動態を逸脱した振動やカオスなどの複雑動態が生まれます。これらをどう幾何解析の観点で扱い、どう現象の理解やデータの解析につなげればいいかは大きな課題です。
上述の背景を総合すると、複雑生命動態の変容や破綻を予測・制御するには、連続と離散を包含し、かつ多対多、非線形、非対称を効果的に捉える幾何学的視座と数理的基礎が必要になります。そこで本CREST研究では、応用数理・数学・医学情報が連携した研究体制のもと、【課題1】離散性・非線形性・非対称性を扱いうる幾何解析理論を発展させることを目指します。そしてその知見を活用して【課題2】 多臓器連関の破綻、免疫記憶や恒常性の変容、細胞分化状態の変遷を予測する情報技術を構築し、実問題へ応用を進めます。さらに数学者から医学研究者までを含むチーム体制と、さきがけ未来数学領域の研究者らとの連携により、【課題3】「連続と離散」を統合した幾何解析の新たな学理のみならず、「基礎から応用」にわたる研究コミュニティを開拓することを推進してゆきます。
離散特有の幾何や非対称性を扱うには、ハイパーグラフのような多対多の位相的性質を捉える理論や、離散構造上で顕在化する双対平坦構造の拡張概念、そして離散と連続の幾何解析の関係性を数学的に深める必要があります。太田が取り組んでいるハイパーグラフの非線形ラプラシアンや最適輸送に基づくリッチ曲率の理論、ケーラー幾何や接触幾何による双対平坦構造の一般化、そして反応系のハイパーグラフトポロジーの知見も組み合わせ、離散幾何解析の数理を深化させます。特に、非対称への拡張は離散と連続に共通の課題となります。太田はフィンスラー多様体を含む非対称距離空間への勾配流理論の拡張から問題に取り組みます。対して小林は非対称性が誘導する非平衡流を包含する数理的枠組みを、metriplectic構造や磁場付きラプラシアンの理論などを参考に模索します。そして両者の関連を明らかにすることで、非対称性やそれに伴う複雑動態の性質を適切に扱う新たな幾何学理論を発展させます。
細胞や組織などの状態は遺伝子発現の連続データのみならず、遺伝子制御関係やクロマチン状態、関連するDNAや免疫受容体の配列集合などの離散構造データからも強く規定され、そこに潜在する非対称性は不安定性の温床となります。1細胞RNA-seqのデータ活用技術を構築してきた本田と、免疫受容体や遺伝子配列の解析手法を開発した小林の研究を土台に、連続と離散の情報を統合して生体を特徴づけ、その変容を予測・制御しうる情報技術を構築します。具体的には、多臓器連関や免疫系の恒常性、さらに非対称性によって動的アトラクターが顕現する細胞分化などを対象にして研究を進めます。離散・連続統合最適輸送や、離散・連続ハイブリッド系に適用可能なシステム推定、さらに大偏差理論・最適制御の技術を開発してゆきます。これらの手法の有効性を実データで実証し、系の状態や変容をデータから予測する方法論を確立します。
幾何解析を接点として数学者から医学者までが連携できる体制を整え、課題1をベースに離散と連続を包括的に扱う幾何解析の数理を深化させます。同時に、課題2の結果を生命科学・医科学などの実験系などのとのネットワークを活用して発展的に応用展開させる。この2つの活動を総括して「離散と連続」「基礎と応用」を横断した幾何解析の新たな学理とコミュニティを形成してゆきます。
連続空間の幾何解析は物理や工学と関連しながら発展し、現在は情報学やデータ科学にも活発に応用されています。一方、臓器・個体・社会のネットワーク関係や化学分子構造など、離散構造が本質的な現象やデータも多く、それらは特に生命医学や人間社会に関わっています。本CREST研究が構築する理論や情報技術の対象は生命医科学に限定されるものではなく、生態系の破綻、感染症や群衆動態の予測や制御、化学情報学など潜在的に広い課題にも適用が可能です。また基礎の数学から応用の医療までを横断するチーム体制は、これら融合問題に取り組む人材やノウハウを育み、本研究課題を超えた研究展開を生み出す起点となると期待されます。