量子情報処理や量子情報通信は究極の量子技術で、社会に大きな変革をもたらと考えられています。こうした量子情報科学における主役は量子ビットです。量子ビットにはいくつかの種類があり、中でも「光子」は伝送を得意とし、半導体中の「電子スピン」は、記録・演算を得意としています。また、光子と電子スピンはスピン角運動量を共通に持ち、光子はポアンカレ球の偏光状態として、また電子スピンはブロッホ球のスピンの向きとして2次元の量子空間上で表されます。
量子技術の本質は、基底状態の重ね合わせと、異なる粒子間のエンタングルメント(22年ノーベル物理学賞)です。光子や電子スピンといった異なる量子メディア媒体間で、重ね合わせ状態をつなげたり、それらのエンタングルメントを実証する探索的な研究は、将来の絶対に安全な量子暗号通信や量子インターネットの構築を可能とします。
最近、幾何学的な空間構造を持つ新たな光が注目されるようになりました。この新しいタイプの光は、スピン角運動量だけでなく、空間構造の起源である軌道角運動量を持ちあわせています。また、単一光子として存在することができ、エンタングルする性質も持ち、従来の光子(ガウス光子)と同様、量子力学的な性質を持っています。空間的に広がった幾何学構造を持つ光子状態が重ね合わせやエンタングルといった性質を持つことは驚くべきことで、この幾何学構造をもつ光子を我々は「高次光子」と呼んでいます(下図左下)。高次光子は、偏光(スピン)と軌道の二つの情報を持つ基底の重ね合わせで表現することができ、高次ポアンカレ球上の状態で表現できます(下図左上)。また、高次光子は一つの光子の中に多くの量子力学的な情報を詰め込むことができ、より高度な量子情報通信への活用が期待できます。
森田グループではこれまで、スピン角運動量しか持たないガウス光パルスを半導体量子構造に照射することで電子スピンを光励起し、それを制御する研究を行ってきました。これらの研究は、半導体スピントロニクスデバイスの中で電子スピンがどのように振る舞い、どのように利用できるのかを追求するもので、成果をあげてきました。しかし、半導体の微細化の限界が来ている現在、新しい量子の自由度を用いた量子デバイスが求められています。
最近、幾何学構造を持つ高次光子の類似性から、幾何学構造を持つ電子スピン(下図右下)を提案し、新たな量子の資源として注目しています。特に、高次ブロッホ球(下図右上)を新たに提案したことで、スピン角運動量と軌道角運動量の両方の自由度を持った電子スピンの数学的な記述ができるようになり、その幾何学構造の規則性やその物理的な側面がとらえやすくなりました。
また、実験では半導体量子井戸における特殊な選択測を利用することで、幾何学構造を持つ高次光子から電子スピンへのコヒーレント転写に成功しています。このような新たな電子スピンは高次元の量子空間上の量子状態と見なすことができ、より多くの量子情報の記憶・操作・通信に利用できる可能性を秘めています。
以上のような幾何学構造を持つ新たな光子と電子スピンに着目し、量子力学的な重ね合わせやエンタングルメントに関する研究を精力的進めています。そして高次元の量子空間上で繰り広げられる新しい量子技術を創成します。