研究内容に関する情報

研究室配属をお考えの学生の皆さんへ (20230404):

当グループでの研究テーマを一言で表せば物性理論です.物質の性質を理論的に説明しようと考え続ける日々を過ごすことになります.

その中でも,主に,電子系の電磁場による応答に関する理論研究に取り組んでいます.電磁応答とは電場・磁場を印加し,それに応じて生じる物質の変化です.その変化は,当然ながら,物質の基本的性質を反映しますし,何らかの機能を得ようとすれば,入力信号を求める出力信号に変換するという動作に読み替えて,物質の電磁応答で実現するということになります.

そういう意味で応用物理として貢献できると表向きには説明が求められる場合があるんですが,実際には,こんなことが理論的に予言できるんだとか,この有効模型で実験結果をほとんど説明できるんだ,などという驚きを得ることを夢見て,日々苦悩しているというのが現実です.

理論て何をするかというと,端的に言えば,計算です.本質的には理論模型を設定することが研究の肝で,その後の計算は誰がやっても同じはずなんで,そこにオリジナリティはないんですけど,現実には,厳密に計算する事ができるケースはまれなので,特殊能力がない限り近似が必要になり,どのような近似をするかという点にも選択肢があって,多種多様な研究があり得るということになります.

具体的な作業では,この北大応物の講義で言えば,応用数学の範囲で習得する内容で事足ります.問題に応じて,特化した技術の習得が必要なこともありますが,それは必要に応じて学べばいいです.また,数値計算なしに研究できるテーマは,まず,ないと思ってください.昔はFortranかC言語でのプログラミングが求められましたけど,今は,PythonやJuliaなど,様々な言語で実行可能な場合が多いです.と言うより,ご自身の使いやすい言語で計算すればいいです.

研究テーマは,研究として成り立つということは,誰も答えを知らない内容で,道なき道を突き進むことになりますが,そこに至るまでには,微分積分や線形代数という大学の一般教養レベルの知識ではありますけども,汎用性のある技術を習得することになります.その上で数値計算もできるというレベルになっていれば,あらゆる研究開発に立ち向かえる人材として認められるようになります.

狭い意味での物性理論研究に興味を持つ人だけでなく,理論的に問題を解決していくことに興味がある方をお待ちしています.

研究テーマの設定(20230404):

当グループの主な研究テーマを具体的にかつシンプルに言えば,電子系の輸送現象と光学応答の理論,です.具体的なテーマ設定で重要なのは,その問題を解決する意味があるか?ということです.少なくとも,結果が得られたときに自分自身が嬉しく思えなければ,トライしなくてもいいんじゃないでしょうか.

 ここでは,理論で得た結果が実験的に再現されることを目指すテーマが多いです.そんなの当然と思うかもしれませんけど,純粋に,理論模型の記述する世界を見るだけで満足するような研究は少なくありません.

実験的再現を目標としながら,自分たちで実験はしないんで,必然的に,実験してくれる人を見つけなければいけません.幸い,物理業界では実験グループのほうが多いですし,共同研究をしているグループからデータの解釈を求められることはよくあります.

物質の特徴をうまく抽出した有効モデルにより実験データが定性的にでも説明されれば,一つの研究成果です.定量的な評価を可能にするには,どのような効果を取り入れるべきかを考えれば,その物質の応答に対する制御可能性に近づくことになります.

さらに,得られた有効模型が,未踏の実験結果を予言できるようになり,他の実験グループでも広く解析に用いられるまでの域に到達すれば,その分野の伸展に大きく貢献したことになり,名を残す研究者となるでしょう.

もちろん,究極的には,第一原理的に実験結果を説明できるまでになればいいですが,そのためには,理論模型の精密な解析と,実験を説明するために最低限必要な情報のみを抽出した有効模型の構築の両面の研究が必要で,どちらが重要とか偉いなどということはできません.

以下に,この文章を書いている時点で,共同研究の可能性があるテーマについて説明します.

ペロブスカイト太陽電池材料の光学応答(20230403)

まず,ペロブスカイト太陽電池についてはAIによる説明を.Perplexityはここからリンクで.ChatGPTとBingはスクリーンコピー画像を下記に貼り付けましたので,ご確認ください.一般的説明としては十分です.

ただし,太陽電池に関する研究を私自身は行っていません.この物質系は光学材料としては私の学生時代から研究されています.太陽電池として使えることがわかってからは,爆発的に研究が広がり,作製技術が極められ,高純度で高度に制御された量子構造が実現されています.

共同研究先では様々な光学測定がなされ,最新の実験データに触れることができます.多くの問題が山積みの状態ですので,やる気と能力さえあれば,多くの論文が書けると思います.

いくつかの共同研究が論文として出版されてますし,学会発表も行ってますので,興味があれば,Google ScholarやResearchmapにてご確認ください.

グラフェン系の電気伝導(20230403)

グラフェンとは炭素原子の蜂の巣格子平面構造であり,黒鉛(グラファイト)からスコッチテープで剥がすことにより実現された系です.炭素原子1個分の厚さを持つ純粋な2次元系で,しかも,電気伝導に関与するフェルミ面近傍の電子がワイル方程式により記述される特異な電子構造を持っています.

私はカーボンナノチューブの実験的研究が盛んだったときにその理論研究を始めました.できることはやったという段階で,チューブを切り開いた2次元では何が起きるのかも考えるべきだということで,実現可能性は考えず,研究をはじめました.

色々と面白いことがわかったのですが,当時は,グラフェンという名前も一般的ではなく,論文を通すのに苦労しました.当時の論文のタイトルを見れば,その状況を理解できると思います.

それから5年ほど経過して,グラフェンの電子輸送や光学応答が実験的に観測可能になり,あっというまに世界中で研究がスタートしました.それまで研究室の教授と2人でほそぼそと研究していたのが,あるとき教授が海外の研究室に招聘され,我々の研究について説明することになりました.

これは磁気抵抗ぐらいは早く計算した方がいいと,慌てて計算をして結果が得たところで,その研究グループからもう論文を投稿すると連絡があり,独立に計算していたものの,別に論文を投稿するのではプライオリティを主張するのは難しいと,共著にしてもらいました.それが,私の研究で一番被引用回数が多い論文です.

その後はこれを超える研究をするのが目標でしたが,もう無理な気がします.あのときは苦しんだのは確かですけど,今考えれば,運が良かったと言わざるを得ません.

そんなこんなで,基本的なことはやり尽くされた感があり,もう自分にできることはないと,しばらく,この分野からは離れていました.

ところが,ごく最近,20年以上会っていなかった研究者仲間から連絡があり,私の理論を解析に使える実験をしているので研究を手伝ってくれないかと相談がありました.

話を聞いてみると,確かに,私の持てる知識の範囲内で,理論的貢献ができそうに思えたので,学生さんの研究テーマにもなり得るのでは?と期待しています.

基底状態と励起状態(20230404)

物性理論研究の分類として,基底状態に興味があるか,あるいは,励起状態に注目するか,という見方があります.荷電粒子間にはクーロン相互作用が働きますので,物質における電子系の持つ性質はアボガドロ数程度の自由度を持つ相互作用する多体系の振る舞いから導出されることになります.量子系なら固有状態を求めるわけですが,厳密に解くことは現状では不可能ですし,私が生きているうちにはできるようにならないと思います.

電荷を持っていても相互作用を考えなければ金属であり,半導体や絶縁体にはならず,まして,超伝導なんて起きません.磁気モーメントを持っていても相互作用がなければ常磁性体であり,磁石にはなりません.

このように,ある物質に着目して,相互作用の効果により自由粒子では生じ得ない非自明な状態が存在するかを考えるのが基底状態に着目する研究と言えるでしょう.もう少し専門的に言えば,温度や相互作用パラメータに対する相図を決定すると表現できます.

ここまでの話の流れだと,基底状態もわからないのに,励起状態はどうするの?と思うかもしれません.それはその通りなんですけど,例えば,金属の両端に電位差をつければ,電位に比例し抵抗に反比例するというのがオームの法則です.電場を印加することになるんで,電子が力を受けて運動し,必然的に,基底状態からエネルギー励起され,電気伝導現象の記述には励起状態の情報が必要になります.

電気伝導を担う電子の間にはクーロン相互作用が働くんで,それを考慮した固有状態を解かないとオームの法則を導出できないのかというと,そんなことはありません.ドルーデの理論は荷電自由粒子が電場による加速を受け,運動量緩和を生じる摩擦力を受ける,というこれだけの要素だけで,定常電流に対するオームの法則を記述可能にします.

相互作用の情報はどこに反映されるかというと,まずは,摩擦係数,あるいは,運動量緩和時間が物質内の相互作用に起因していて,そこに物質固有の微視的性質が繰り込まれています.また,物質内で電子が感じる電場は遮蔽効果により物質がない場合とは異なっており,それもまた相互作用効果です.

電子だけでなく原子核の存在も考慮する必要があるし,結晶の周期ポテンシャルとの相互作用は電気抵抗を生じないというのは,固体物理で学ぶ重要な帰結です.

電気伝導測定を行えば運動量緩和時間が得られ,実験的には,その値を知れば一定の範囲の電流電圧特性を決定できます.その特性を変化させようとすれば,その値の微視的性質を考えればいいわけで,どのような相互作用が効いているかが明らかになれば.その値が望む方向に変化するよう物質系を制御すればよく,そこで理論による解析が求められることになります.

基底状態と励起状態,どちらに興味の重心があるとしても,相互作用効果を明らかにするという点は共通です.

この分類の観点からは,我々は励起状態を主に対象としていると言えます.電気伝導については少し説明したので,光学応答について解説しましょう.

まず,半導体の電子状態を考えましょう.周期ポテンシャル効果により生じた電子のエネルギーバンドに対し,絶対零度において,電子を低エネルギー状態から占有させていき,最後の電子を占有させたとき,そのエネルギーバンドの状態がすべて占有されていて,そのバンドを価電子帯と呼びます.更に電子を一つ付け加えるときはエネルギーギャップを超えて次のバンドにしか入れられず,そのバンドが伝導帯です.

半導体に光を入射すると,光子を吸収しエネルギーを獲得して価電子帯にある電子が伝導帯に励起されます.これが半導体バンド間遷移光吸収の素過程です.電場強度に比例する線形吸収は,この遷移に関わる状態の数を表す状態密度と,電場と相互作用する電子の双極子モーメントにより表されます.つまり,マクロな光学応答はミクロな電子の情報を反映しています.

さらに,全状態が占有されたバンドから1電子が取り除かれた状態は,原子核を考慮した系全体の中性条件を考慮すれば,正の電荷を持った粒子と(擬似的に)みなすことができて正孔と呼びます.電子と正孔は異符号の電荷を持ちますので,水素原子と同様の,束縛状態を形成し,励起子というあらたな素励起が出現します.

相互作用効果を正しく評価し物質の基底状態を決めることはまず初めにやるべきことでしょう.しかし,何らかの機能を実現しようとしたら,情報の入力・処理・読み出しの手順を経る必要があり,また基底状態を決めるための物性の基本定数を知るためにも,物性測定が不可欠です.

励起状態の研究にどう取り組むかは,問題に応じた方法論があり,それでは不十分であれば,自ら開発することになるでしょう.興味を持たれた方は,ぜひ,当研究室に.

卒業論文・修士論文のタイトル(20230404)