QCD Phase Diagram



クォークやハドロン物質の相構造

クォークは通常状態では単独で観測することはできません。クォークはハドロンの中に閉じ込められており、「カイラル対称性の自発的破れ」が起こっています。しかし、ビッグバン直後の宇宙初期の高温度状態では、クォーク・グルーオン・プラズマが実現されており、カイラル対称性が回復していたと考えられています。 また、中性子星等のコンパクト天体内部の高密度状態ではハドロンとは異なるクォーク物質が形成され、クォーク2個がペアを組む「カラー超伝導相」が実現されている可能性があります。左の図は、横軸を密度、縦軸を温度としたときの、 原子核物質の相図を表しています。水が温度や圧力の変化によって、固体、液体、気体など様々な形態(相)を取る様に、原子核や 陽子、中性子などの物質相も、高温度・高密度領域ではクォーク・グルーオン・プラズマが、低温・超高密度領域ではカラー超伝導相などが実現されていると考えられています。まさに、「固体、液体、気体」の3大要素が、QCDの世界では「ハドロンガス、クォークグルーオンプラズマ、カラー超電導相」に対応します。



最近の理論計算によれば、高密度側の相構造は想像以上に複雑であることも示唆されています。臨界点があり、それより高密度側ではカイラル相転移と閉じ込め相転移が分かれ、その間にクォーキョニック相(カイラル対称性は回復しているが閉じ込めは破れている)と呼ばれる新規相があるかもしれません。高密度側の理論計算は非常に難しく、まだまだ予言能力が小さいので、実験側が重要な指針を与えることになります。(左の図の出典:大西明氏)




さらに、この2次元のQCD相図を3次元とかに拡張しても面白いかもしれません。高エネルギー重イオン衝突は衝突直後に非常に大きな磁場ができます。QCD相図を温度+密度+磁場の関数で見ても面白いかもしれません。非常に大きな磁場があると、真空中におけるカイラル凝縮量が変化したり、相転移温度が変化する予想もあります。(左の図の出典)



このようにクォーク・グルーオン・プラズマを理解することは、QCDの物質相を解明する上でも非常に重要となります。

相図と相転移現象(臨界現象)の解明は、物性研究の醍醐味です。

衝突エネルギーとQCD相構造研究

高エネルギー重イオン衝突で生成されるハドロンの収量比から、ハドロン生成時の温度や化学ポテンシャルを推測することができます。例えば、陽子と反陽子の比は、近似的には、exp(-2μ/T)と書くことができます。(μがバリオン化学ポテンシャル、Tが化学凍結温度)

右図は、様々な実験で決定された、化学凍結温度とバリオン化学ポテンシャルです。LHC(5 TeV)やRHIC (200 GeV)の最高エネルギーでは、μ〜0であって、極初期宇宙に対応します(陽子数と反陽子数、クォークと反クォーク数は同じ)。それに対して、SPS(20GeV)やAGS(5GeV)のエネルギーでは、化学ポテンシャルが大きい状態が実現されています。高密度のバリオン物質ができていることになります。これは、例えば、中性子星の内部などの高密度状態に対応します。

このように衝突エネルギーを変えることで、QCDの相構造研究に挑むことができます。