経営者や管理職・重要ポジションの後継者(サクセサー)や次世代リーダーを計画的・組織的に育成する制度が「サクセションプランニング」です。このサクセションプランニングの効果は後継者の確保だけではありません。組織で人材を育成する、皆が(自分よりも)優秀な人材を育てるという組織能力の構築/育成文化の醸成に繋がります。後継者/次世代リーダーの候補となりうる人材を、皆で発掘・選定し、皆で育成するためです(選定・育成の会議では人の部下でも遠慮なく口を出します)。以下では、サクセションプランニングの構築や運用の方法について解説します。
2020.5.27
サクセションプランニング(SP: Succession Planning)制度とは、経営層他の後継者候補を組織的・計画的に「選定」「育成」「プール」する仕組みです。この後継者プールを"リーダーシップパイプライン"と呼ぶこともありますが、サクセションプランニング制度はパイプラインの充実が目的となります。製品・サービスの開発が仕組み化されているように、人材(後継者候補)の開発も企業として仕組み化をしようというものです。
尚、選定・育成・プールする後継者候補の対象は、企業によって様々ですが、直接、経営者の後継者だけでなく役員や管理職まで広げるケースもあります。全ての役員・管理職ポジションの場合もあれば、キーポジション(経営の競争優位に源泉となる重要なポジション)に絞って対象とする場合もあります。管理職には自身の後継者候補の選定・育成が1つの評価項目となっている企業もあります。
サクセションプランニングの直接の目的は後継者候補プール(リーダーシップパイプライン)の充実にありますが、その導入効果はそれだけでなく「育成文化」が醸成されることが挙げられます。
特に「後継者」の対象を広く管理職まで広げている場合、「自分の後継者は自分で育てる」という文化が全社的に根付いているケースもあります。通常、部下の育成と言うと「不足している能力をどう強化するか」とマイナスをゼロにする育成に視点が行きがちですが、サクセションプランニングの場合は、自分の後継者候補として、(場合によっては自分よりも)優秀な人材/ポテンシャルのある人材を育てるという、プラスをさらにプラスにする育成が求められます。この「プラスをさらにプラスにする」育成文化は、企業の競争力向上のために極めて貴重な文化となるでしょう。
尚、「マイナスをゼロにする育成」と「プラスをプラスにする育成」との主な違いは下記と考えています。
マイナスをゼロにする育成は、足りないスキル・意識を「教える」
プラスをプラスにする育成は、更に伸びるための環境を「与える」
自分よりも優秀な部下を育てる場合、たとえ上司から「教える」ことができるスキルが限られていても、本人にとって挑戦的な仕事・ロールモデル・未知の世界の体験といった成長環境を用意して「与える」ことは上司ができることです。
サクセションプランニングの構築・導入に当たっては、次の4つの視点で方針を定めておきます。
後継者候補の対象範囲(どのポジションの後継者をプールするのか)
後継者候補の選定方法(誰の責任でどのように選ぶのか)
後継者候補の育成方法(どのような考えで誰が育成するのか)
後継者候補プールの見直し方法(候補者をどのように入替えるか)
参考までに、3.育成方法に関連して「リーダーの育て方を知っている会社の特徴(Ram Charan 2009)」を記しました。
リーダー育成が、現リーダーの重要な仕事として位置付けられている。
育成したリーダーには、相応の報酬と評価が与えられている。
リーダー候補の上司は、その候補が最も向上を必要とする資質について、定期的にコーチングする。
リーダーが何を達成したかではなく、どのような状況で達成したかを、年1回以上は評価する。
個々の若手リーダー候補がどのように成長し、次にどのような職務が与えられるべきかについて、複数の上級リーダーが意見交換している。
有望なリーダー候補には、前ポストよりはるかに難しく、場合によっては本人の専門能力から外れた任務を与えられている。
育成中のリーダー候補には、ポストの空きを待つことなく、本人がその域に達し次第/達する見込みが立った時点で新たな職務を与えている。
リーダー資質の評価内容は的確で、バランスがとれ、網羅されている。年次の評価とは別に行なっている。
ビジネスプロセスと同時に、リーダー育成プロセスも一貫しており厳密である。
人事部はあらゆるレベルのリーダーに対して、リーダーを育て後継者計画を立てるよう推進・支援している。
そして、有望なリーダー候補の上司には、育成に役立つ情報・機会を提供している。
サクセションプランニングは下にある5つのモジュールから構成されます。
リーダーシップ基準の定義
後継者候補の選定方法の設計
候補者用の育成計画(IDP*)の設計 *Individual Development Plan
リーダー育成プログラム体系の構築
育成状況モニタリング方法の構築
「1.リーダーシップ基準の定義」は、自社のリーダーに求める要件=後継者候補の選定基準(の1つ)となります。ビジネスプランニングや戦略策定に関する能力、組織・チームマネジメントに関する能力、自身の価値観・意識といった切り口があります。
「2.後継者候補の選定方法の設計」は、誰がどのような方法で選定するかを決めていきます。欧米のグローバル企業では、関係者による会議で選定と育成方法の検討を行なっている所が多いと思われます。
「3.候補者用の育成計画(IDP)の設計」は選定した候補者個別の育成計画の作成方法を設計します。育成計画には、候補者の強み・課題や最適な育成方法(アサインメント/メンタリング/トレーニング等)・スケジュール等が記されます。
「4.リーダー育成プログラム体系の構築」の留意点は、後継者候補が「学ぶ」場であると同時に自身の後継者としての能力・適性を「実証する」場にすることです。研修等のインプットだけでなく、タフアサインメント等アウトプット(実践)の機会もバランス良くデザインしましょう。
「5.育成状況モニタリング方法の構築」は、例えば毎月短時間、関係者(役員・事業部長クラス)で候補者の育成状況を確認している企業もあります。
サクセションプランニング制度は単独では十分に機能しません。様々な人事制度・施策と連携し、人材マネジメント/タレントマネジメントに組み込まれることで機能します。この点が「次世代リーダー教育プログラム」との大きな違いと言えるでしょう。連携べき人事制度・施策には下記例があります。人事部門内では、それぞれの制度・施策担当者との間で「サクセションプランニング制度」の共通理解を促進すると共に、人事全体で一貫した運用になるために、選定された候補者の情報・状況共有も行なっていく必要があります。
採用
昇進・昇格
キャリア開発
人材育成
異動・配置
ダイバーシティ
退職/リテンション
報酬
労務/コンプライアンス
人事IT(タレントマネジメントシステム等)
特にキャリア開発支援制度との連携は非常に重要です。会社側がその能力・経験の面で後継者候補を選定しても、候補者本人に"その気"が無ければ育成は決して上手くいきません。実際、私自身が参加した候補者選定の会議では、候補として名前の挙がった社員のキャリア志向(登録されたキャリアプラン)を必ずその場で確認していました。
本人に、将来、リーダーとしてのキャリア志向が無い場合、候補者として選定するか否かは1つの論点ですが、少なくともその上司は本人とキャリアについて話し合うことが求められます。将来のリーダーとしての期待ややりがいを伝えたり、良きメンターやロールモデルを用意する等、本人が期待を感じ改めて自身のキャリア志向を考える機会を持てるようにします。
女性リーダーや女性管理職の重点育成の観点でダイバーシティとの連携も近年は重要となっています。全社の候補者の中から女性候補者のみをリストアップしてキャリアを考えたり成長機会を提供する企業も少なくないと思われます。
報酬については、候補者に選定されたという理由だけで報酬を上げることは必ずしも現実的ではないかもしれませんが、例えばストックオプション付与の条件の1つに「サクションプランで後継者リストに入っていること」を設定しているグローバル企業もあります。