人事(HR)部門のビジネスパートナー化のために前線にHRBP(HRビジネスパートナー)を配置する企業が増えています。人事変革(HRトランスフォーメーション)においてもHRBPは重要な役割として注文されています。この「HRBP」は、欧米企業では当たり前となっていますが、具体的にどのような役割・業務内容なのか、どのようなスキルが必要なのか、またHRBPを活かすための人事組織はどのような形なのか等について 、以下では欧米企業での事例に基づいて具体的に紹介・解説します。
HRBPの役割を担う人事担当者は、1つ又は複数の部門(事業部等)を担当として持ち、担当部門のビジネスに人事の立場として参画します。ある事業部の事業部長の下にある"経営チーム"の一員となるイメージです(人事以外では同事業部を担当する企画・ファイナンス・法務・広報等のスタッフが参加)。尚、HRBPの具体的かつリアルな仕事は3.で述べます。
担当する部門の規模や数の基準は会社によって異なりますが、社員数で200-300人から1,000人、または管理職数で30-40人から100人の組織規模で1人のHRBPが配置されます。
担当部門の経営チームの一員のため、担当部門の"経営会議"にメンバー(オブザーバーやゲストではない)として参加します。事業部担当の場合は、事業部長出席の定例戦略会議/ 個別会議から、その下の統括部や部の会議(例:営業組織では営業部長会議など)にも必須メンバーとして参加します。あくまで自身の体感ですが、人事の会議よりも事業部内の各種会議への出席の方が圧倒的に多かったと思います。
担当部門から見ると、自部門を担当するHRBPはその部門にとっての「人事部長」という見方になります。HRBPは管理職だけでなく一般社員が担うこともありますが、職位やもちろん年齢に関係なく、自分の担当部門のことは自分が責任を持って支援・対応するという意識を強く持っています。もちろん職位による権限の制限があるため一般社員やマネジャーのHRBPが「人事部長」として行動できる訳ではありませんが、HRBPが自分で動いて/人を動かして"何とかする"という意識は強いと思います。1つの例ですが、またHRBPの体制構造にもよりますが、上司もHRBPで自分とは別の部門を担当している場合、何かあって相談しても動いてくれないこともあります(上司も担当以外の部門のことは分からないため)。
担当部門の会議(戦略会議・営業会議等)に"経営チーム"の一員(オブザーバーやゲストではない)として参加すると、人事の立場からの提案または問題提起が求められます。これは「労働の法律や社内規程・人事制度が変わります」といった人事報告だけでは不十分です。人材・組織 に関する課題・リスクを分析し問題提起したり、その解決策を提案しディスカッションをしかけます。 これができるようするためには、タレントマネジメント/人材マネジメント/人事戦略・実行/組織開発(OD)・組織変革のフレームワークを持ち、データの活用(TMS/LMS活用等)や現場での日常的な情報収集することが不可欠となります。HRBPに必要なスキルについては4.で整理します。
尚、管理職と一般社員のHRBPの役割・責任の違いは、担当する部門の規模や難易度になります。また上司HRBPが事業部長や統括部長レベルを担当し、直属部下HRBP(例:若手)がその下の一部の部を担当するという体制もあります(この場合は上司も部下のサポートを行えます)。HRBPの体制については改めて5.で紹介します。
HRBPを導入する利点は、1人(またはチーム)のHRBPが担当部門の人事全体をオーナーシップを持って、一貫して見る/対応できる点にあります。採用だけ、育成だけ、配置だけ見るといった機能毎の分担ではないため、その部門のタレントマネジメント/人材マネジメント/人事戦略・実行/組織開発(OD)・組織変革を、部門リーダーやマネジャーと共に一貫性・統合性を担保して構築・実行ができます。
人事に関する窓口がHRBPに一本化されることは、担当部門のリーダー・管理職(や社員)から見ても相談相手が誰なのか 分かりやすくなります。HRBPの長時間労働が常態化するリスクもあります。極端に言えば、担当部門からの人事に関する相談や、担当部門で起きた人事に関する問題は全て一旦、HRBPが引受けます。引受けた上で、必要に応じて本社の各機能(採用・育成・労務・報酬・福利厚生・・他)に相談をします。
本社の各機能人事担当にとっても、現場の窓口対応は各HRBPは担うため 自身達は現場コミュニケーション(クレーム対応含む)に割いていた時間を、専門性向上や提案・変革等の高付加価値業務に振り向けられるようになります。
反対にHRBP導入の注意点もあります。HRBPは「自分の担当部門のため」という意識が強くなりがちになり、HRBP同士の横の繋がり/情報共有が弱くなったり、本社人事の全社共通方針と担当部門のニーズが合わない場合にコンフリクトを起こす場合もあります。ともすればHRBPが担当部門側に立ってしまい"突っ走って"しまう恐れもあります。突っ走るまでいかなくとも、ある部門ではルールを変えたのに、他の部門担当HRBPには共有されておらず社員からの"不公平だ"という指摘で初めて知る、ということもあります。HRBP同士の連携や本社人事-HRBP間のコミュニケーションを意識的・意図的・仕組み的に密になるよう整備する必要があります。
また、上の利点で「HRBPが窓口となる」と書きましたが、その部門からのあらゆる細かい人事ルール・制度・規程に関する問合せがHRBPに集中するため、本来の役割であるビジネス参画・貢献が時間(や気力・体力)を割けなくなりリスクもあります。ここは恐らくどのHRBPにも共通する課題であり、問合せはシェアードサービスで窓口を作ってHRBPを通さずに直接対応したり、HRBPを戦略的な業務(部門トップ/リーダーのパートナー)と問合せ的な業務担当(ミドルマネジャーのパートナー)に分けるなど工夫がされています。AIでの問合せ対応も可能になってくるでしょう。
HRBP自身が、ビジネス参画・貢献のイメージを持てていないと、またはタレントマネジメント/人材マネジメント/人事戦略・実行/組織開発(OD)・組織変革等のフレームワークを持てていないと、部門リーダーやマネジャーにひたすら"御用聞き"として"使われて"しまったり、反対に人事制度・ルールを"振りかざして"厳しく"取締る"だけになってしまうリスクもあります。HRBPとしてのスキルやバランス感覚、意識を養うための継続的な教育やキャリアパスも必要となるでしょう。
HRBPにとって、担当部門の人材・組織を詳細に把握し課題分析や解決提案・実行をするために、特に今の時代は人事データの活用が不可欠となります。人事システムからのデータ抽出を容易にしたり、TMS/LMSなどのツールも整備する必要があります。
「リアル」なHRBPの業務は、戦略的な業務だけでなく(理想はこの領域への集中ですが)、日々の問合せ対応や評価の回収管理、労務対応・健康管理等、多岐に渡ります。ここでは次の3つの階層に分けて整理します。HRBPが可能な限り戦略的な業務に集中できるよう取り組んでいる企業もありますが、ここでは広くHRBPの業務を洗い出していきたいと思います。
担当部門ビジネスへの参画・貢献 [部門トップ/リーダーのパートナー]
各チーム(部・課)運営の支援 [ミドルマネジャーのパートナー]
人事制度・プロセスの運営
繰返しになりますが、上記のどこまでをHRBPの役割・責任とするかは会社によって異なります。
「1.担当部門ビジネスへの参画・貢献」については、例えば下記のような業務があります。
事業戦略立案・事業計画策定への参画
事業戦略・事業計画の個別人事/組織課題への対応
組織ビジョンの策定
組織の設計・組織変更の実行
キーポジションや管理職ポジションの定義
キーポジションや管理職の異動/配置・採用/オンボーディング・リテンション・育成・キャリア開発
サクセションプランの策定・モニタリング
社員エンゲージメントの向上
組織文化のモニタリング・醸成
リスクマネジメント・クライシスマネジメント
その他(事業統廃合・キックオフイベント企画・本社経営施策の展開支援など)
「2.各チーム(部・課)運営の支援」については、例えば下記のような業務があります。
部・課の組織目標・計画・ビジョンの策定支援
計画実行上の個別人事/組織課題への対応
チームビルディング支援
社員の異動/配置・休職/復職・採用/オンボーディング・リテンション・育成・キャリア開発
パフォーマンスマネジメント
労務対応・健康管理支援
管理職や社員からの個別問合せ対応
同様に、「3.人事制度・プロセスの運営」については、例えば下記のような業務領域があります。
人事評価・昇格昇進・報酬・研修・退職
労務・福利厚生・健康管理
担当部門個別の人事制度・規程
その他(本社人事施策の展開・本社人事への報告など)
HRBPに必要なスキルは、すなわち上記3.に必要なスキルとなりますが、その領域は大別すると下記になります。
経営(経営管理・戦略・営業・マーケティング・生産管理・研究/技術開発・商品開発等)
戦略・マネジメント(人事戦略・タレントマネジメント・人材マネジメント・リスクマネジメント等)
組織(組織設計・組織開発・組織変革・組織マネジメント・チームビルディング等)
市場(労働市場の動向)
制度・ルール(人事制度・ルール)
プロセス(採用から退職・労務・福利厚生・健康管理等の個別手続き)
手法(採用/オンボーディング・異動/配置・育成・キャリア開発・リテンション・労務管理等の個別手法)
人間(心理学・行動経済学等の人間理解)
法律(労働関連法・企業経営に関連する法)
パートナー(人材紹介会社・アウトソーシング等の外部サービス)
テクノロジー(HRTech/EdTech・その他テクノロジー/ツール)
ビジネススキル(コミュニケーション・思考力・セルフブランディング等)
マインド(プロフェッショナルマインド・ビジネスマインド・人事マインド等)
HRBPを活かす人事組織の視点として、次の2点について紹介します。
HRBPの配置
人事全体の組織設計
まず、HRBPをどのように配置するかについてですが、担当部門規模の大小で区分すると下記例になります。1つの企業に大小の事業部が混在する場合は、下記2つが混ざった形態になります。
規模の大きい事業部:複数人のHRBPが分担して担当、同じ事業部担当HRBPの中で人事部長・マネジャー・社員を配置する場合あり(人事部長が事業部長のパートナーとなり、以下職位に応じて分担)
規模の小さい事業部:少数または1人のHRBPが担当、当該HRBPの上司は別の事業部担当HRBPであったり、本社人事の管理職となる場合あり
次に人事全体の組織設計ですが、基本は全社共通の機能を本社人事側に持たせて、人事全体の効率化を図ることになります。本社人事側の機能としては下記があります。
人事企画・組織企画(配置含む)
新卒一括採用・中途採用
報酬
退職
労務
福利厚生・健康管理
全社共通研修・育成
ダイバーシティ
人事IT 等
但し、本社人事とHRBPの担当範囲の線引きは企業によって異なり、検討が必要になります。HRBP側により多く持たせれば、担当部門のビジネスに合わせて迅速・柔軟な対応が可能 になる反面、HRBPの過負荷や”突っ走り"の恐れも増えます。本社側により多く持たせれば、共通業務の切出しによる効率化や、HRBPの統制を強めることができますが、本来の目的である各部門ビジネスへの貢献には制約が出てきてしまう可能性もあります。
本社人事の担当者もそれぞれ担当部門制として、HRBPと連携して進めることもあります。例えば中途採用を例にあげると、面接設定・オファーの手続きや募集・人材紹介会社コミュニケーション等は本社採用担当(当該部門担当)が行ない、求人条件設定・面接官・オファー条件設定などはHRBPが行うという分担で、実際には両者で密に連携しながら"チーム"として進めるといったイメージです。