三石小
学区・学校の概要
学区三石は岡山県の南東部に位置し、総合学習の宝庫。下剋上の風潮の強い頃、城山の城主浦上氏は岡山、津山、赤穂に睨みをきかせ、江戸時代には参勤交代の宿場町として栄え、明治5年、学制発布の頃には、筆記用具としてのろう石の生産で潤い、その後高度成長期に向かい始めた初期の頃、三石の耐火煉瓦は全国の7割をも生産し、日本の工業の進展を支えていました。 現在では、耐火煉瓦工場も海運の便利な場所へ移動し、栄えた時代の盛況さはありませんが、住民の文化、スポーツ等への関心は高く、学校教育に対しても協力的です。
三石小学校では、「特色ある学校づくり」の取組を通して、児童の「豊かな心」「確かな学力」「健康・体力」の育成を図っています。特に、地域の人材や施設等が豊富なよさを生かし、地域の教育力を積極的に活用して、三石の自然・文化・産業・歴史・人々の生き方などを学びます。そして、児童ボランティア活動などを年間を通して継続的に実践し、地域と学校が双方向に動く「開かれた学校づくり」に取り組んでいます。
児童が地域に誇りをもち、そのよさを引き継ごうとする心や故郷を愛し地域の一員としての自覚を高めることをめざしています。
沿革
学校沿革誌より 大きな出来事と、楽しい記事を抜き出してみました。
天保3年 ~慶応2年 野谷村に寺子屋として開校する。 生徒25名
嘉永元年 三石村に寺子屋として開校する。 生徒35名
明治5年 旧問屋場に第2番学区84番小学校と称して開校する。 児童数63名
明治7年 三石小学校と改称する。 児童数72名
明治20年 尋常三石小学校と改称する。 児童数212人
明治32年 三石尋常高等小学校となり,新築に着手する。(現在の場所) 児童数283名8月28日
大暴風が襲来し,棟上げの終わった校舎が全壊する。
当時の教科書
明治33年 5月8日 校舎新築落成式を行う。 318名
明治35年 8月10日 増築工事の校舎の壁板塗装のため,児童が生柿を持ち寄り,渋作りをする。
明治38年 11月11日 バッドとボールの寄贈を受け,ベースボールを始める。
昭和12年 講堂完成 五石の山で兎狩りをするが,獲物はケガをした兎一匹のみ。
昭和15年 食糧不足を補うために児童がどんぐり拾いをする。
奈良・京都で開かれた剣道全国大会で優勝。三石駅から学校まで優勝旗を持ってパレードのようになった。
昭和16年 三石国民学校と改称する。
昭和22年 三石町立三石小学校と改称する。
粉乳によるミルク給食を開始する。
昭和27年 創立80周年記念式典を行う。
当時の運動会
昭和29年 パン、ミルク、おかずによる完全給食が開始する。(月額1人200円前後)
昭和33年 中学校と共有の新設プールが完成する。
昭和37年 11月3日 健康優良校として県表彰を受ける。
修学旅行
昭和39年 新1年生より教科書が無償で給付される。
昭和41年 文部省指定の道徳教育研究発表会を行う。
当時の学級活動の様子
昭和46年 視聴覚教育研究発表会を行う。
オリンピック選手を招いて
(君原選手)
昭和47年 創立100周年記念式典を行う。
平成元年 校舎を新改築する。
平成8年 体育館を新設する。
平成24年 三石小学校校舎耐震補強工事
平成25年 三石小学校南棟解体撤去工事
ICT機器を使った授業風景
各教室に50インチ大型モニター、パソコン、実物投影機等のICT機器が導入される。各教科のデジタル教科書も導入される。
平成30年 4月19日小中一貫校三石学園開校式を行う。
平成31年 優れた「早寝早起き朝ごはん」運動の推進にかかる文部科学大臣表彰を受ける。
令和3年 6年生桃太郎賞受賞
令和4年 12月5日備前市立三石小学校創立150周年記念式典
校歌
校歌
作詞/日笠 勝己 作曲/奥山 勝太郎
1
船坂山に 光映え
響くこだまは 産業の
栄えて文化の 花開く
明るい 三石小学校
若い希望に 燃えて立つ 2
城山仰ぐ 厳しさを
日々に鍛えて 学園の
誇りも高く 風薫る
伸びゆく 三石小学校
若い力の 湧きあがる 3
深谷の流れ 音立てて
はるかな果てを 洋々の
あすの世紀に 夢かける
輝く 三石小学校
若い未来に はばたこう