バスレフ・スピーカーの等価回路
■村岡如竹
■村岡如竹
バスレフ・スピーカーの解析
収束法の組み合わせによる推定パラメータの最適化
■従来の「教科書的」な等価回路の困った問題
バスレフ・スピーカーのキャビネット構造は「ヘルムホルツ共鳴」、「パスカルの原理」及び、それらを理論的に包み込む「ニュートン力学」で表すことができる。「ニュートン力学」は、微分積分の世界なので、当然ながら等価回路で置き換えることができる。
バスレフ・スピーカーの等価回路といえば、教科書的には下図に示すような「駆動力」を電圧源として表すのが一般的であり、技術雑誌でもスピーカーの題材となると、このような等価回路に準じてしまっている。
しかし、計算そのものが主たる目的であるならば、この「教科書的」な等価回路は不適切である。インピーダンスや振動版の速度などの周波数特性を計算で求める場合、連立のノード(節点)方程式を組む必要がある。そこでは、キルヒホッフ(Kirchhoffsches)の「ノードに集まるすべての電流の和はゼロである(第一法則)」という初歩的な法則(概念)が支配していることを思い出して欲しい。
特に各ノードが、直接、電流値であったり、振動板の速度値であったりして欲しい場合の便利な等価回路を組むことが事象の解析の過程において最も重要なことである。
ところが、上の図の従来の等価回路では振動板の速度となるのは速度流Vdであり、直接のノードではない。振動板の速度を求めるにはRd端子間のノード6と7の間の差をRdで割り算するかたちで、速度が得られるというまどろっこしいことになる。
■キルヒホッフの法則を基本にしよう
ここでキルヒホッフの法則にもう一度、基づいてみよう。ノードに集まる電流、或いは「流れ」の和に対しての等価回路を想定してみる。つまり、ノードそのものが目的の求めるべき値として導かれる等価回路を構築するのだ。
現実的にも最善の等価回路を構築するに当たって、以下の思考基準を提案しよう。
電気回路の従来の教科書の概念は一般に下の式のように、電圧(V)=インピーダンス(Z) × 電流(Ⅰ)であろう。
しかし、ここで、頭を切り替えて欲しい。電流(Ⅰ)=アドミタンス(Y)× 電圧(Ⅴ)であることを。単なる辺の入れ替えではない。効率よく計算による解析を実行するための思考の転換でもある。
■欲しいものはテーブルの上にすべて並べよう
”All options are on the table.”(すべての選択肢がテーブルの上にある)、どこかの大統領の言葉をまねたわけではない。自らが求めたい特性の箇所をすべて並べた等価回路を構築しようという奨めである。
下の図は、各素子を流れる電流をアドミタンス(Y)× 電圧(Ⅴ)で表し、その和がゼロであることの「キルヒホッフの法則(第一法則)」を基本とした等価回路の構成である。各素子を流れる電流を主体に描く為、従来の電圧源ではなく電流源を駆動源にしてある。
これは電流主体でのバスレフ・スピーカーの等価回路を各ノードが直接、入力電圧(Vsp)、入力電流(Visp)、振動板の速度(Vvs)、キャビネット内圧力(Vfc)、キャビネット内総合体積の変化速度(Vvc)、ポートの開口面速度(Vp)を表す形で描き、ノードそのものをターゲットとなる項目の値となるようにしたものでもある。
つまり、計算のターゲットとなるものは、等価回路内の「ノード」としてのテーブルの上にすべて並べよう。
キルヒホッフの法則を基本におく前提では、このように電流が主軸であることへの「思考の転換」が必要であり、ノード方程式の導入への入り口でもある。
各素子を以下の表に説明する。尚、このスピーカの振動板は角型12㎝(実質的な振動板部92mm角)、振動板部の質量(ダンパーの一部も含む)は11.88gである(付加質量方式で求めた値)。
上述の等価回路は35年以上前に筆者がMFB(Motional feed-back)システムの商品化に向けて考案したものである。この等価回路の中で、”Electrical system”(電気系)としてのVispは電圧ではなくボイス・コイルの電流を表している。電流Vispによって振動板の駆動力源をGem・Vispとする。これは、ボイス・コイルの電流をノードとして表現し、直接それを求める場合にも対応させるための処置である。
ここで、以下に少し詳しく説明してみよう。
下の図の左側に示すように電圧源Vspを起動源とする回路は同図の右側に示す電流源Gte・Vsp(Gte=1.0)に変換できる。しかし、この電流源Gte・Vspは「電流源」ではない。Vispの値に左右されないれっきとした電圧源(流)なのだ。
この回路の中でVispは左側の図の電流Ispとまったく等価であり、コンダクタンスGreの値はRreの値の逆数ではなく、Rreの値そのものである。キャパシタCleも左側の図のインダクタLeと同じ値であり単位もファラッドではなくインダクタのヘンリーと考えてもかまわない。
左側の図の振動板の速度から反映される電圧源Vvsの極性に対して右側の図の電流源Gme・Vvsの極性は反対である。これは、左側の図の電圧源Vvsが増加すると電流Ispが減じるという理屈に照合させているためである。
ターゲットの値を浮き彫りにするという重要な目的の前では、等価回路の構成はフレキシブルでなくてはならず、同じ電気系の中でもこのように”電流”と”電圧”という概念をも逆さまに、つまり、自由に操作できるということをこのモデルをとおして示したい。
■複素マトリックスの計算のスピードアップ化
等価回路は複素マトリックスの計算で解を求めることになる。新しく提示した等価回路の特徴は一見、素子数が多くみられるかもしれない。しかし、実はノード数は6個(6行7列のマトリックス)であり、先の「教科書的」等価回路が9個(9行10列のマトリックス)のノード数であることに対し、少ないノード数である。計算の規模はマトリックス内の要素数(ただし、最右列を除く正方マトリックスの範囲)に比例するので、新しく提案する等価回路の方が1/2.25と圧倒的に少ない。
一般に等価回路は連立微分方程式に展開されるのだが、これら微分積分を代数幾何の平面上に座標変換した上で計算する。そのため、上記の等価回路のように個々の素子がラプラス演算子sの関数で表され、ラプラス平面座標での複素マトリックスとして計算される。つまり、マトリックスの計算のスピードはノード数の少なさに依存するので、新しく提案した等価回路は計算上の規模が小さくなるという大きな利点がある。
下に示すマトリクス(各要素は複素数)は上記のバスレフ・スピーカーの等価回路を基に入力インピーダンス(Vsp / Ii )を求めるものである。
周波数特性解析言語CASL87コンパイラの内部計算エンジンもラプラス平面座標での複素マトリックス解法が基本アルゴリズムであるが、バスレフ・スピーカーの等価回路の各素子の定数を実際のバスレフ・スピーカーのインピーダンス特性の実測値に合わせこむためにCASL87の核となる内部計算エンジンと同様の仕組みによって反復&収束演算のプログラム処置を行っている。
このインピーダンス特性を導き出す方法は少し複雑だが、振動板とキャビネット内の空気圧との共振、ポート内空気質量とキャビネット内空気圧との共振の周波数的な位置をコンピュータに見定めさせ、ニュートン・ラフソン法(Newton-Raphson method)などの反復法を駆使したアルゴリズムによるものとここでは解釈いただきたい。
詳しい手法は次回に譲るが、一般のシミュレーターが部品要素のパラメータ値をもとに計算するのに対し、実測で得たインピーダンス特性を逆方向で部品要素のパラメーター値を数百回にも昇る反復、収束演算を行い、かなりの精度まで求めたものである。
いずれにせよ、この処置は上記の複素マトリックスをインピーダンス特性の各部分でそれぞれ数百回の反復演算を行わせているため、マトリクスの規模に反映されるノード数は計算スピードに大きく影響してしまう。この状況下では、如何にノード数を減らすかが重要であるかが理解できるだろう。
この反復・収束計算プログラムで得たバスレフ・スピーカーの等価回路の各素子の定数を下表に示す。ただし、バスレフ・スピーカーに限らず密閉型スピーカーでも、バネとしてのダンパーやエッジは布や合成樹脂できている。
振動板のピストン運動は、スピーカー自身がこのような材料でできているので、つまり、およそ非線形要素の塊であるがために歪んだ特性しか持たない。振動板ひとつとっても、どこから振動板とダンパーの合同質量か、ダンパーのコンプライアンス(バネのステフィネスの逆数)かの境目がストロークの違いによって大きく変動して(歪んで)くる。もはや、スピーカー自身はメカトロニクスの部品としては、どうしようもないほど、扱いにくい代物であることが痛感させられる。
そのため、スピーカーの入力電圧や電流に対してゲインが高い状態を得ようとするならば、バスレフ・スピーカーの等価回路の各素子は極めて低出力(小ストローク)時の状態での値を求めるべきである。
バスレフ・スピーカーの等価回路の各素子の値の表を以下に示す。下の表の各素子の値は、ボイス・コイルの直流抵抗値5.19Ω(当時6Ωスピーカーと称す)の換算で小出力の1ワット入力時の値と限定してある。
小出力の方が磁器回路内でのボイス・コイルのストロークも小さくリニアリティが確保され、ゲインもいちばん大きい。このことはMFBなどのフィードバック・ループの安定性評価にとってはもっとも判別の重要な状態条件である。
■インピーダンスの周波数特性
下の図の等価回路はCASL87用に上の表からコンダクタンス値を抵抗値に変換するなど、各素子の定数を整理したものである。
この等価回路でのスピーカーの入力インピーダンスの周波数特性をCASL87でシミュレートした図を下に示す。
上の等価回路のImpedance_of_Bass_reflex_speaker_01の内部のCurrent_input回路ブロックのノード番号100(入力電流と等価)が入力であり、出力はBass_reflex_speaker_01回路ブロックのノード番号1(スピーカー入力電圧)である。つまり、入力電圧÷入力電流で入力インピーダンス特性を求めることができる。インピーダンス値はdB単位であるが、[dB値 = 20・log(インピーダンス値)]として換算してほしい。例えば、10 Ωは20 dB、100 Ωは40 dBといった具合である。
このインピーダンス特性こそ、前述したように実際の実物のスピーカーの特性を正確に再現したものであり、ただでさえ非線形な各要素をもっとも低出力状態で表したものである。
尚、このCASL87用のソースコードは以下のURLより圧縮ファイル’Impedance_Characteristics.zip’として取得できる。
https://mega.nz/#!UYhV0IoZ!Q090GsjOP5fSydB2T1FTtDmcS325Vngp7adSS40WY20
まず、手始めに、入力電流と同次元の振動板やポート開口面の動的位置の特性を求めるための等価回路を下に示す。
入力は等価回路の図の左端のVspである。右端の積分用のPosition_ analysis回路ブロックの入力ノード100を振動板速度Vvsを表すBass_reflex_speaker_01回路ブロックのノード3に接続すると振動板の位置特性、同回路ブロックのポートの開口面速度Vpを表すノード6に接続するとポートの開口面の位置特性を得ることができる。
このシミュレーターのCASL87用のソースコードは以下のURLより圧縮ファイル’Position_Characteristics.zip’として取得できる。
https://mega.nz/#!UEx1CCrL!RheXmhuHTW-LSo-G10zT4xBDHh4ff63gTbOv-gbM9Nw
計算は1Hz~1KHzの範囲とし、アコースティックな領域は扱わない。
■位置(移動量)の周波数特性
下の図にCASL87によってシミュレートした位置移動特性を示す。ポートの開口面の位置移動は二つの共振周波数より充分低い周波数では振動板に対し構造上も逆相(180度)であるが、共振周波数より十分高い周波数(100Hz以上)では低域より相対的に360度遅れて、つまり振動板と同相化していることが判る。
■速度の周波数特性
振動板とポートの速度特性を求める等価回路を下に示す。
右端の単純変換用のVelocity_ analysis回路ブロックの入力ノード100を振動板速度Vvsを表すBass_reflex_speaker_01回路ブロックのノード3に接続すると振動板の速度特性、同回路ブロックのポートの開口面速度Vpを表すノード6に接続するとポートの開口面の速度特性を得ることができる。
このシミュレーターのCASL87用のソースコードは以下のURLより圧縮ファイル’Velocity_Characteristics.zip’として取得できる。
https://mega.nz/#!4U53WKhT!sITh4x20pFReb6b7SGV4S7CuoNYuWdwSwonjkfbyucI
■加速度の周波数特性
下の図に振動板とポートの開口面の加速度特性を求めるための等価回路を示す。
入力は共にスピーカのボイスコイル系の入力で電圧(Vsp)である。振動板の加速度は微分用のAcceleration_analysis回路ブロックのノード100をBass_reflex_speaker_01回路ブロックのノード番号3に、ポートの開口面の加速度はBass_reflex_speaker_01回路ブロックのノード番号6にLink文にて接続してある。
この等価回路に基づいたソースコードの入ったフォルダー’Acceleration_Characteristics.zip’(圧縮ファイル)を以下のURLよりダウンロードできる。
https://mega.nz/#!VJpDESZa!zZt07cPcnQQcQ1T0fX8_Jxg8P802Qf-IP-1zK6iNV5g
’Acceleration_system_of_Bass_of_reflex_Speaker_01.CAS’は振動板、’Acceleration_system_of_Bass_of_reflex_Speaker_02.CAS’はポートの加速度特性を求めることができる。これらのソースコードをCASL87によってシミュレートした振動板とポートの加速度の周波数特性を下図に示す。
■総合加速度の周波数特性
バスレフ・スピーカーは振動板とポート開口面のそれぞれの音圧が総合されてユーザーの耳に届く。低音が多少歪んでいても、人間の耳は低域の音に関しては鈍感であり、その音量さえ確保できれば低音の量感を味わうことができる。
この等価回路はMFBなどのアンプ(電子回路)とのフィードバックを構成することが目的であり、アコースティックな領域には踏み込めないが、低域での総合音圧に関してはある程度の指標をだすことができる。
下の等価回路は速度を加速度変換する微分用のAcceleration_synthesis_analysis回路ブロックの2つある入力ノード番号100と200にそれぞれ、Bass_reflex_speaker_01回路ブロックの振動板とポート開口面の速度Vvs(ノード番号3)とVp(ノード番号6)を接続している。振動板とポート開口面の音量を反映するために単純にそれぞれの面積値を相互コンダクタンスGdiaとGportに代入してある。
この等価回路に基づいたソースコードの入ったフォルダー’Acceleration_synthesis_Characteristics.zip’(圧縮ファイル)を以下のURLよりダウンロードできる。
https://mega.nz/#!gJ4h2YBI!M3KWg-Q9auQU2LqiN3tZMJq5_qr7Cq9JqXHI4_fz4Xs
これらのソースコードをCASL87によってシミュレートした振動板とポートの音圧的合成の周波数特性を下図に示す。
振動板とポート開口面から発せられる音はユーザーの耳に届く間にアコースティック上の「混ざり」によって伝達上の制約を受ける。ただ、バスレフ・スピーカーの設計上の指針としてポートを含めたキャビネットの機構設計にはこのシミュレーションは特に大きな意味をもっているということはご理解いただけたであろう。
キャビネットの設計上の途中試作で、先に述べた「反復&収束演算のプログラム処置」で実測インピーダンスの周波数特性へのコンピュータによる「すり合わせ」で、キャビネット機構の設計修正の指針が得られる。
尚、この等価回路は本来、MFB用のフィードバック系の安定性判別を目的としたものである。MFB用の場合、振動板自身の分割振動も大きな有害要素となるが、ここではそ単にバスレフ・スピーカーの基本的な等価回路のみに言及しているため、分割振動の等価回路上の仕掛けは割愛している。
「反復&収束演算のプログラム処置」の具体的レポートは次回に譲るが、本稿でのバスレフ・スピーカーの新しい等価回路の優位性はご理解いただけたであろう。
<記: 村岡如竹>