研究内容

1.ソフトマター物理を活用したプリンテッドエレクトロニクスの研究

近年、軽量・フレキシブルといった新たな価値を志向したエレクトロニクスが注目されている。機能性材料の塗布や印刷によりデバイスを製造するプリンテッドエレクトロニクス技術はこのための有効な手段だと期待されている。特に、演算やメモリ機能をつかさどる薄膜トランジスタ(TFT)は最も基本的な電子部材であり、その製造技術の確立が近年精力的に研究されている。TFTではキャリアを輸送しやすいよう、層状に分子が整列した半導体層の形成が有効である。そこで、ソフトマター物理の知見を活かし、両親媒性分子や液晶など層を形成しやすい分子と分子形状が似た有機半導体を用いることで、高均質な分子膜を形成する方法を開拓した [1] 。この薄膜をもとに作製したTFTは、有機TFTの中ではトップクラスの性能を示すことを見出した。また、分子膜の厚みと性能の関係を系統的に調べることで、分子膜厚みの増大に従い、デバイスのアクセス抵抗が増大する現象を見出した [1]。そこで、極薄の有機半導体層を自己組織的に形成するため、半導体骨格は共通で導入したアルキル鎖の長さが異なる有機半導体を混ぜて結晶化させるという新しい方法を考案した [2]。これにより、分子膜の層内秩序は乱さずに、分子膜層間の積層を効果的に抑制でき、結晶性分子膜の厚みをわずか2分子膜1層に制御できることを見出した。本手法により100 cm2にわたる大面積単層2分子膜を構築でき [2]、この半導体層をもとに作製したTFTにおいて、デバイスの界面状態を最適化することで、低電圧かつ理論限界に近い高急峻なスイッチングが可能になることを明らかにした [3]。さらなる高性能材料の開発に向け、分子配列の安定性を決める要因の解明 [4] や、半導体層内の伝導機構の解明を進めている。この他、金属ナノコロイドを用いた印刷配線の形成に関する研究 [5] や、有機強誘電体の分極反転機構に関する研究 [6] など、微視的なソフトマターの構造を理解・制御することで、マクロな電子機能性に繋げる研究を幅広く展開してきた。

  • [1] Phys. Rev. Applied 8, 054011 (2017)

  • [2] Adv. Mater. 30, 1707256 (2018)

  • [3] Sci. Adv. 6, eabc8847 (2020)

  • [4] Adv. Funct. Mater. 30, 1906406 (2020)

  • [5] Nat. Commun. 7, 11402 (2016) など

  • [6] Phys. Rev. Appl. 11, 014046 (2019) など


2.コロイド系をモデルとした相転移ダイナミクスの研究

コロイドは固体の粒子が液体中に分散した系であり、コロイド粒子間に働く斥力・引力を比較的高い自由度で実験的に制御可能なことから、モデル原子系として注目を集めている。コロイド系を3次元・実空間観察することで、これらモデル原子系が示す相変化ダイナミクスを追跡可能となる。これまで、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、焦点深度を変えながら顕微鏡像を取得し、画像解析することで、このコロイド系を3次元的かつ実時間観察するシステムを構築した。本手法を活用することで、荷電コロイド系の作るウィグナー結晶の結晶化素過程を観察した。この結晶化において、一見無秩序なコロイド結晶前駆体の局所的な回転対称性が、形成される結晶構造選択において極めて重要な役割を果たしていることを突き止めた [1]。これにより、巨視的な単結晶を構築するための物理的な指針を得た[1]。この結晶化過程ではコロイド粒子の周囲に分布するイオンの濃度分布が構造選択に寄与していることを数値計算から明らかにした。さらに、コロイド間に引力相互作用(枯渇相互作用)を導入することで、物理ゲルの形成ダイナミクスも追跡できる。実際に観察を行った結果、特にコロイド粒子の濃度が低い条件において、ネットワークのパーコレーションが生じる前に力学的に安定な構造ができる新しいタイプのゲル化様式を見出した。このゲル化の過程では構造選択に流体力学的相互作用が大きく関与することを流体力学シミュレーションにより見出した。

  • [1] Nature Physics 13, 503 (2017)

  • [2] Science Advances 6, eabb8107 (2020)

3.高分子溶液の乾燥過程におけるスキン層形成の効果

高分子溶液をはじめとする複雑流体では、液体を乾燥させる際に、溶質が気相・液相の界面に局在化し固体の薄膜(スキン層)を形成する。スキン層は乾燥速度の低下をもたらすだけでなく、塗膜表面に気泡や皺を生じる原因となることが経験的に知られ、応用上の問題となっていた。しかし、この気泡や皺の形成メカニズムについて十分に物理的な理解がなされていなかった。そこで、スキン層の厚みや弾性率を直接計測する方法を新たに考案し、気泡成長や皺の形成との関連を調べた。高分子液滴の端は溶質が残り易く基板に固定化(ピニング)されるため、乾燥初期に形成されたスキン層が乾燥の進行に伴い変形することで液体内に圧力変化が生じ、気泡の生じ易さが変わることを見出した。さらに気泡の成長における理論モデルを考案し、様々な高分子溶液における気泡の成長速度を同じ方程式で記述することに成功した [1]。また皺の形成について、液滴周囲の乾燥速度の不均一性にもとづく応力がスキン層に生じることを突き止め、簡単な理論モデルを考案した。このモデルをもとにスキン層の硬さを制御することで皺の間隔を制御可能であり、さらに液滴内部に働く内圧も制御できることを明らかにした [2]。

  • [1] Eur. Phys. J. E 35, 57 (2012)

  • [2] Eur. Phys. J. E 36, 63 (2013)