未知の領域へ:「大学設置基準」と「基幹教員」

1 はじめに

 2022年9月5日、読売新聞が「大学教員、複数の大学に『在籍』OK…デジタルや脱炭素など新分野の専門家『共有』へ」という記事を配信しました。この数ヶ月、大学業界で話題になっていた「基幹教員」のです。

 SNS等を見ていると、私が思っていたのとは少々異なる反応が散見されました。大学設置基準の事実上の緩和にあたりますが、「クロスアポイントメント」などのカタカナ用語が「バカどもには丁度いい目くらまし」になっているので、本質が捉えにくくなっているのかもしれません。

  とはいえ、もともと大学設置基準自体、ややこしいので文科省の資料をもとに整理しましょう(以下、あくまでも「頭の体操」として考えてみた結果です。解釈の間違いや運用の実際とは異なる可能性もあります)。

「基幹教員」とは何か?

(1)大学設置基準と専任教員

 この話題は「大学設置基準」という省令の改正に伴うものです。大学設置基準は第1章2項によると「大学を設置するのに必要な最低の基準」です。端的にいえば、この省令に大学を作る際の諸条件が書かれているのですが、その中に「大学は何人の教員を雇わないといけないか」を明記している箇所があります。

 第12条「専任教員」と第13条「専任教員数」です。ここでいう専任教員とは、「専ら・・・大学における教育研究に従事するもの」でありまして、フルタイムで雇用されている教員(正社員)として理解するといいでしょう。

  文科省はこの「専任教員」を「絶対こんだけ雇えよ」と大学に条件提示しているのです。この「専任教員」の必要数については、界隈で有名な大学職員ブログに詳しいので参考にしてください。


大学設置基準の専任教員の必要教員数の計算方法

(大学アドミニストレーターを目指す大学職員のブログ)


  ざっくりいえば「学部と収容定数を掛け合わせたもので決められた専任教員数」(文学関係で320-600人の学生数なら10人専任教員が必要など)と「大学全体の収容人数によって決められた専任教員数」(学生が400人いるなら7人は専任教員が必要など)を合わせた数、 つまり、「学部の特徴と学部の学生数で求められる専任教員」+「全学生数で求められる専任教員=1つの大学で求められる専任教員」となります。


)基幹教員の諸条件

 今回の「大学設置基準」改正はこれを緩めるものです(実際は他にも改正ポイントはありますが)。これをどう緩めるか

   まず、「専任教員」を「基幹教員」と変えます。定義としては「教育課程の編成その他の学部の運営について責任を担う教員・・・であつて、当該学部の教育課程に係る主要授業科目を担当するもの(専ら当該大学の教育研究に従事するものに限る。)又は一年につき八単位以上の当該学部の教育課程に係る授業科目を担当するもの」です(改正8条)。

  「教育課程の編成その他の学部の運営について責任を担う教員」というのが最初の条件。これは後ほどみます。

  以下の条件は2つあり、1つは当該学部の教育課程に係る主要授業科目を担当するもの(専ら当該大学の教育研究に従事するものに限る)」で、Aパターンと呼びましょう。次が「一年につき八単位以上の当該学部の教育課程に係る授業科目を担当するもの」でBパターンです。

 AパターンとBパターンの割合は改正別表第一に記載されています。曰く「基幹教員数の半数以上は原則として教授とすることとし、四分の三以上は専ら当該大学の教育研究に従事する教員とする」。教授云々は置いておいて「四分の三以上は専ら当該大学の教育研究に従事する教員」としています。これはAパターンのことを指します

  つまり、Aパターン=75%(4分の3)、Bパターン=25%となります。Bパターンは「専ら当該大学の教育研究に従事していない教員」です。「当該大学の教育研究に従事」とは文科省の資料(1枚目)では「一の大学でフルタイム雇用されている者等(月額報酬20万円以上)を想定」としています。つまり、Aパターンはフルタイムの正社員=従来の専任教員、Bパターンはフルタイムではないもの、つまり、パートタイムの非常勤講師を念頭に置いているのかなと考えられるでしょう。


25%をどうするのか?

   上記の議論なら大学の旧専任教員の25%枠を非常勤講師でカウントできるのかと思うでしょう。

   ここでA/B両パターンに共通する基幹教員の定義に戻ります。基幹教員は「教育課程の編成その他の学部の運営について責任を担う」ものです。文科省は資料(1枚目)でこの箇所について「例えば、教授会や教務委員会など当該学部の教育課程の編成等について意思決定に係る会議に参画する者等を想定」とします。単純にいえば、非常勤講師として授業を担当しながら、教授会に出て意見を言ったり、学内の委員会を担ったりするというわけです。これは現行の大学内部を知っている人ならイメージがつかないもので、ちょっとありえない話です。

    文科省は「クロスアポイントメント等の働き方の多様化や民間からの教員登用の促進等の観点及び質保証の観点を踏まえ」と言っており、民間企業や他大学で活躍するマネージャー級の人材を年間8単位、つまり、4コマの授業で「基幹教員」として雇おうという腹づもりです。ただ、彼ら彼女らは「パートタイマー」です。大学が与えられるのは教員資格であり、高級マネージャーたちが享受できるのは年間8コマ分の報酬と諸々の学内業務への手間賃くらいです。文科省の説明はどうもリアリティに欠けるものです。

  「25%の行方」

(1)再雇用教員の活用

 では、この25%枠は使い勝手の悪い、そして、いずれ忘れ去られるものなのでしょうか。大学経営から考えると、25%をクロスアポイントで優秀な民間人や大学人を雇うことは稀で、大方は学内の仕事や事情に詳しく担当コマ数の少ないパートタイマーを従来の専任教員として扱おうという話になるでしょう。そんな人材いるのかなと思う人も多いでしょうが、ハッとする人もいるでしょう。

  私はこの25%に再任用=再雇用の「特任教授」がカウントされると考えています。特任教授とは何か。文字通り考えると、有期雇用の教員で実際そのように運用されることもあるのですが(外部予算紐付けの場合など)、多くの場合、定年退職後の再雇用枠です。教授会等への出席義務や学内の委員会の仕事などはなく、もっぱら授業担当講師となっているケースが多いです。この雇用枠を少しいじるとどうでしょうか。つまり、退職した教授を特任教授として再雇用する。担当は現役時代よりも少ない授業コマと教授会への出席、学内の委員会など。もちろん、学内の委員会などは退職以前と比較してずっと少ない負担でいいわけです。

  安く雇えて仕事も1から教える必要はない。学内顔も効くし、修士や博士課程の指導経験もあれば改めて文科省への申請等は不要。さらに業績も一定あれば行政への各種申請も安心してできる。再雇用ですから、フルタイム時代の年収より大幅に減額していて(知り合いのケースだと現役時代の半額以下の給与)、コスト面でもお買い得な人材です。


若手研究者に訪れる危機

   私は今回の改正で生まれる「25%枠」を各大学、再雇用教員に充てるのではないかと予想しています。その場合何が起きるでしょうか。

  例えば、100人の専任教員がいるA大学において、今年5人の教員が定年退職を迎えた。うち、4人は再雇用を希望し教授会も承認した。特任教授となり担当コマ数も減った4人は従来の規定なら専任教員から外れ、その分、公募われる。しかし、省令改正後はそのまま、基幹教員とな。結果的に本来出るはずだったA大学の今年の教員公募は5人から1人になった。

  このようなことが25%枠いっぱいになるまで、つまり、100人の専任教員のうち、25人が再雇用教員になるまで続けられます。もちろん、再雇用を望まない教員の分、公募は出ますが、そもそもこの(旧専任=基幹)教員枠自体、学生数に比例することを考えないといけません。18歳人口の減少の中で学生定員は徐々に削減され、同じくして(旧専任=基幹)教員枠は減っていきます。

  例えば、A大学も定員を削減するとなって教員枠が1減するとしましょう。定年は5人、うち4人は再雇用を希望し基幹教員として継続雇用された。すると、この年、A大学は公募を行わないことになります。

  もしこんなことが全国の大学で起きたならどうでしょうか。25%の枠が満ちるまで教員公募は大幅に減少することにならないでしょうか。そうなると若手研究者たちは文字通り生活破綻、経済的破滅に向かって突き進むことになるでしょう

  それどころか、従来でいう「専任教員」の25%が65歳以上という状況になり得るでしょう。

  ただでさえ、就職難の若手研究者たちに数年、あるいは10数年間の決定的な就職氷河期が訪れ、一方の大学は再雇用教員で溢れるわけです。それがなにか、私にはいまいちわかりません。全くの未知の世界なのです。

4 終わりに

  とはいえ、これはあくまでも頭の体操でしかありません。実際に改正された大学設置基準でこのようなことが可能なのか、各大学が本当にこのように運用するのか。不確実なことは多いのです。

  ただ、これら改正のもととなった答申(p.15)中央教育審議会は「『専任教員』の見直しのイメージ」というセクションの欄外に小さな文字でこっそりとこんな一文を載せています。唐突に、そしてなんの脈絡もなく登場したこの一文に、この法改正を提案した人々が何をみて何を懸念したのか。皆さんで少し考えていただけないでしょうか。 


 とりわけ若手教員の処遇等が不安定になることがないように制度設計の際には留意が必要。


この話はまだまだ続きます

公開日:2022年95

(9月6日末尾追記)

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