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緊急投稿

「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」について

A-n-I/03

1.経緯

 本日2021年4月24日、ある公文書が私の手元に届きました。

「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」です(上記リンクよりダウンロード可能)。

 この公文書については3月10日に、

コロナ禍における授業形態に関して大学生の意向及び各種メディアによる報道等、世論の状況について文科省内での議論・調査・レクチャーによって作成・共有された一切の資料・記録(文科省内での検討及び調査資料、また政務三役に行われたレクチャー資料及び録音データ、文字起こし、政治家から文科省職員に宛てて送られた大学の授業形態に関しての大学生の意向及び世論の状況に関連するメール、FAX、手紙等を含む一切の資料・記録)

として請求したもので、結果的に開示された書類一式を指します。

 正確には、

・新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査概要

・新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査について(依頼)(令和3年3月5日文部科学省好悪等教育局事務連絡)

・新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査票

 さらにこれには不開示になった部分があります。以下、

 新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査の大学等の個人の情報を含む調査対象に関する行政文書については、公にすることにより、当該法人等の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり、法人等との信頼関係が損なわれ、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり、法人等との信頼関係が損なわれ、今後の文部科学省が行う事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおよれや、調査の公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれのある情報が記載されているため、当該文書は法第5条第2号イ、第6号柱書きに該当することから、不開示としました。

当該調査については4月24日現在、この調査概要等はウェブで公開されていません。

 さて、この開示請求結果から分かることは、2021年3月まで文部科学省は対面授業やオンライン授業に関する学生世論の調査どころか資料共有さえも行なっていないこと大臣等三役へのレクチャー資料もないということからレクチャーを行なっていない可能性もあること、すなわち、一連の文科省の対応と大臣発言はA-n-I/01-02レポートで提示した(少なくとも11月末段階までは)200件程度のメールと団体陳情を行政スキーム上の根拠としていたことが分かります。これにより、先般公開したA-n-I/01-02レポートの分析結果調査対象範疇について妥当であったことが確かめられました。要は文科省の行政スキームにあったエビデンスはあれが全てだったということです。


その一方でこの開示資料によって事態は急転直下の展開を見せました。この開示資料は文科省自ら大学を抽出して学生アンケートを取り、オンライン授業の満足度を見てみようというものです。これは日本の大学教育において極めて大きな歴史的インパクトを与えるものです。

2.ある国会答弁

 この調査に関連する国会答弁は2021年2月8日に行われたと考えられます。

 それは衆議院の予算委員会立憲民主党の稲富修二議員の答弁となります(以下、衆議院議事録より)

 稲富議員は筑波大学で行われた学生への食料支援の事業についてまず、総理に感想を質問した後、萩生田文科相に「このコロナ禍において、大学生の経済状況や学修の状況など、どう把握されているか」と質問をしています。萩生田大臣は「大学の中途退学者数については令和元年度よりやや少なく、休学者数についても大きな変化は見られていない状況」や国の経済支援政策について返答しますが、それについて稲富議員はあしなが育英会の調査をもとに「対象者も違いますし、調査の仕方も違います。しかし、先ほど筑波大学のことを申し上げましたけれども、現場の、あるいは学生の生活を直接聞くと、今大臣がおっしゃったことと、このあしなが育英会の調査と、あるいは報道されていることが、余りにも私にはかけ離れていると思います」と述べます。大臣はこれについて次のように返答します。

先生、冒頭に、今年一年を振り返って、多くの学生がキャンパスに通うこともできなかった、大変寂しい思いをして、中にはこの年末や年度末に休学を申し出る学生がいる、こういう実態も含めてお話をいただきました。

他方、大学に調査をかけると、多くの学生がオンライン授業に満足しているという結果が上がってきてしまうんです。したがって、学校経由で物事を聞きますと、どちらかというと学校の判断の基準で返ってくる可能性がありますし、学生の生の声を聞くとまた違った声が返ってきます。学校は学生に対して、オンライン授業に満足していますかということを、名前や学生番号を書いてアンケートに答えろと言われれば、学生さんは、納得している、理解していると書かなければ単位がもらえないんじゃないかという恐怖心を持っているということを、私どもの方に申し出てきた子もいました。

したがって、本当はすごい不満なんですけれども、しかし我慢をしている、納得しているというアンケート結果が多くなると、学校は胸を張って、うちの学生はオンライン授業に満足している、こういう結果が文科省に上がってきてしまいますので、先生御心配の生活実態についても、これは学校経由もやっていますし、直接、現場もきちんと抽出をしながら、学生の困窮状態も含めてしっかりウォッチをしていきたい、こう思っております。

 稲富議員はこれに続いて、

今大臣がおっしゃったところでいえば、学校経由と学生の実感が違う、違うものが上がってくるというのは、まさにそのとおりでございます。

この文科省の、先ほどの二ページの資料を見ますと、大臣おっしゃったように、これはまさに大学あるいは高等専門学校に対象を置いて調査をしているわけです。

そして、これが私、非常に、十分にその実情を表していないのは、まず、対象が、大学に聞いているということと、あと、三ページを御覧いただければ、例えば、経済的に困難な学生を支援するための、授業料の、様々な措置を講じているかといって一から五まで答えさせるんですけれども、当然、何らかのことはやっているわけですよね。だから、八六・四%が何らかをやっていると答える。(略)

私は、先ほど文科大臣おっしゃいましたけれども、じゃ、学生の実態、学生の生の声というのが書いてある調査、これを是非、国としてやはり出していただきたいと思うんです。直接、学生の生の声を聞いて、何に困っているか、現場の声、それを取り上げたものを、私は是非調査をして、上げていただきたいと思います。

これだと、この国のやつであれば、とにかく、いろいろな施策はした、退学も休学も考えていない、うまくいっていると言わんばかりの結果でありますので、総理、文科省は、この調査であれば、ちゃんとやっているということになるんですよ。だけれども、実際は、学生の生活を見ると違うんですよ。総理、学生に直接、生の声を聞くような調査を是非していただきたいと思うんですが、いかがですか。学生の声です。直接の声です。現場の声を聞いてほしいです。

 そして、菅総理は「当然、大臣もそうやられると思いますし、私もやるべきだと思います」と述べます。

 整理していて気づいたのですが、稲富議員の質問は学生の生活困窮に焦点を当てているのに対して萩生田大臣はオンライン授業への満足度、というふうに話題が変わっているのが分かります。ただ、稲富議員もあしなが育英会の調査を引用して「例えば、五ページでいきますと、右側に行きますと、今年度における今後のあなたの収入について考えるといったときに、不安だ、非常に不安というのが七四・二%。次のページ、六ページに行きますと、左側が、コロナ禍以降のあなたの学生生活については、不満、非常に不満が合わせて六〇・三%。そして、右側に行きますと、退学を考えたことがあるのかという質問に対しては二五・七%ということで、四分の一が考えたことがあるということでございます」と述べているように、学生生活にも範囲は及んでいます

 正直なところ、稲富議員の趣旨は「大学生の生活は困窮しているし大学生活に不満を持っている。しかし、大学側の調査だとそれが見えない。それは大学側の調査が悪いからだ。文科省が調査すべきだ」というもので、対面授業かオンライン授業かという問題とは微妙に強調点が違っています。しかし、両者で共通しているのは大学の調査は信用できないという点であり、与野党揃って大学の調査能力への疑念、あるいは大学に対する不信感を示している点では同じなのです。

 大学の調査は信頼できない、大学は信用のおけない組織だ。政府と野党の間で、2月においてこの認識が共有されました。

3.「学生生活に関する調査」の持つインパクト

 最大野党と政府の共通認識、そして総理の答弁によって、この国の大学は信頼できない組織へとなってしまいました。文科省はその中で当該調査を実施するのです。

 「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」ではそのものズバリ、オンライン授業への満足度が質問されることになっています。


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 あなたが令和2年後期(10月〜3月)に履修した授業科目のうち、オンライン授業であった授業科目について、どの程度満足でしたか。【択一選択】

①満足 ②ある程度満足 ③どちらとも言えない ④あまり満足していない ⑤満足していない

 あなたが知っている身の周りの学生(あなたを除く)は令和2年後期(10月〜3月)に履修した授業科目のうち、オンライン授業であった授業科目について、どの程度満足しているように見えますか。【択一選択】

①満足 ②ある程度満足 ③どちらとも言えない ④あまり満足していない ⑤満足していない

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 この調査についてはそれ単体ではインパクトはあまりないかもしれません。しかし、先の答弁を伏線に考えると、かなりの衝撃を持って受け止められるものです。

 これまで文科省は各大学に「自己評価・自己点検」を求めており、その成果について第三者評価を受けるように促してきました。そのため、各大学ではIRやFDなど、学位の実質化につながるさまざまな施策を行ってきました。分かりやすいのは授業アンケートや卒業生調査などです。

 先の答弁と当該調査はこれら自己評価・自己点検の信頼性を文科省自ら否定するものであり、当該調査は各大学の教学実態を各大学では信頼できる水準で調査できない、文科省が調査しないといけないという事実上の表明であり、これまでの政策を180度転換するものです。

 これまで文科省(旧文部省)は大学設置基準の大綱化を行い、多様な学部研究科の創立を促してきました。このような教育の自由化・多様化は各大学の自己評価・自己点検に裏打ちされていたものであり、そこには大学に対して調査能力を一定認め、それを文科省自身が育成するためのさまざまな施策を行ってきた歴史があります。これが大学に求められたPDCAサイクルや教学IRの趣旨でした。

先の答弁、そして、当該調査は文科省自身が行ってきた政策を自ら否定するものに他ならないわけです。これは文科省が取り組んできた教育改革、特に大学教育改革の大きな変更点であり、大学行政の政策転換と理解できます。

2021/4/24 公開