大学はうそつき

大学等における本年度後期等の授業の実施方針等について(調査)

A-n-I/10

1.はじめに

2021年4月20日、AERA dot.掲載のインタビューで萩生田文科大臣は次のように語っています。


文科省の調査に対しては、全体の半数以上の大学が、「授業全体の半分以上を対面授業で行っている」と回答している。すると学生から「大学はうそつきです。私は週に1回体育の授業しか行っていない」というような報告が数多くあがってきた。

 大学の関係者はみな「学生はオンラインで納得していて不満を持っていない。満員電車に乗らず、時間を有効に使えている。そういう声が多い」と言う。もちろんそういう学生もいると思うが、圧倒的多くはキャンパスに通うことを望んでいるのではないか。一概に1年生から4年生、院生まで一律にする必要はないだろうが、学生が満足し、納得するようにすることが大事だ。

出典:萩生田文科相「大学はうそつきという声が学生から寄せられた」 コロナ禍の大学どうあるべきか(赤字は引用者)


文科省は2020年後期の対面授業比率を各大学に調査しました。その上で対面授業が半数未満の大学の名前を公表し、学生に理解を得るための努力をどのようにしているのかまとめ、12月23日に公表しました。公表された内容については、「過半数の学生がオンライン授業の継続を希望」という結果になったようです(出典:室橋祐貴「各大学の調査で見えてきた学生によるオンライン授業への高い評価。政府・政治家はEBPMの意識を」)

上のインタビューは、この結果発表に名前が挙がらなかった、本来なら半数以上対面授業の大学について、所属学生が文科省等に連絡して「対面授業は過半数なんてうそだ! 大学はうそつきだ!」と言っているというわけです。

この点、インタビューではフォローはありませんし、インタビュワーの鈴木顕氏(下の写真の男)も経緯の確認をとっていません。ちなみに鈴木氏は『大学ランキング』の編集長で、「朝日新聞出版アエラムック編集部で、『AERA English』『アエラ大学ムック』シリーズなどのデスクも兼務(出典:朝日新聞「大学力」)している大学ジャーナリストです。

文科省の調査にうそをついた大学は最低最悪です。

そういうわけで今回は文科省の公文書から、一連の調査の経緯をまとめ、「極悪非道な大学」と「正義の味方萩生田&文科省」の構図を明らかにして、悪い奴をとっちめてしまいましょう。

2 経緯

(1)8月通知


8月25日、文部科学省高等教育局高等教育企画課より各大学に「大学等における本年度後期等の授業の実施方針等について(調査)」が通知されます(傍線等略)(以下、「8月通知」)


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令和2年7月27日付事務連絡「本年度後期や次年度の各授業科目の実施方法に係る留意点について」 や,令和2年7月28日付高等教育局長通知「飲食店等におけるクラスター発生の防止に向けた取組の徹底について」等を通じて,対面による授業の実施の検討や,学生や教職員への注意喚起について依頼してまいりました。

これらの通知等の内容も踏まえ,本年度後期等(2学期制を採らない大学等にあっては,9月~10 月頃に開始される学期の区分を含む。以下同じ。)の授業の実施方針等について把握し,公表させていただきたいと考えますので,回答フォーム(下記回答URL)を通じて,調査に御協力をお願いします。


御多忙のところまことに恐れ入りますが,各大学等における状況等について,9月2日(水)までに御回答をお願いします。


(以下質問)

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この調査が「授業全体の半分以上を対面授業で行っている」かどうかの調査です。問題になってくる設問は以下の2つです。傍線等略、赤字強調引用者)

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4.本年度後期等の授業について,どのような形態で実施する予定か,最も近いものを御回答ください。【択一選択】

※ 例年,遠隔授業を実施している科目がある場合も,それ以外の授業を全て面接授業によって実施している場合には,を御回答ください。

※ 実施形態の決定にまで至っていない場合も,検討状況に最も近いものを御回答ください。

① 感染拡大の防止に配慮しつつ,例年通りの範囲で面接授業を実施する予定。

② 面接授業と遠隔授業を併用して授業を実施する予定。

③ 面接授業は実施せず,遠隔授業を実施する予定。

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8.本年度後期等の授業に当たり,面接授業と遠隔授業の併用を予定している学校 (上記4.で2と御回答いただいた学校)にお尋ねします。面接授業と遠隔授業がどの程度の比率で行われると見込まれるか,最も近いものを御回答ください。【択一選択】

※ 全体の傾向について把握することを意図する質問ですので,厳密なデータや根拠を求めるものではありません。貴学の主要なキャンパスにおけるおおまかな見込みとして,最も近いと判断したものを選択ください。

※ 全体についての状況を判断することが困難である場合は,たとえば,最も多くの学生が在籍している等の規模が大きい学部における状況など,判断が可能な範囲についての回答でも結構です。


① ほとんど(8割以上)の授業を面接授業で行う予定である。

② 7割程度を面接授業で行い,残りを遠隔授業とする予定である。

③ 面接授業と遠隔授業は,おおむね半々で行う予定である。

④ 3割程度を面接授業で行い,残りを遠隔授業とする予定である。

⑤ ほとんど遠隔授業を行う予定である(面接授業は2割以下の予定)。

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問4の「③面接授業は実施せず,遠隔授業を実施する予定」を選んだ大学、さらに「②面接授業と遠隔授業を併用して授業を実施する予定」を選び、問8の「④3割程度を面接授業で行い,残りを遠隔授業とする予定である」、「⑤ほとんど遠隔授業を行う予定である(面接授業は2割以下の予定)」を選択した大学が問題の「面接授業の割合が全体の半分未満となる」大学です。


この調査は8月25日に行われ、締め切りが9月2日となっています。調査回答期間は9日間です。

8月通知ではこの調査結果について大学名を公表する旨は記載されていませんでした。

ちなみにこの結果は9月15日に公開されましたが大学名は非公開でした。

(2)10月通知

10月16日、文部科学省高等教育局高等教育企画課より各大学に「学等における本年度後期等の授業の実施状況等について(再調査)」が通知されます(傍線等略、赤字強調引用者(以下、「10月通知」)。

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文部科学省では,同調査の結果も踏まえ,令和2年9月15日付高等教育局長通知「大学等における本年度後期等の授業の実施と新型コロナウイルス感染症の感染防止対策について(周知)」をもって,各大学等における対面による授業の実施の検討を含めた学生の学修機会の確保と,新型コロナウイルス感染症の拡大防止を両立する観点から,本年度後期等の授業の実施等に当たって御留意いただきたい事項をお知らせしたところです。

つきましては,同通知に対する各大学等の取組状況を把握するため,前回調査において,面接授業の割合が全体の半分未満となる見込みと回答いただいた 大学等(※)における授業の実施状況や,学生に対する説明の状況等について,改めて調査させていただきますので,回答フォーム(下記回答URL)を通じて御回答をお願いします。(略)

御多忙のところまことに恐れ入りますが,各大学等における状況等について,10月23日(金)までに御回答をお願いします。

なお,本調査に対して回答いただいた内容(回答がなかった場合にあっては,当該事実を含む。)については,大学名を含めて公表させていただきますので,あらかじめご了承ください。

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この再調査への回答期間は8日間です。文科省が「対面半数未満の大学を公開する」と記者発表したのも10月16日、通知を出した日です。

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対面授業が半数未満の大学名公表 文科省、11月上旬に(共同通信:2020/10/16(金) 12:07配信)

 文部科学省は16日、新型コロナウイルスの影響で遠隔授業を続ける大学が多いとして、対面授業の割合が半数に満たない大学の状況を調べ、来月上旬に大学名を公表すると発表した。

 萩生田光一文科相は同日の閣議後記者会見で「遠隔と対面のハイブリッドの授業をやってもらいたいとお願いしてきたが、対面が再開できていないとの声がある」と述べ、対面授業の実施を促した。

(3)文科省の「罠」

ポイントは8月通知の問8注記です。


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※ 全体の傾向について把握することを意図する質問ですので,厳密なデータや根拠を求めるものではありません。貴学の主要なキャンパスにおけるおおまかな見込みとして,最も近いと判断したものを選択ください。

※ 全体についての状況を判断することが困難である場合は,たとえば,最も多くの学生が在籍している等の規模が大きい学部における状況など,判断が可能な範囲についての回答でも結構です。

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冷静に考えればわかるのですが、各キャンパスの立地条件、さらに建物等の構造から考えられる感染対策、そして、各学部各コース各学年のカリキュラム特性など、コロナ禍においての意思決定に関する要因は1つの大学であっても多岐に渡り、各学部各コース各学年の対面比率を単一の目安として報告するのは極めて難しいわけです。

さらに、この調査は8月末にポンと出てきたわけです。感染状況が移り変わる中、複数キャンパス・複数学部がある大学などでは状況分析・意見集約がかなり込み入った状況になる……まして前期の成績評価がやっと終わったこの時期では、まだ後期に向けての結論がそこまで明瞭に出ていなかったでしょう。そこにきて9日間の期間で回答を求められても各大学は十分な報告をすることはできないでしょう。

文科省もこの点を理解して、上のようにえらくゆったりとした「おおまかな見込み」「最も近いと判断したもの」「全体についての状況を判断することが困難である場合」「判断が可能な範囲についての回答」としているわけです。まるで大学の側に立った「理解のあるパートナー」のような態度で。

しかし、今考えてみるとこれは明らかな「罠」でした。現時点での報告なら後期の実際とずれてしまうかもしれない、また、一部の学部は報告通りでもそれ以外のキャンパスや学部、コース、学年の学生は異なる比率になるかもしれない‥しかし、それさえも許されると読める書き振り。担当者は「理解のあるパートナー」に頼って、かなり大まかな予想的な報告、あるいは特定の学部を想定するなど、大学全体をカバーするとは言えない報告を行なった可能性が考えられます。少なくとも、文科省の書き振りではそうなっても仕方ない誘導が働いていました。

また、この調査の1つ前の調査、6月30日通知「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等における授業の実施状況等の再更新について(調査)」、この調査に基づく、7月17日公開「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況」では大学名は公開されていませんから、8月通知を受け取った各大学は無記名調査だと考えてもおかしくなかったでしょう。そうなると余計に大まかな報告になってもおかしくないでしょう。

要は、この段階で正確な後期の対面授業割合を出すことは難しく、文科省自身も事実上、正確かつ詳細な対面割合を求めていたわけではないのです。この漠とした調査結果は9月に公開されます。

その後、1月経って、急に10月通知によって当該設問の項目に答えた大学は再調査だ、名前を公開するぞというわけです。

この際、大学側から反発が生じたと言われていますが、もともと大学名を公表する前提ではなかった調査、それもかなり曖昧でおおまかに答えていいよと言っていた調査に答えたら、吊し上げ。担当者からすれば「言ってたことが違う」となってもおかしくないでしょう。

そんな漠然として正確性もない調査結果が現実と合わないからと「うそだ、うそだ」と言われてもどうしろというのか。さらに文科省の書き振りを信じて報告したら、今度は当の文科省からうそつきと罵られるわけです。大学側も意味不明でしょう。

)「仄めかし」と「DV気質」

とはいえ、文科省も8月通知段階で自分たちの「お気持ち」を大学側に「仄めかし」ていたのも事実です。この通知には以下のような文言が掲載されています。

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令和2年7月27日付事務連絡「本年度後期や次年度の各授業科目の実施方法に係る留意点について」 や,令和2年7月28日付高等教育局長通知「飲食店等におけるクラスター発生の防止に向けた取組の徹底について」等を通じて,対面による授業の実施の検討や,学生や教職員への注意喚起について依頼してまいりました。

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ここに含まれる2つの通知はともに公開されています。2つ目の通知は内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室の「飲食店等におけるクラスター発生防止のための総合的取組」に沿ったもので、要は学生や教職員への感染予防の注意喚起というところです。

問題は1つ目です。この通知では次のような文言が書かれています。

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本年度後期や次年度の各授業科目の実施方法を検討するに当たっては,大学設置基準第 25 条第1項が,主に教室等において対面で授業を行うことを想定していることに鑑み,地域の感染状況や,教室の規模,受講者数,教育効果等を総合考慮し,今年度の授業の実施状況や学生の状況・希望等も踏まえつつ,感染対策を講じた上での面接授業の実施が適切と判断されるものについては面接授業の実施を検討していただき,授業の全部又は一部について面接授業の実施が困難と判断される際には, 「2 遠隔授業等の実施に係る留意点」を踏まえた上で,遠隔授業等(面接授業との併用を含む。)の実施を検討いただくようお願いいたします。

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この箇所ですが「大学設置基準第 25 条第1項が,主に教室等において対面で授業を行うことを想定していることに鑑み」とあるようにそもそも対面授業が前提で、余程の場合を除いてはオンライン授業=遠隔授業をするなと読めます。ただ一方で「授業の全部又は一部について面接授業の実施が困難と判断される際には」と大学側に授業形態の裁量権を残しています。

実際的には単位の一部について遠隔授業を取り入れてもいいわけですから、授業形態の選択は大学の裁量なのです。だからこそ、こういう文言を送りつけて、文科省のお気持ちを仄めかしているわけです。

こういうことを念頭に「さあ、お前たち、後期はどうする?」と尋ねるわけですから、各大学が忖度をするのを待っている状況だったわけです。

調査の協力を通じて大学に対面授業を促す…この通知自体が1つのファクターとなり対面比率を決定する意思決定が複雑になっていく。そうなるとこの通知の目的であった後期対面比率の調査の正確性がさらに低くなるのです。

例えば、比較的学内のコンセンサスが素早く取れた大学が対面比率を5割程度と考えていたとする。その大学がこの通知を見ればもっと対面を増やさないといけないと学内の議論が振り出しに戻る。しかし、報告の期日は迫ってくる。暫定的な報告を行うものの、それは流動的な状況でのものとなり、その確実性は下がってしまいます。文科省は調査を通じて圧力をかけることで調査の正確性を下げるという意味不明なことをします


余談ですがこの通知は7月下旬、すなわち、あのTwitterデモの10日ほど後に出ています。張角ら革命家の悲願はあっさり叶ったわけです。


この「仄めかし」を踏まえて8月通知による調査結果が文科省の手元に集まった際、文科省のお気持ちにそぐわないものが多かったのでしょうか。実は事前の調査よりも8月通知の調査では対面比率は上がっているのです。この点は萩生田氏も会見で述べていました

では一体何があったのか? 8月通知と10月通知の間にあった「何か」について私は多少の目星をつけています。ただし、それを話すにはもう少しデータを収集する必要があるでしょう。

どちらにせよ、8月通知と10月通知では文科省のセンチメントは大いに変わってしまったようです。

この点については通知の回答フォームへの記入依頼文がなかなか興味深いところです。8月通知は「回答フォーム(下記回答URL)を通じて,調査に御協力をお願いします」、10月通知は「回答フォーム(下記回答URL)を通じて御回答をお願いします」。さらに「なお,本調査に対して回答いただいた内容(回答がなかった場合にあっては,当該事実を含む。)については,大学名を含めて公表させていただきます」。

調査に御協力いただいた大学であっても文科省のお気持ち次第ではこの対応ぶりです。「君のことはわかってるよ」と優しいパートナーを演じた次の瞬間豹変し暴力的な態度に出る。文科省はまるでDV加害者のようです。

文科省はどうすれば良かったのか

そもそも論ですが「授業の半数以上が対面かどうか」、これはどうやって数えることができるのでしょうか。クラス単位なのでしょうか、科目単位なのでしょうか。15回中何回対面なら対面授業なのでしょうか。そして、各キャンパス各学部各コース各学年、それぞれ等しく半分以上を対面にするというのはどういう状況なのでしょうか。対面授業の数え方が「大学はうそつき」と言った学生と大学では違ったのではないか。そんな意見もウェブ上で散見しました。

私は最初、文科省の調査票に「一般的ではない対面授業の数え方」が書いてあって大学はそれに従い対面授業を数えたためにこのようなことに陥ったのではないかと思っていました。

しかし、調査票にはそんなものはありませんでした。数え方が明確に定義されていなければ正確なデータなど入手できないにも関わらずです。あったのは「おおまかな見込み」「最も近いと判断したもの」「判断が可能な範囲についての回答」という正確性を求めない姿勢であり、大学に対して報告は実際的全体的な後期実施状況と一致しなくてもよいというメッセージだったのです。


大学はうそをついたのでしょうか。たぶん、ついたのでしょう。8月のあの時点で全キャンパス全学部全コース全学年の後期の対面比率を正確に言い得る大学はなかったでしょう。そして、文科省もそれを理解していたし、大学の報告がかなりいい加減になる可能性も許容していたのです。

つまるところ、この「うそ」は「不正確な報告」なのです。文科省は大学に「不正確な報告」を求め、大学も文科省に「不正確な報告」をせざるを得なかったのです。今となって考えれば、正確な情報を取得することのできない時期に、さらに明確な手続きも提示せずに得たデータに必要以上に真正性を持たせてしまったのが間違いだったのです。


文科省はどうすれば良かったのでしょうか。まず、正確な報告を受ける必要がありました。そのためには後期に入ってから授業の実施状況を把握するというのが一番良い選択でした。2020年度、文科省は累次的に授業形態に関する調査を行っていましたから、10月に改めて後期実施状況の調査をすれば良かっただけです。その際、「対面授業」に関してのカウント方法を明確にして各大学で正確な把握ができるようにすれば良かったでしょう。答えさせた上で態度を急変させて「半分未満は公開だ!」と言えばDV気質全開の文科省としては何をしたいのかは分かりやすかったでしょう。


少なくとも私たちが調査票を手に入れて公開し、それをもとに経緯を整理した現状では、文科省は大学に対して不正確な報告を促し、その不正確な報告をもとに吊し上げ、結果的に「大学はうそつき」というイメージを形成させる異常なまでに性格の悪い官僚集団ということになるでしょう。

さらに、そもそも不正確な報告を促すような調査票を作成すること自体、意味不明ですから先般の服部報告と合わせて、文科省の役人はまともな調査・分析さえできないのでは?という疑惑さえ浮かんできます。これは彼ら彼女らの知的レベルへの疑義にさえ発展するものです。

3 総評

(1)結局、何が起きていたのか

まとめると次のようになります。


2020年度前期、文科省は授業形態についての大学名非公開での調査を行っていました。

2020年8月、それらと同じ要領で後期の授業形態についての調査が行われました。

しかし、この時点で後期の授業形態について明確な指針が出ている大学が少ないと思われた文科省は「不正確な報告でも良い」という聞き方で質問を行います。この際、対面授業の数え方について明確な指示はありませんでした。

特定条件の大学について大学名を公表するということは通知されていませんが、7月末の通知で文科省は「大学の授業は対面授業が前提だよね」とお気持ちを仄めかしています。


2020年10月、8月通知の調査結果が公開されて1月以上経ったときに「対面授業半数未満」の大学を事実上「吊し上げる」と文科省は突然公表します。

文科省は吊し上げる大学に対して「授業の実施状況や,学生に対する説明の状況」つまり、申し開きの機会をくれてやるという通知を出します。8月の調査では「御協力お願いします」と言っていた文科省が態度を一変させます。


2020年12月、「吊し上げ」られた大学からの「申し開き」が公開されます。

「私は対面半数以上じゃないのに、この大学は吊し上げられていない!」と一部の学生が文科省等にクレームを入れます。「全体についての状況を判断することが困難である場合は,たとえば,最も多くの学生が在籍している等の規模が大きい学部における状況など,判断が可能な範囲についての回答でも結構」とする文科省の聞き方ではこうなっても仕方ないのです。


20201年4月、萩生田氏は「学生は、大学はうそつきと言っている!」とインタビューで述べ、AERAの鈴木は経緯を確認せずに、そのまま報じました。


最初に文科省が実際的全体的な後期実施状況と一致しなくてもよいような聞き方で質問をしたという真実を誰も明らかにしないまま、今日まで時が経ちました。ジャーナリストたちには真実を追求するチャンスがたくさんあったのですが、彼ら彼女らはその好機を逃し続けました。

(2)つまりどういうことか

ここまでの経緯をひどく幼稚に、しかし、かなり正確にまとめます。

「いいよ、いいよ、今の時点では正確な比率は分からんだろうし大所帯でまとまったことも出せないだろうから、おおまかでいいよ。対面授業の数え方も別に指示しないからさ」と文科省は言います。

その一方で「大学って対面授業が基本だよねえ。まあ、大学が授業形態は決めればいいんだけどね」と微笑みます。

大学は「そうですか……じゃあ、これかなあ」と何か選択肢を指します。

文科省はその時点では何も言いません。そこから時間が経ってから突然、「対面授業少ないの選んだお前! 名前公開で吊し上げな!」と叫び出します。

大学は「えっ、今まで大学名公開してなかったし、そんなこと調査の段階で言ってなかったじゃん!」と怒ります。

文科省は「何かやましいことがあるんですかねえ?」とほくそ笑みます。

一部の大学生が「大学はうそつき!大学はうそつき!」と喚きます。

文科省は「ほら!大学はうそつきって学生が言ってるぞ!」と言い、ジャーナリストは「大学はうそつき」と記事にします。

記事は拡散され「大学はうそつき」という言説だけが一人歩きします。


かくして「極悪非道な大学」と「正義の味方萩生田&文科省」は出来上がったわけです。

)誰が「悪い奴」なのか?

さて、冒頭、私は「悪い奴をとっちめてしまいましょう」と書きました。「悪い奴」は誰でしょうか。直情的に行動した萩生田氏でしょうか、それともまともな調査・分析のできない文科省の官僚でしょうか。

意外かも知れませんが私が最も「悪い奴」と考えているのはインタビュワーであり、この記事が掲載されたムック本の編集長である「鈴木顕」です。

考えて欲しいのです。萩生田氏は一部の学生の声を大学生全体の声だと思い一連の訳の分からない仕事を文科省と一緒になってやりました。萩生田&文科省は自分たちのよく分からない信念と予想外に低い知的レベルでもって仕事は、したのです。

では、この鈴木という男は何をしたのでしょうか。彼はジャーナリストですが、その仕事はえらい人の言ったことを文字起こししてウェブサイトや雑誌に載せることでしょうか? 彼は萩生田氏の発言に興味を持ち、その裏を取ろうとしたのでしょうか。「大学がうそをついた」なんて、興味深いネタがそこにあるはずなのに。

彼は何もしていません。つまり、彼は「大学はうそつき」という言説を拡散するだけ拡散して真実には無頓着、ここに登場する人物で唯一、ジャーナリストとしての使命、つまり自分に与えられた天職を全うしなかったのです。

では、「鈴木顕」個人が悪いのでしょうか。それは違います。彼の名前と顔はある種の人たちのシンボルとしてここでは用いられています。

言うなれば、文科省の姿に何の疑問も持たず、ウイルス拡散のために闘い、世の中を煽動し、混乱をもたらした人々がいたのです。私たちはそれをかつて「メディア」とか「ジャーナリスト」とか呼びました。

次のレポートシリーズでは「可哀想な大学生」を創造し、その像をメディアで拡散、「大学嫌悪」を煽り多くの人々の努力と忍耐を踏み躙り、ウイルスの感染拡大に貢献した「奴ら」の姿を明らかにしていきます。

<テクニカルノート>

このレポートで用いた公文書は「ホームページで一般公開されている文書を除く、「コロナ禍における授業形態に関して文科省と各大学との間でのやりとり」に関する一切の資料及び記録(「大学等における後期等の授業の実施方針等に関する調査」関連を含む。各大学面談時の文科省側出席者の手控えや録音データとその起こし、事後の議事メモ、大学側から提示された資料、文科省側からの要請に関して大学が送付した確認メールを含むやりとり、大学側からの連絡について文科省職員間で対応を検討した際のメールや会議資料など、文科省・各大学間での連絡及びそれに関連する文科省内でのやり取りに関するものを含む全て)」として開示請求を行ったものです。公文書の名称は各種「事務連絡」通知とそれらを一斉送付したメール、それから大学学長との意見交換会発言録などです(瑣末なので省略します)。

上記、請求内容ですと「大学学長との意見交換会発言録あたりが本丸に感じられますが、この請求を行なった時点で「大学等における後期等の授業の実施方針等に関する調査関連を含む」しか、眼中になかったのです。

考えてみてください、調査結果と実際にズレが起きた場合、通常なら調査票そのものに不備があったのではないか確認するのが研究者です。それを「大学がうそをついた」と考えたり擁護したりするのはあまりにも安直でしょう。

ミスリードや曖昧の表現など、調査票そのものに何かがあったはず。この請求は実は最初からそのような思惑で行われたものでした。ちなみに「大学学長との意見交換会発言録」は黒塗りです。公文書が黒塗りだとよく騒ぎになりますが、公開可能なものの方が案外、面白い事実を明らかにするものなのです。今回の場合、調査結果は明らかにされるのに調査票は明らかにされていない。それはどういうことを意味しているのか、考えると興味深いことが見えてくるわけです。

2021/9/10 公開