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無駄な労力
:文科省調査への注釈
A-n-I/17
1 文科省の調査報告
文科省が「学生の修学状況(中退者・休学者)に関する調査【令和3年12月末時点】」を公表しました。内容は相変わらずひどく、前回と同じく点検し批判を加えていくのはほとんど無駄な労力です。文科省はそうやって批判者を減らそうとしているのでしょうか。
ひとまず、当該報告を貼り付けます。この1枚だけです。
2 おかしなこと
おかしな点を言います。まず、コロナ理由の中退について文科省報告では昨年度比で「実人数では約1.4倍」、コロナ理由の休学について「実人数では約1.3倍」とあります。
そもそも母集団となる大学生(短大生・高専生含む)の人数は変わっていますし回答率も違いますから、実人数を比較するのは意味不明です。「実人数」という表記もおかしくて「回答人数」・「回答件数」が適当です。
文科省がやりたがるので実数を比較してあげましょう。と言っても推定でしか無理です。学校基本調査をもとに補正試算をしてみました。
増加率を見ると、大体が文科省データと合うのですが1箇所だけ、中退ーコロナ理由が大きく違います。文科省が出してきた「実人数では約1.4倍(141.7%)」は補正試算をすると「1.2倍(119.9%)」と増加幅が40%から20%に半減します。
数値の評価についてですが中退はR2:0.97%→R3:0.99%で「0.02ポイント」の上昇で「若干増加」、休学はR2:2.23%→R3:2.17%で「0.06ポイント」の下落で「やや減少」です。以前示した2020年度実績は、
「少ない」(多い)判断=0.55ポイント差以上
「やや少ない」(やや少ない)判断=0.23ポイント差以上
「大きな変化は無い」判断=0.19ポイント未満
この評価実績で考えるとともに「大きな変化はない」です。前回に続き数値の変化を過大に評価しています。
上で示したようにコロナ理由は確かに増加しています。しかし、これも以前指摘した内容を再掲すれば終わりです。
また、原理的な話ですが昨年度第1波到達時点とその後何度も波があってさらに1年間、時間が経った後では後者の方がより影響の出る、つまり、学生の判断に影響するようになるのは当然ではないでしょうか。「内訳の増加」が問題ではなく、全体数の増加が問題であり、その増加は文科省の過去の判断基準で考えるなら「大きな変化は無い」なのです。
前回掲載分では第1波相当ですが、基本的に2020年度と2021年度を比較するとき、当該指摘は大概他の時期で当てはまると考えられます。
文科省がしがみつくシナリオは「コロナ禍のオンライン授業で学生たちが不適応を起こし、中退・休学が急増した!」ですが、正確には「中退・休学も変化はないが、中退・休学する学生は去年より今年の方がコロナ禍の影響を受けていると述べている」です。コロナ禍が長期化しているのですから当然のことでしょう。
3 支持されないシナリオ
中退・休学をした学生全体とコロナ理由で中退・休学をした学生について、その特徴を見てみます。「内訳」データを抽出して表を作りました(灰色は資料から引用)。項目ごとに全体での数値とコロナ理由の数値を表に落とし込み、差分をとったものです。差分(ポイント差)がマイナスなら全体よりもコロナ理由で強く出ている傾向であること、プラスならその逆、さらにポイント差について、10ポイント、5ポイント、3ポイントでそれぞれ色を変えて区切ってみました。
中退については、「学生生活不適応・修学意欲低下」がコロナ理由の大きな特徴であり、ついで「経済的困窮」があることが分かります。他方で「転学等」や「就職・起業等」はコロナ理由ではみられないようです。休学については、「学生生活不適応・修学意欲低下」がやや弱いですが特徴のようです。他方で「海外留学」「就職・起業等」「心身衰弱・疾患」「病気・けが」はコロナ理由ではみられないようです。
これらからコロナ理由の筆頭は「学生生活不適応・修学意欲低下」ということが分かります。 このことは冷静になって考えると当たり前でしょう。
コロナ禍においてこれらの項目の中で最も影響を受けたのは「学生生活」であり「修学」スタイルです。制限されたキャンパス入構や課外活動やオンライン授業などです。それらに適応した学生もいれば不適応な学生もいるでしょう。同様のことが対面授業しかなかった2019年以前にも言えます。どのような「学生生活」・「修学」スタイルでも一定の割合で不適応は生じてしまうのです。
その上で考えるべきは、この時期のキャンパスライフというものは初期設定の時点で「コロナ禍におけるキャンパスライフ」ということです。そうなると現在の大学において「学生生活」や「修学」スタイルに不適応が生じた場合、それは必然的にコロナに紐付けられます。全体の割合を見ても一角を占める当該項目がコロナと紐づけられるなら、「学生生活不適応・修学意欲低下」がコロナ理由の筆頭になってもおかしくないわけです。
また、興味を惹かれるのは上記データが「コロナ禍におけるオンライン授業で人との繋がりがなくなり精神的に病んでしまい、大学を去らなけれならくなった/休学に追い込まれた」というシナリオを支持しないということです。もしこのシナリオがデータから支持されるなら、「心身衰弱・疾患」はコロナ理由における顕著な項目になるはずです。しかしそうではないどころか、休学においては「コロナ理由ではみられない」ものとして確認されるものです。
「経済的困窮」は中退において昨年度比で割合が下がったそうです。これも当然です。2020年前半の世界的なロックダウンで経済は失速し一時的な不況ののち、持ち直しが見られるわけです。また、各大学や公的機関が経済的援助を行ってきたわけでその影響も出ているでしょう。
4 文科省への問い合わせとメディア報道
文科省は「コロナ禍において原理的に見て何が起きうるのか」という想定した上で、その想定を逸脱したデータが得られた場合、問題視すべきでした。これが基本原則となりますが、文科省は今回、母集団の数も回答率も異なる調査の特定回答件数を比較して「実人数*倍!!」という小学生並みの間違いを堂々と犯しました。それが間違いではなく、「日本国民は小学生レベルの算数の問題を間違える知的水準だから文科省の思惑通りに世論が傾くように操作してやろう」と思って行ったのなら国家犯罪です。
そういうわけで2022年3月2日に以下のメールを文科省の問い合わせ口に送りました。
立命館大学で教育学を研究しております、蒲生と申します。3月1日に公開された件名文書(https://www.mext.go.jp/content/20220301-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf)について質問です。
1 この文書では中退者について「実人数では約1.4倍」、休学者について「実人数では約1.3倍」となっています。しかしR2とR3の4-12月期の調査について回答率が異なり回答総数が違うことが理解できます。そのため、実人数での比較は原則的に不適切に感じます。文科省としてこの分析についてどのように正当化できると考えていますか
2 「中退者のうちコロナを理由とした者の内訳」を今回初めて提示したと思います。前回調査「新型コロナウイルスの影響を受けた学生への支援状況等に関する調査(令和2年 12月時点)」では「学生生活不適応・修学 意欲低下」と「経済的困窮」の前年度比増減について今回の調査と同様の傾向は見られなかったのでしょうか。また、今回、「中退者のうちコロナを理由とした者の内訳」を提示した意図を教えてください
3 前回調査「新型コロナウイルスの影響を受けた学生への支援状況等に関する調査(令和2年 12月時点)」の「中退者のうちコロナを理由とした者の内訳」について公表いただけませんでしょうか
以上、ご質問に3月3日中返答いただけますと幸いです(遅れる場合はご連絡ください。また、ご回答については少なくとも今週中にいただけますと嬉しく存じます)。いただいた回答は調査資料として利用させていただき公開を前提としますことご了承くださいませ。
よろしくお願いいたします
蒲生
返信は当然のことのようにありませんでした。これが今の文科省の全てです。
最後に文科省の報告を各種メディアがどのように報じたのか、備忘録的に残しておきましょう。基本的に「コロナ理由」で1.4倍という数字を用いて事態を大きく見せていますが、最も悪質な見出しは最後のFNNのものでしょう。「大学の中退者1937人で1.4倍に 」は明らかなフェイクニュースです。
5 付記
愚かしい者たちは、私たちの生活をミサイルとは別の方法で破壊する術を持っています。それは「算数のできない大衆」を扇動することかもしれません。
私たちは愚かしい者たちから私たちの生活を守らないといけないでしょう。それはオープンレターに署名することでしょうか。それともTwitterでそれを口汚い言葉で罵ることでしょうか。ともに違うように思います。
ポケットの中の核弾頭は遅効性の毒薬でなくてはいけません。
2022/3/6 公開
2022/3/7 一部修正
・ただし、情報開示訴訟となりますと費用的時間的コストがさらにかかり、損害賠償請求の金額もより高額になってまいります。・不法行為の事実関係を争うかどうかは別にしても、誹謗中傷をされた方も債務が膨大になる危険が高まります。
・以上のことより、私への誹謗中傷に御心お当たりのある方は早急に代理人、サイバーアーツ法律事務所 田中一哉弁護士(連絡先ウェブサイト)にお申し出いただきますようお願い申し上げます。・双方で事実関係を確認できましたら、示談も含めて法的措置のあり方を改めて検討いたします。
本ウェブサイト掲載の内容は蒲生諒太の個人研究成果です。所属機関等の公式見解ではございません。