机戦の歴史

  1. 概説

机戦がファイクレオネのどの地域でいつごろ生まれたかについては未だに十分解明されていないが、エスポーノ・ドーハによって発掘された原本スキュリオーティエ叙事詩には机戦に関する言及が一切見られないこと、現存する出土品の中で確実に机戦関連であると断定できるものがその時代より遥かに後のものしかないことなどを傍証とし、アドルプド時代前期までは遡らないというのが定説となっている。ターフ・イリーン・デクタフ(tarf ilirn dekutaf)は、自らの発掘調査で駒のようなものが出土したことを根拠にラートード時代にまで確実に遡れると主張し、有力説となったが、隣接地域において特定の文字型の付いた粘土片が発掘されたために、発掘された駒のような木片は粘土に貼り付けて後ろから圧力を掛けることで文字を転写するための木片であったと見なすのが一般的となった。


具体的にゲームの進行が記録された文献としては、最古のものとして星猫膠(pet2 ne2 bait)という人物が彼の部下と対戦した対局を記述したものが知られている(アイル文化省ヤトゥキヤ第三図書館蔵書)。

2. 現代机戦の六要件

役、手駒、皇処、皇水、踏越え、入水現代机戦(官定要件である。


3. 原初のボードゲーム、原始アツェフェーテ

原始アツェフェーテは、ファイクレオネの最初のボードゲームと伝えられており、一説にはアレス王族における戦略会議に使われた図が起源とされている。駒は縦横斜めに進め、駒を飛び越えながら相手の駒を殲滅するというゲームである。リパラオネ文化圏ではエルゼ(成りのような制度)、ピニショ(サイコロによって盤上の駒が減る制度)、必死(相手の駒を2つ取る代わりに自分の駒を1つ犠牲にする)などのルール発展をし、現代アツェフェーテが生まれた。

原始アツェフェーテの初期配置

4. 原机戦

現代アツェフェーテに繋がるこのような発展をしていったリパラオネ文化圏とは別に、ラネーメ文化圏では駒の役割が分化するという形で発展を遂げた。これがいわゆる原机戦である。原始アツェフェーテに、王(io)という駒が加わり、勝利条件が駒の殲滅からを取ることへと変化した。特定の駒を手に入れることがゲームの勝利条件になるというのは、現代机戦役(dat2)に繋がっていくこととなる。


※ dat2 という概念が文献に登場するのは、王だけではなく「特定の駒の集まり」が同様の役割を満たすようになってからのことであり、かなり時代が下ってからであることには注意が必要である。詳しくは後述の「9. 役の成立」を参照。

原机戦の初期配置

原机戦からどのように古机戦へと変遷したのかはあまりはっきりしていない。ある学者は下のような遷移を想定する。

しかしながらとりわけ強い物的証拠があるわけでもなく、また駒の動きが現代の机戦と同系統とすれば、弓が初手で敵陣に突っ込むことができ、それを解消する手立てがないというゲーム性に乏しいものである。

推移期の机戦(想定)

5. 古机戦

原机戦で起き始めた駒の役割の分化が進行し、また、よりゲームの進行を円滑とすべく最前列が1列前進した。船(muak1)という駒の成立とともに水(nua2)成立た。これは今日の皇水(tam2 nua2)の前身である。水には船以外の駒は入ることができなかった。また、船は水から出ることができず、駒も取ることができなかった。しかし、船は連続する水に自由に移動でき、船の上を経由点として連続的に移動できた。ここで、原始的な踏越えルールが成立した。

この古机戦は、現代になって再び人気を博してきており、文化省によって規則が整理され新古机戦として体系化されている。

古机戦の初期配置

6. 駒の連続的分化・動きのダイナミック化

獣(saup1)は移動する際は○の位置へ、駒を取るときは×に移動し、○の駒を取るという動きであった。しかし、動きが複雑であったために(maun1)(dau2)に分化した。

6. 1. 獣の分化

獣の動き

獣分化時点の机戦(獣机戦、八獣机戦)

6. 2. の分化

また、車(kaun1)も同質の動きであったために心(hia1)に分化し、これによって机戦の世界に「文民」が導入され、さらに後にからはが分化したとされている。

なお、獣や車の変種として「走る」ものもあった。「走る」獣は移動時には斜めにどこまでも進み(官定の皇処弓のように)、取る際には相手の駒を取り、その1マス先に移動する。「走る」車は上下左右にどこまでも進み(官定の弓のように)、取る際には「走る」獣と同様に相手の駒を取り、その1マス先に移動する。なお、1マス先が他の駒により埋まっている場合は駒を取ることができない。この場合、1マス先が盤外の場合は駒を取ることができないとする規則体系と、取ることはできるが移動した駒は消失するという規則体系が存在したとされる。

獣と車ともに走らない規則体系、車のみ走る規則体系、ともに走る規則体系が存在した。

車のみが走る規則体系においては、同時に獣の連続跳びが認められることがあった。

心机戦の初期配置(心駒説採用、心無虎配置説)

心机戦の初期配置(心駒説採用、心二無虎配置説)

心机戦の初期配置(心駒説採用、心虎配置説)

ただしこれには異説もあり、たとえば、ヴィオク・ユミーレ(viokk.jumirle)は、心という語こそ文献に見られるが、具体的な移動法などを記した一次資料は最近のものしか存在しないことから、単一の駒として存在したことはなく、あくまで現代のなどを総称する呼称であったとしている。この説を取れば、は心を経由せずに車、巫、筆の三つの駒に分化したことになる。

心机戦の初期配置(心駒説非採用)

6. 3. 判定

このように分化が連続的に進行したことによって盤面が過密となり、競技進行が遅くなった。そのために駒の動きをダイナミックにし、これを改善することが考えられた。

船に固有の機能であった入水、踏み越えの足場といった機能は一般化され、いかなる駒でも入水することができ、また、足場となることができるようになった。

当初は水の中の駒しか踏めなかったが、後にこの制約は消失した。

また、この頃には、リパラオネ圏でのピニショ制度の影響か、裁(xy1)(投げ棒)を用いた乱数要素である、入水判定踏越え判定などが追加された。

このルールの追加には一般化された入水と踏越えによって競技のバランスが崩壊することを防ぐ目的もあった。

7. 筆弓交換・皇処成立

「文民」らは、空いたスペースに押し込まれたために、書記官であるが、弓兵であるより前線にいるという状況を生んだ。これが不自然と見なされたためであろうの位置が交代した。また、文民の流入から、皇処(tam2 hue)の概念が発生したが、まだ盤面上の特定の位置でしかその力は発揮されないものだった。

筆弓交換後の机戦

皇処成立、図は皇処を採用するが、皇山は未成立であり、皇水であった可能性もある

8. 皇机戦

固定的な皇処から発展し、皇(tam2)が駒として独立した。これにより、皇の周囲も皇処となり、皇処は固定的なものと、移動するものの二種類が同居するようになった。

この規則の追加によって、それまで皇処に入ることができなかった馬なども皇処に入ることができるようになった。

同時にこの頃、地方ルールとして手駒(hop1 zuo1)規則が導入され始め、色の概念が曖昧となった。


9. 役の成立

手駒の成立に伴い、それまでだけだった役が、特定の組み合わせに応じて点数を受ける制度へと変化した。点数制への移行が比較的速やかに行われた背景としては、禁じ手を減点方式にして定着させるという目的があったことが挙げられる。これは土着宗教である皇論(tam2 zui1)において、心を不当に圧すること(心圧)が嫌われたためである。また、盤上の駒の色分けを敵味方の区別ではなく、同色役という加点役の材料とすべく、色を混ぜてゲームがされるようになった。こうして、現在の机戦が完成した。


10. 古計算法

それぞれの駒に対して以下の点数を付与し合計を求め、さらにそれぞれの役に対しては構成駒の2倍(兵の絡む役や2つの駒から構成される役)または4倍(その他の役)を加点する、という方法であった。地方によっては、「兵の絡む役や2つの駒から構成される役は3倍、その他の役を5倍として、役を構成していない駒の点数は計上しない(イ)」というルールを用いたり、「役に対しては3倍や5倍、役に関与してない駒だけを追加で足す(ロ)」というルールを用いることもあった。


0.1

0.2

0.3

0.4

0.4

0.5

0.5

0.6

0.6

1.0


たとえば、黒虎・黒兵・赤船・赤弓・黒兵・赤兵・黒車・赤虎・黒馬が手駒にある際は、2倍・4倍ルールにおいては、最初にすべての駒の点数を足して0.6+0.2+0.1+0.4+0.2+0.2+0.5+0.6+0.4=3.2とし、これに馬弓兵が (0.4+0.4+0.2) × 4 = 4.0、行行が (0.5+0.4+0.1) × 4 = 4.0、同色獣が (0.6+0.4) × 2 + 2 = 4.0、同色助友が (0.5+0.2+0.2) × 2 + 2 = 3.8が加わり19点を計上する。一方3倍・5倍ルール(イ)においては馬弓兵が (0.4+0.4+0.2) × 5 = 5.0、行行が (0.5+0.4+0.1) × 5 = 5.0、同色獣が (0.6+0.4) × 3 + 2 = 5.0、同色助友が (0.5+0.2+0.2) × 3 + 2 = 4.7 で19.7点を計上する。というものであった。このように、比較的煩雑な方法であったこともあり、簡便な計算法が求められた。


11. 様々な役

このような民間で流布している遊びの常として、役の体系には様々なものがある。その中で特に注目に値するものについて記載する。


11. 1. 連獣連体系

王、将巫筆 (876)、馬虎 (54)、車弓兵 (321) を基本とする体系。これに加え、船の使い道を確保するために乗り物を集めた船車馬 (035) が採用されていたり、兵の価値を高めるために兵にまつわる役が何個か足されていることが多かった。


11. 1. 1. 三連体系

上記連番体系を一般化して、3つの連続する駒を役とすることがあった。具体的には以下の通りである。

王、将巫筆、巫筆馬、筆馬虎、馬虎車、虎車弓、車弓兵、弓兵船

それぞれの点数は、前述の古計算法により、次のようになる(実際は必ずしもこの通りというわけではなかったようだが)。

2倍・4倍ルール:2 | 5.6 | 4.8 | 5.2 | 6 | 4.4 | 2.8

3倍・5倍ルール:3 | 7 | 6 | 6.5 | 7.5 | 5.5 | 3.5

しかしながら、馬の価値が高くなりすぎるためか、あまり普及はしなかったようである。


11. 2. 具象役

光戦王集:将馬弓兵のようなモチーフを具象するような役を多く持つ体系を具象役と呼ぶ。この役は地方や年齢といった社会的要因によって著しい差異が見られた。

12. 硬皇力

硬皇力は車のみ走り、獣は走らない規則体系から分化したと見られる移動法体系で、車が官定の皇処弓のような動きをすることや、すべての駒について皇処の動きが通常の動きよりも強いことなどが際だって特徴的である。タウポ地域の若中年層を中心に流行したルールであるが、このような性質のために「流行もの」とみなされてしまい、官定にはあまり影響を与えなかった。しかしながら実際には、古机戦からの別系統の分化であり、一概に「流行もの」とはみなすことは難しく、軽視できない。


なお、硬皇力の概説は、本連盟が日本語でまとめたものを用意しているので、そちらも参考にされたい。


13. アイル共和国の建国と官定(y1 huap1) の成立

ピリフィアー暦2002年にアイル共和国が建国されたが、その体制は初めは極めて不安定なものであった。そういった背景やアイル語を国家言語として強制する政策が2005年の某事件などを招いたこともあり、言語・文化政策の改善は急務であった。そのため比較的体制の安定した2006年頃に至ると、統合を象徴する文化遺産として「机戦」が意識されるようになり、統一規則を定めるべく議論が加速した。

机戦が多民族統合を象徴している側面として顕著なのは、馬弓兵という役の採用である。この役は非常にヴェフィス的であって、アイル共和国全体を見たときに採用されている割合は決して高くなかった。しかしながら、もともとパイグの色の濃い机戦を「統合を象徴する文化遺産」という地位に押し上げるためには、一目見てヴェフィス的である馬弓兵という役を導入することが欠かせなかった。

また、地心と必ず重複して成立する筆兵無傾という役の採用も特徴的である。多くの規則体系では地心と筆兵無傾は相補的に運用されていたが、官定では連獣連体系をベースとしながらも部分的に具象役を取り込んだために、この二役は同居することとなった。筆兵無傾の採用には、当然ながらアイル共和国の標語を反映したいという思惑が見え隠れする。

そのような政治的背景もあったが、本質的にルールが多様であったことが統一規則制定の最大の経緯である。「大移動」以前から机戦は広範囲に分布し、それぞれの地方ごとに少しずつ違ったものが採用されていた。それらの多様性が旧ラネーメ王朝皇帝領諸島部(今のPMCF)に一気に押し寄せたことにより、今まであまり意識されてこなかったルール差に目が向くようになった。特に、文化省大臣タカマ・ソラナが「酒を飲むも裁を打つも、皆々心在りての事」と評したように、当時の荒廃した国内では特に博打を打つものが多く、ルール差が金銭トラブルをもたらし、喧嘩に発展することが毎日のように発生していた。『官定机戦論』(y1 huap1 cet2 kaik zui1)の冒頭では「いまパイグ将棋のルールはとても多く、(ピリフィアー紀元前5122年にアレス王国国王アレス・リンが文字を統一する前に大量の文字変種があって意思疎通の妨げになっていたのと同様に)身分の上下を問わず混乱が発生している。」と述べられている。

そのような経緯で成立したのが、統一ルールブック AIL PANIT LETI CETKAIK LETI KULANTE(アイル統一セットカイクの書)である。この書が東島通商語で書かれたことの意義は大きい。

y1 huap1 cet2 kaik zui1 (針谷諒太所蔵のレプリカ資料)

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