物質をを強い光で駆動することで、平衡状態では思いもよらない状態の誘起や系の情報の獲得が可能になります。近年、多体電子系と高強度光場が織りなす物性が急速な拡がりを見せています。このような背景のもと、村上は強相関電子系と秩序相の非平衡物性の理論研究を行なっています。国内外の理論・実験グループと協力し、実験報告されている様々な非平衡現象の解明、強い光を介した物性の観測法の確立、新規非平衡状態や非平衡現象の探索とそのメカニズムの解明を目標に研究を進めています。また、非平衡物性の研究では理論手法の開発も重要であり、この側面の研究も行っています。
物質をレーザーで駆動し非平衡状態にすることで、物性の超高速制御や平衡状態とは異なる性質を示す新しい状態の生成が可能になります。特に、電子相関が重要な役割を果たし、超伝導や磁性などの顕著な物性を示す系の制御は、技術的にも重要な課題です。そのため、量子多体系と光の織りなす物理を理解し光による制御法を開拓していくことが求められています。しかし、一概に、光による物性制御と言っても、注目する自由度や時間スケールに依存して、さまざまなシナリオが考えられます。例えば、周期外場を用いるフロッケエンジニアリング、非線形フォノニクス、光ドープ効果などの制御法が考えられています。このような、さまざまな自由度・スケールの物理が重要になることが量子多体系の非平衡物性の難しさであり、面白さでもあります。
私はこれまで特に、超伝導や励起子絶縁相といった秩序相の光制御の研究をさまざまな観点から進めてきました。例えば、超伝導における非線形フォノニクス制御[1]や励起子絶縁相のコヒーレント制御[2,3]、さらにはMott絶縁体における光ドープ効果と隠れた相の研究[5,6,7]を行なっています。近年、理論手法の開発も進んでおり、これまで扱いの難しかった物質やセットアップの解析が可能になってきています。これにより、新しい光制御法や非平衡相の探索が加速していくことが期待されます。
Y. Murakami, N. Tsuji, M. Eckstein and P. Werner, Phys. Rev. B 96, 045125 (2017), Editors' suggestion.
Y. Murakami, D. Golež, T. Kaneko, A. Koga, A. J Millis, P. Werner, Phys. Rev. B 101, 195118 (2020), Editors’ suggestion.
P. Werner, Y. Murakami, Phys. Rev. B 102, 241103 (2020), Rapid communication.
Y. Murakami, D. Golez, M. Eckstein and P. Werner, Phys. Rev. Lett. 119, 247601 (2017).
Y. Murakami, S. Takayoshi, T. Kaneko, Z. Sun, D. Golež, A. J. Millis and P. Werner, Comm. Phys. 5, 23(2022).
Y. Murakami, S. Takayoshi, T. Kaneko, A. M Läuchli and P. Werner, Phys. Rev. Lett. 130, 106501 (2023), Editors' suggestion.
村上 雄太、金子 竜也、高吉 慎太郎 “光ドープ Mott 絶縁体系における準定常相”
固体物理解説記事 (2024年4月号)
自発的対称性の破れた秩序相では、秩序相の性質を反映する集団励起モードは発現します。例えば、磁性体におけるマグノンや超伝導体におけるヒッグス(振幅)モードはその顕著な例と言えます。これらの励起モードを観測することで、秩序相の起源や声質に迫ることができるため、その光応答を理解することは重要です。
我々はこれまで超伝導体[1,2]や、その兄弟である励起子絶縁相[3]、に注目し強相関効果や秩序相の起源の集団励起モードへの影響を明らかにしてきました。また、ケンブリッジ大の実験グループとの共同研究では励起子絶縁体の候補物質Ta2NiSe5において励起子凝縮に由来する位相モードを示唆する特異な励起モードの観測を報告しています[4]。さらに、集団励起モードはしばしば、光起電効果や第2,3高調波発生などの非線形光学過程、に顕著な影響を及ぼすため、その効果を明らかにすることが求められています[2,5,6]。
Y. Murakami, P. Werner, N. Tsuji, and H. Aoki, Phys. Rev. B 93. 094509 (2016).
N. Tsuji, Y. Murakami, and H. Aoki, Phys. Rev. B 94. 224519 (2016).
Y. Murakami, D. Golež, T. Kaneko, A. Koga, A. J Millis, P. Werner, Phys. Rev. B 101, 195118 (2020), Editors’ suggestion.
P. Andrich, H. M Bretscher, Y. Murakami, D. Golež, B. Remez, P. Telang, A. Singh, L. Harnagea, N. R Cooper, A. J Millis, P. Werner, AK Sood, A. Rao, Sci. Adv. 7, eabd6147 (2021).
D. Golež, Z. Sun, Y. Murakami, A. Georges, A. J Millis, Phys. Rev. Lett. 125, 257601 (2020).
T. Kaneko, Z. Sun, Y. Murakami, D. Golež, A. J. Millis, Phys. Rev. Lett. 127, 127402 (2021).
高次高調波発生(HHG)とは、周波数Ωの光で物質を強励起することでnΩの光が生じる非線形現象です。HHGはレーザー周波数の変換へ応用され技術的にも重要ですが、強い電場と物質がもたらす基本的な現象でもあり学術的にも重要です。古くは原子ガス系で観測された現象ですが、近年、固体中、特に半導体、でも観測され大きな注目を集めています。半導体のHHGは強外場によって励起される電子と正孔の運動に起因するため、ベリー曲率やエネルギー分散などのバンド構造観測への応用も期待されています。より最近では、半導体以外の物質からのHHGの探索が加速しています。
我々は世界に先駆け強相関電子系からのHHGの可能性に注目し、理論的な研究を進めてきました[1]。強相関電子系の励起構造は半導体と異なり自由な電子と正孔では記述できないため、どのような HHG が発生するのか、その起源は何か、半導体とはどう異なるのか、どのような情報が詰まっていて HHG を励起構造の観測法に使えるのか、といった様々な興味深い問題が生じます。これまで、我々は基礎的な理論模型のHubbard模型で記述されるMott絶縁体を解析し、HHGの特性を明らかにしてきました。特に、HHGの起源が半導体の電子・正孔とは異なる性質を持つ多体系特有の素励起であるダブロンとホロンの運動と関連づけられることを示し、強相関系のHHGが多体の素励起観測に応用できる可能性があることを明らかにしました[2,3] 。さらには、強相関系特有の電荷スピン結合がHHGの温度依存性や次元性依存性に顕著な振る舞いをもたらすことも明らかにしています[4,5]。また、多軌道強相関系やスピン系[6]からのHHGも調べ、ストリング状態やマグノン励起といった各々の系に特徴的な励起構造がHHGに反映されることを明らかにしました。近年、実験的にもCa2RuO4のような強相関電子系のHHGが観測され始め、半導体からのHHGとは全く異なる特性が報告されています。基本模型を超えたより現実的な模型を解析することで、強相関電子系のHHGの理解を発展させることが求められています。
村上 雄太 “強相関電子系における高次高調波発生”
固体物理解説記事 (2024年3月号)
Y. Murakami, M. Eckstein and P. Werner, Phys. Rev. Lett. 121, 057405 (2018).
Y. Murakami, S. Takayoshi, A. Koga, P. Werner, Phys. Rev. B 103, 035110 (2021).
Y. Murakami, K. Uchida, A. Koga, K. Tanaka and P. Werner, Phys. Rev. Lett. 129, 157401 (2022).
Y. Murakami, T. Hansen, S. Takayoshi, L. Madsen, P. Werner, arXiv:2407.01936
S. Takayoshi, Y. Murakami, P. Werner, Phys. Rev. B 99, 184303 (2019), Editors’ suggestion.
多体問題は平衡ですら扱いは容易ではありません。ましてや非平衡においては、さらに手法が限られてきます。そのため、相関電子系の非平衡物性の研究では、新手法の開発の推進が重要になります。我々は、これまで非平衡グリーン関数法、特に強相関電子系の有力手法である非平衡動的平均場理論(DMFT)、を礎に非平衡手法の開発やその精度評価を行なってきました。例えば、電子フォノン系における過渡状態や非平衡定常状態のための非平衡DMFTとMigdal理論を組み合わせた手法の定式化と実装を行い、フォノン由来強結合超伝導におけるHiggsモードの性質やフォノン励起の非平衡超伝導への影響の議論を可能にしました[1,2]。また、強結合展開を用いたFloquet DMFTの定式化と実装を行い、周期外場下のMott絶縁体の性質の系統的な研究やHHGの研究を可能にしました[3]。さらに、理論手法と実験との直接比較も行なっており、周期外場下の強相関系の振る舞いを冷却原子系の実験と非平衡DMFTで比較し、ダブロン(二粒子占有サイト)の変化を比べることで、理論手法の信頼性を実証しました[4]。これらの非平衡グリーン関数法のコードの一部は、オープンライブラリNESSi(The Non-Equilibrium Systems Simulation package )で公開されています[5]。より最近では、。量子化テンソルトレインと呼ばれる量子インスパイヤド法の一種をグリーン関数法へ応用することで、より高効率な計算手法の開発にも取り組んでいます[6,7]。
Y. Murakami, P. Werner, N. Tsuji, and H. Aoki, Phys. Rev. B 91, 045128 (2015).
Y. Murakami, N. Tsuji, M. Eckstein and P. Werner, Phys. Rev. B 96, 045125 (2017), Editors' suggestion.
Y. Murakami and P. Werner, Phys. Rev. B 98, 075102 (2018).
K. Sandholzer, Y. Murakami, F. Görg, J. Minguzzi, M. Messer, R. Desbuquois, M. Eckstein, P. Werner, T. Esslinger, Phys. Rev. Lett. 123, 193602 (2019).
M. Schüler, D. Golež, Y. Murakami, N. Bittner, A. Herrmann, H. UR Strand, P. Werner, M. Eckstein, Computer Physics Communications 257, 107484 (2020).
H. Shinaoka, M. Wallerberger, Y. Murakami, K. Nogaki, R. Sakurai, P. Werner and A. Kauch, Phys. Rev. X 13, 021015 (2023).
品岡 寛、村上 雄太、野垣 康介、櫻井 理人 “Quantics tensor trainに基づく多スケール時空仮説と場の量子論”
日本物理学会誌 最近の研究から (2024年2月号)