表現の余白をめぐって 2024
誰かが描いたどこかの絵に、人それぞれの意味が積もっていく。
表現の余白をめぐって 2024
誰かが描いたどこかの絵に、人それぞれの意味が積もっていく。
表現の余白について
例えばある風景の絵の、落とした影の中に、飛ばす光の先に何があるか。私は私の主観で見、貴方は貴方の主観で見る。そこに私たちの余白がある。そういう余白が、互いの底知れなさが、淋しさになり、豊かさになる。
匿名について
匿名の風景を描き、キャプションに名前はなく、無地の服を着て、置いたノートを開く貴方と話がしたい。
風景について
世界に風景は無い。世界を主観で切り取ることでそれは初めて風景になる。私が切り取る風景は、私自身を映している。風景は私の鏡である。
景色について
気になる風景、好きな形、心地のいい居場所、言葉選び、ルーティーンとその外し方、創作、靴紐を左足から結ぶこと。それらによって、見えない景色を、いない誰かを、私自身を象っている。