研究内容

反強磁性体におけるX線磁気円二色性

X線を試料に照射するとエネルギーに依存した吸収度を示します。入射するX線を円偏光にして磁性体試料に入射すると、左回りと右回りの円偏光で吸収度が変化する現象が起きることがあります。この現象はX線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism; XMCD)と呼ばれるもので、円偏光の光スピンと試料の磁化方向に依存して吸収度が異なることに由来します。

XMCDは磁化のある強磁性体で良く観測される現象ですが、反強磁性体でも磁化が完全に打ち消し合わないフェリ磁性体や寄生強磁性体でも残っている磁化に応じて観測されることがあります。しかし、磁化が完全に打ち消し合っている反強磁性体ではXMCDは発現しないと思われてきました。

本研究では、磁化が打ち消し合っているある種の反強磁性体ではXMCDが発現しうることを理論的に提唱しました。例えば、120度反強磁性体では磁気モーメントが完全に打ち消し合っています。もし、結晶場の影響によって電子軌道の縮退がとけていると、各サイトの磁気モーメントと電子軌道の量子化軸の関係からTz項とよばれる磁気双極子モーメントに由来するXMCDが打ち消さずに残りえることを示しました。このような磁気構造や電子軌道の配置が反強磁性体Mn3Snにおいて実現しており、XMCD信号が実際に発現することを実証しました。

【関連論文】
Y. Yamasaki, H. Nakao, and T.-h. Arima, J. Phys. Soc. Jpn. 89, 083703 (2020)
M. Kimata et al., Nature Communications 12, 5582 (2021)

透過型共鳴軟X線散乱による磁気スキルミオンの観測

スキルミオンは、半世紀前に素粒子物理学において、理論的に導入された仮想粒子ですが、空間反転対称性の破れたカイラル磁性体において、それと似た性質をもつ準粒子が生成されることが近年発見されました。このスキルミオンが三角格子状に整列したものがスキルミオン格子と呼ばれています(図)。ひとつのスキルミオンの中には電子スピンが渦巻き構造を作っており、そのスピンベクトルの始点を集めるとベクトルの終点が球の全方位を覆うようにあらゆる方向を向いています。このスキルミオン格子は中性子小角散乱やローレンツ電子顕微鏡によって実際に観測されてきましたが、我々は新たな観測手法として透過型共鳴軟X線小角散乱という手法に着目し、計測装置の開発を行ってきました。磁気スキルミオンの観測に加え、電場や電流、光照射などの外場に対するスキルミオン格子の応答も調べています。

【関連論文】
Y. Yamasaki, et al., Phys. Rev. B 92, 220421(R) (2015)
Y. Okamura et al., Phys. Rev. B. 96, 174417 (2017)
Y. Okamura et al., Phys. Rev. B 95, 184411 (2017)
R. Takagi, et al., Nature Communications 11, 5685 (2020)
V. Ukleev, et al., Phys. Rev. B 102, 014416 (2020)
V. Ukleev, et al., Phys. Rev. Res. 3, 013094 (2021)
V. Ukleev, et al.,
npj Quantum Materials 6, 40 (2021)


インラインホログラフィによる軟X線光渦の観測

一方向に進行する光は通常、波面を平面に保ちながら進みます(平面波)。一方で、波面が光軸に対してらせん状に回転しながら進行していく光を、光渦と呼びます。光渦 は、中心に位相が定義できない位相特異点の存在や、波面の回転により生じる軌 道角運動量を持つなど、平面波には無い特殊な性質を持ちます。可視光領域では、 このような光渦が古くから研究されており、上記の性質を利用した様々な応用が期待されています。
 軟X線領域の光渦を生成し、その位相情報を観測するために、インライン型ホログラフィー顕微手法を開発しました。この実験では、軟X線を集光素子(フレネルゾーンプレート)により集光します。集光点を過ぎると軟X線は発散していきますが、その途中にフォーク型回折格子を設置します。更 に下流に2次元検出器を設置することで、回折格子より生成された軟X線渦ビームと回折格 子の周りを通り抜けてくる参照光との干渉パターン(ホログラム図形)を観測することがで きます。この干渉パターンには、通常のX線散乱では観測できない位相情報が含ま れています。渦ビームの位相情報を取り出すためには、干渉パターンのうち干渉項だけを 取り出し、参照光の位相部分を取り除くことが必要です。このような操作を周波数フィル タリングと呼び、これを行うことでℓ = ±1の渦ビームに対してらせん状に回転する位相分布の観測に成功しています。

【関連論文】
Y. Ishii et al., Phys. Rev. Applied 14, 064069 (2020)
Y. Ishii et al., Scientific Reports 12, 1044 (2022)

計測インフォマテイクス:スパース位相回復アルゴリズム

可干渉なコヒーレント軟X線を用いたX線回折図形を逆フーリエ変換すると実空間像を再構成することが可能です。しかし、回折図形は実空間における磁気モーメントの空間分布像をフーリエ変換した絶対値として観測されるため、実空間像に戻すためには位相情報を回復する必要があります。位相情報を得る方法としてオーバーサンプリング条件を満たす試料を用いて反復フーリエ変換によって求める位相回復アルゴリズム法が知られています。この手法は、反復的にフーリエ変換と逆フーリエ変換を繰り返す過程において逆空間では測定した回折図形を、実空間では測定対象の試料が存在する範囲を束縛条件として課すことで最終的に実像が得られる解析手法です。高精度な回折像のデータからは真の解が得られることが知られていますが、実際の実験ではダイレクトビームキャッチャによる低角領域の情報欠損や統計誤差などの影響を考えなければなりません。本研究では磁気スキルミオンを対象に、磁気モーメント分布のスパース性に着目し、スパースモデリングに基づく位相回復法(スパース位相回復法)を適用し、精度の良くない計測データからの磁気スキルミオンの可視化を試みました。モデル画像を用いたシミュレーションでは、従来アルゴリズムと比較しても高精度に磁気スキルミオンの可視化ができる結果が得られることを確認しています。また、磁区画像のようにドメイン壁がスパースに存在する画像に対しては、Totaol variation正則化と呼ばれるスパースモデリングが有効であることを実証しました。

【関連論文】
Y. Yokoyama, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 91, 034701 (2022)
Y. Nakanishi-Ohno and Y. Yamasaki, J. Phys. Soc. Jpn. 89, 094804 (2020)
山崎裕一、日本結晶学会誌 62 [1] 10-16 (2020)
Y. Yokoyama, et al.,
J. Phys. Soc. Jpn. 88 [2] 024009 (2019)

反射型共鳴X線散乱による4f系磁気スキルミオンの観測

【関連論文】
T. Kurumaji et al., Science 365, 914 (2019)
M. Hirschberger, et al., Nature Communication 10, 5831 (2019)
N. D. Khanh, et al., Nature Nanotecnology 15, 444–449 (2020)
M. Hirschberger, et al., Phys. Rev. Lett. 125, 076602 (2020)
M. Hirschberger, et al.,
Phys. Rev. B 101, 220401(R) (2020)
N. D. Khanh, et al., Advanced Science 9, (10), 2105452 (2022)