発表論文

2022年

Lipids in photosynthetic protein complexes in the thylakoid membrane of plants, algae, and cyanobacteria

A Yoshihara, K Kobayashi

Journal of Experimental Botany 73 (9), 2735-2750, 2022

https://doi.org/10.1093/jxb/erac017

近年の解析技術の向上により、光合成電子伝達複合体の構造が様々な生物種において次々と明らかにされており、複合体中に多くの脂質分子が含まれることが分かってきています。この総説論文では、シアノバクテリアから植物にわたって多様な種から報告されている光合成電子伝達複合体の構造を脂質分子に着目して網羅的に調べることで、各複合体に含まれる脂質分子の数や配置が異なる生物間でどのように保存され、どのように異なっているのかを明らかにしました。特に、光化学系IIや光化学系Iの反応中心近傍にある脂質分子は、シアノバクテリアから陸上植物に至るまで全般的に高度に保存されている一方、LHCアンテナに含まれる脂質は藻類と陸上植物では多様性が認められることが分かりました。この結果は、反応中心の機能は厳密に保ちつつ、アンテナの多様性を広げることで多様な環境に適応してきたことが、複合体に含まれる脂質レベルでも起こっていることを示唆しています。


Photosynthesis and cell growth trigger degradation of phycobilisomes during nitrogen limitation

A Yoshihara, K Kobayashi

Plant Cell Physiol. 63 (2), 189-199, 2022

https://doi.org/10.1093/pcp/pcab159

窒素固定を行わないタイプのシアノバクテリアは、窒素を欠乏すると「フィコビリソーム」とよばれる巨大な光合成アンテナタンパク質複合体を分解します。窒素欠乏時のフィコビリソーム分解の生理的意義は、主に光合成と細胞増殖の点から、次の二つが考えられています。一つ目は、光を集めるアンテナを縮小して窒素欠乏下で必要以上の光エネルギーを吸収してしまうことを防ぐことです。二つ目は、巨大な有機窒素源であるフィコビリソームを別の必要な窒素化合物にリサイクルすることです。しかしながら、窒素欠乏時のフィコビリソーム分解と光合成、細胞成長の三者の関係性についてはあまり注目されず、ほとんどわかっていませんでした。そこで、本研究では、シアノバクテリアの一種であるSynechocystis sp. PCC 6803を用いて、窒素欠乏時のフィコビリソームの分解と光合成、細胞増殖との関係について調べました。まず、フィコビリソーム分解と光合成の関係を明らかにするために、窒素欠乏下で光合成活性を薬剤や弱光処理によりに低下させたところ、フィコビリソームの分解が抑制されることを見出しました。一方で、光合成の阻害は細胞増殖も同時に抑制したことから、次に、細胞増殖がフィコビリソーム分解に与える影響を調べました。阻害剤や低温処理、リン欠乏条件により細胞増殖を抑制すると、窒素欠乏時のフィコビリソームの分解が抑制されましたが、同時に、光合成活性も低下することが分かりました。以上の結果から、窒素欠乏時のフィコビリソーム分解が、細胞を取り巻く窒素源の濃度だけでなく、光合成や増殖の活発さに応じて引き起こされること、さらに、光合成と細胞増殖は互いに密接に関連し合い、フィコビリソームの分解量を決めていることが明らかになりました。

2021

Plastid anionic lipids are essential for the development of both photosynthetic and non-photosynthetic organs in Arabidopsis thaliana

A Yoshihara, N Nagata, H Wada, K Kobayashi

Int. J. Mol. Sci. 22 (9), 4860, 2021

https://doi.org/10.3390/ijms22094860

リン脂質の「ホスファチジルグリセロール(PG)」と糖脂質の「スルフォキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)」は、極性頭部に負電荷をもつ「酸性脂質」であり、チラコイド膜を構成する脂質の約2割を占めます。これまでに調べられてきた全ての光合成生物において、PGは光合成に必須である一方、SQDGの必要性は種によってさまざまであることがわかっています。植物では、PGSQDGが光合成を行わない色素体にも含まれていることが知られていましたが、それらが「非光合成器官」の生育や機能に必要なのかどうかは不明のままでした。また、植物がリン欠乏条件で合成するもう一種類の酸性脂質「グルクロノシルジアシルグリセロール(GlcADG)」の役割もよくわかっていませんでした。そこで、本研究では、PGSQDGGlcADGの機能的な関係を明らかにするために、これら脂質の合成を欠損したシロイヌナズナの変異体を詳細に解析しました。その結果、PGSQDGの色素体での合成を両方とも完全に欠損した変異体では、光合成とは独立に、根、胚軸、胚の発達が阻害され、これらの脂質が光合成器官だけでなく非光合成器官の発達にも必要とされることが見出されました。さらに、リン欠乏で生じるようなPGの欠乏条件において、SQDGPGの光合成での役割の相補に必須だが、GlcADGは必須ではないことが明らかになりました。



脂質代謝が印す葉緑体の進化と多様性

小林康一、吉原晶子

BSJ-Review 12, 23-37, 2021

https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-Review_12A_23-37.pdf

葉緑体の起源はシアノバクテリアであるとする細胞内共生説が主流であり、その根拠の例として、葉緑体とシアノバクテリアの膜を構成する脂質の非常に特徴的な組成の共通性や、光合成電子伝達系複合体の構成成分としての脂質分子の機能の高い保存性が挙げられます。

しかしながら、MGDGの合成経路が両者で異なる点や、植物のDGDGSQDGの合成酵素はシアノバクテリアの一次共生由来ではないと推測されている点から、植物がシアノバクテリアと同じ脂質組成を遺伝子レベルでどのように獲得したのかは未だに不明です。

本総説論文では、シアノバクテリアと葉緑体の膜脂質の合成経路やそれに関わる酵素遺伝子を比較し、また、葉緑体の進化の過程で脂質が果たしてきた普遍的な役割や独自に獲得された多様な機能についての最新の見解を紹介します。さらに、糖脂質合成系をシアノバクテリアの一次共生で獲得してから糖脂質を葉緑体の機能以外に使うように進化したとは限らず、植物の祖先の細胞が、一次共生前からすでに糖脂質合成系を持ち、糖脂質を利用していたと考える仮説についても紹介します。

2020

Relationship between glycerolipids and photosynthetic components during recovery of thylakoid membranes from nitrogen starvation-induced attenuation in Synechocystis sp. PCC 6803

K Kobayashi, Y Osawa, A Yoshihara, M Shimojima and K Awai

Front. Plant Sci. 15 (11), 432, 2020

https://doi.org/10.3389/fpls.2020.00432

窒素固定を行わないタイプのシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803では、窒素欠乏条件でチラコイド膜のサイズや機能を縮小しますが、窒素源を与えると速やかに回復します。本研究では、Synechocystis sp. PCC 6803のチラコイド膜の機能がどのように窒素条件に応じて調節されるのかを理解するために、窒素欠乏および回復過程のチラコイド膜構成要素や光合成活性の変化を調べました。窒素欠乏の細胞では、フィコビリソーム含量、光化学系IIタンパク質レベル、光合成活性が、窒素十分条件の細胞に比べてかなり減少しました。また窒素欠乏条件では、クロロフィルa含量、総タンパク質量、総ガラクト脂質量も、細胞密度を反映するOD730当たりでは減少した一方で、溶液量当たりとなると、クロロフィルa含量と総タンパク質量はほとんど一定に維持され、さらに総ガラクト脂質量は増加すらしたため、窒素欠乏条件でこのようなチラコイド膜構成要素が細胞レベルで減少するは、細胞増殖による希釈が主な原因だと示唆されました。窒素を与えると光合成活性が速やかに回復し、光合成色素と光合成タンパク質レベルも完全に回復しました。光化学系IIIの両方の構成に必須とされる脂質であるホスファチジルグリセロール(PG)の含量は、窒素添加後、クロロフィルa含量よりも速く増加した一方で、チラコイド膜の脂質二重層の主成分である糖脂質の含量はゆっくりと回復したため、光合成機構の構築やチラコイド膜の再構成におけるPGと糖脂質の異なる調節が示唆されました。注目すべきことに、窒素添加で回復するときにPGを生育培地に与えると、野生株の細胞でクロロフィルaの蓄積がわずかに加速しました。PGがクロロフィルaの生合成と機能的な光化学系複合体の形成に必要とされたので、窒素源獲得に応じた急速なPGの生合成は、チラコイド再生時の光合成機構の急速な構築に必要なのだろうと見出されました。