深い、夜の暗闇に浮かぶ、いくつかの街灯。
車のヘッドライト。家の明かり。
そんな世界が見渡せる、明かりを消した一室のアパートでは。
真夜中であるにも関わらずコーヒーメーカーが豆を挽いていた。
機械の出す音と振動は、この部屋全体を小刻みに揺らしていたが。
部屋の主である女は気にせずパソコンに向かってキーボードを叩く。
パソコンモニターには、海外からの中継映像が映っていた。
その国はまだ真昼らしく、太陽が煌々と海岸線を照らす様子が女の目にも映っている。
中継映像の隣にはコメント欄があり、日本人からのコメントが大量に流れているのがわかる。
コメントのほとんどは楽天的な内容だったが、一部の卑屈なコメントが時折、目に入る。
だが誰もそんなコメントには反応を示さない。
みんなして、あえて笑えるようなコメントを出して場を和ませているかのようだった。
動画の右下にあるカウンターが、残り五分を切った。
その頃になってようやく、コーヒーメーカーから香ばしい豆の香りが漂い始め、電子音。
女は席を立ち、食器棚から白いマグカップを取り出した。
マグカップには星の模様がプリントされている。
長年使っているマグカップなのか、持ち手の部分が少し欠けていた。
冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、コーヒーメーカーの淹れたてコーヒーをマグカップに注ぐ。
温かな湯気が立ち上った。
半分ほどコーヒーを注いでから、残り半分を牛乳で埋める。
湯気はすぐに消えた。
出来上がったカフェオレを手に、彼女は再びパソコンの前に座る。
マグカップに口をつけ、一口。それから窓の外を見る。
夜空には月が浮かんでいた。
今日は雲ひとつない夜で、満月。
この偶然になにか神がかったものを感じて、足元からふわふわとした感覚が上ってきた。
まるで酔っ払いのように、頭が少しぐらつく。
この世界で、人にできないことはないと思われていた。
人は永遠の命を手に入れたし、宇宙旅行も実現し、人工物で作られた食事も流通している。
面倒な仕事はみんなロボットに任せて、自分のしたいことをやっているし。
最近は保護だといって、絶滅危惧種を宇宙の船に移送、隔離していたりもする。
空の車と地上の車はうまい具合に混雑を回避しているし、自動運転でどんな人でも車移動。
この世界の人々は、進歩していく技術にもう遅れは取らないだろう。
そう思われていた。
そんな世界は、ある深刻な事態に直面していた。
太陽の寿命が、尽きようとしていたのだ。
太陽が死んだ後、この宇宙はどうなるかわからない。
太陽に代わる熱源は見つかっていないし。
太陽の寿命が尽きたら起こるだろう様々な事態だけはいくらでも思いついた。
当たり前のように存在していた太陽も、あと三分未満で力尽き。
この世界はもうすぐ、闇に支配される。
女はマグカップに再び口をつけ、中継映像のコメント欄に文字を打ち込む。
その言葉は願望でも、祈りでもない。
笑い話でもなければ、悲観的な想いでもない。
ただ、いつもと変わらぬ日常を綴った一言。
『真夜中に飲むカフェオレは、今日も変わらず美味しいわ』
彼女は窓の外を見上げる。
空は青黒く、月光は更に輝きを増したように見えた。
中継映像の太陽も、より一層輝く。
残り少ない命の燃料を消費するように、強く。
ふっと、月が消えた。
黒の世界には人工的な明かりだけが残っている。