先日、桜が満開になったらしい。
テレビ越しに見る桜の花は華やかで、薄桃色の花弁が画面いっぱいに映し出されている。
僕は視線をテレビから窓の外へと向ける。
空は曇天。
窓ガラスには小さな雨粒が張り付いていた。
あいにく今日は、昨夜から降り続いている雨のせいで花見をするような日ではなかった。
春の雨は静かで、しっとりとしていて、嫌いではなかったが。
そのせいで花がすぐに散ってしまうことを考えると、少し複雑だった。
思い返せば、去年も桜が見られる時期が短かったような気がする。
もっとも、去年の場合は雪も降らなかったほど暑かったせいなのだが。
去年の今頃は、何してたっけ。
過去の自分が気になって、僕はさらに記憶を手繰る。
確か、去年は……。
ピンポーン。
インターホンのベルが鳴った。
何か注文していただろうか? 心当たりがない。
とりあえず僕は椅子を立ち上がり、インターホンのボタンを押す。
「はい」
「郵便でーす、ポストに入らないんでー」
「ああ、今行きますー」
僕は早足で玄関へと向かい、扉を開ける。
男性の配達員だった。
彼は郵便物を差し出し、僕が受け取ったことを確認すると軽く会釈して去っていった。
僕は受け取った郵便物を見て、つぶやく。
「……これ、ポストに入るじゃん」
何だったのだろう。
少し不気味に思いながらも、あまり気にしないようにした僕はドアの鍵を閉めてから、郵便物をテーブルの上に置く。
一見、それはただの茶封筒だ。
封を開けると、中には一枚の紙と……一本の、鳥の羽が入っていた。
羽は黒く大きい、おそらくカラスの羽だろう。
紙の方は、A4用紙を二回ほど折ったものだった。
僕はその紙を広げる。
広げると、紙の中に挟まっていたものが落ちてきた。
拾い上げると、なんとそれは二千円と書かれた一枚のお札だった。
……だけど、二千円札なんて実際に見たことないから、本物かどうか怪しかった。
紙には、手書きの文字だろうか。
意味を読み取るのに時間がかかるような、つたない言葉がつづられていた。
『365回前 夜 助け くれた ありがとう 礼』
365回前、夜?
そのまま読み解くのなら、365回前の夜ってことだろうか。
つまり365日前……一年前ってことか?
僕はカレンダーを見上げる。
三月二十八日、その一年前ってなると。
……その時、僕はようやく思い出して玄関を飛び出す。
慌てて辺りを見回したが、あの郵便配達の男性はもうどこにもいなかった。
そうだ、ちょうど今から一年前の夜。
僕はこのアパートのすぐ近くにある自販機で、カラスを見つけたんだ。
カラスは自販機の前で倒れていた。
だけど保護するわけにも、治療することもできなかった僕は、急いで自室に戻って。
その日買ったばかりの食パンを、ちぎってあげたんだ。
カラスは食パンを食べていたけれど。
翌朝、様子を見に行った時にはもう、姿はなかったはず。
まさか……?
僕は部屋に戻り、再び手紙を手に取る。
もし、これが本当にカラスからの手紙だったとしたら。
そんなはずはないと何度思っても、頬が緩んでいた。
手紙と羽を、茶封筒の中に戻し。
それから、一応この二千円札が本物かどうか、調べることにした。
僕はスマートフォン片手に朝食を用意しはじめる。
今日の朝食も、食パンを焼いて食べるだけ。