この日、彼には任務があった。
大学の授業を終え、夕暮れ時の空を見上げ。
自分の果たすべき任務を胸に、彼は帰路を歩く。
彼の右手には、数年前に購入して以来ずっと使っているUSB。
黒光りするそれには、キャラクター物のシールが貼られている。
『マミーランドシガ』というアニメの主人公が描かれたシールだ。
彼はそのキャラクターが大好きだった。
現実にいたならば、間違いなく一目惚れしていたに違いない。
そう、そのUSBには。
彼の大好きなキャラクター、『葵マミ』の破廉恥な。
いや、もっと端的に言おう。
葵マミの二次創作エロ画像が大量に入っている。
彼はこの日、友であり、信頼の置ける仲間の一人に。
このUSBを渡すことになっている。
夕焼けの空に、カラスが数羽飛んでいった。
彼は急ぎ足で帰路を歩き、途中のファーストフード店で待ち合わせている仲間のもとへ向かう。
横断歩道の前に来る。
すると、そんな彼に老婆が声をかける。
「すみませんがのう……病院はどっちですかね」
「え? えっと、すみません。この辺の人じゃないので」
「はい? あっち?」
「いえ、そうじゃなくて……」
そうこうしている間に、横断歩道の信号は赤に。
仕方なく老婆の言う病院を、スマートフォンで検索するが。
老婆が困ったような顔で彼に尋ねる内容は、支離滅裂。
老婆に捕まったまま、彼はスマートフォン越しに時間を見る。
約束の時間まで、あと二十分。
余裕はまだある、しかし老婆の質問は終わらない。
どうしたものか、途方に暮れていると。
老婆の家族らしき女性が、老婆を見つける。
「お母さん! こんなところにいたんですか!? すみません、母がご迷惑を」
「いえ、では僕はこれで……」
老婆と家族の女性が何か言い争っているが、これ以上老婆に時間を割くわけにもいかない。
罪悪感を感じつつも、彼は急ぎ足でその場を立ち去った。
待ち合わせまで、残り十五分。
早足でファーストフード店まで向かう、が。
目の前で数人の子どもがたむろしているのが見えた。
しかも、あろうことか子どもの一人が、車道に飛び出そうと足を踏み出していた。
そしてその先から見えてくるのは、トラック。
「危ない!!」
彼が声を張り上げると、子どもは思わず立ち止まる。
トラックの運転手も慌ててブレーキを踏んだようで、子どもはひかれずに済んだ。
道路の反対側には、飛び出そうとした子どもの母親がいたようで。
彼女は子どもを抱きかかえると、しばらくの間パニックした様子だったが。
そんな母親に落ち着かせるように声をかけ。
不安な顔をしつつも、自分が悪いと思っていない子どもをたしなめ。
最後には母親に何度も頭を下げられ。
謝礼としてせめても、と千円札を握らされた時には。
待ち合わせの時間が五分過ぎていた。
彼は、駆け足でファーストフード店へ向かう。
店の場所は、もうすぐそこだった。
軽快なメロディが流れ、
店内の冷房が肌をかすめる。
彼の仲間は、まだそこにいた。
「同士よ! 待っていたぞ!」
「すまんすまん! 色々、事件があってな」
「なんだって!? それは大変だったな……」
「そんなことより、……これだ」
右手にずっと握っていたUSBを掲げ、彼は口端を持ち上げる。
仲間はすでにテーブルの上でノートパソコンを開き、待っていた。
「さあ、見よ。……これが俺の、秘蔵のお宝画像集《シークレット・ラグジュアリー》だ!!」
USBを、差込口へ。
今こそ、楽園の扉は開かれる……!
……と、今までずっと、彼は思っていた。
しかし、USBの中身は出てこない。
それどころか無反応。
「……あれ、あれ? おっかしいなあ、どうしたんだよマイ・ブラザー」
USBを引っこ抜き、今一度確認する。
USBに異常は見られない。
しかし、彼は気付く。
シールが、葵マミのシールが剥げかかっているのだ。
記憶をたどる、今朝の記憶を。
確か、このUSBは、今日履いてきたズボンのポケットに入っていた。
そう、これは大切なもの。
ずっとポケットにしまっておいたもの。
……いつから?
USBを顔に寄せ、鼻で嗅ぐ。
ほのかに柔軟剤の香りがした。