このコメント付き論文リストは指導教官やコミュニティの先輩方に倣って作ったものだが,皆さんのものと比較してみると自分のこれはなんだか冗長でやや気恥ずかしい.
[1] The joint spectral flow and localization of the indices of elliptic operators
Comment 修士論文.M1の冬に東大で古田幹雄先生の講義に出ていたら,「こういうことができたら修論にちょうどよいのではないか」と指摘されていて,それに対して「こういう理由で難しいと思います」とレポートを書いた.そのあと先生と議論させていただいて,重要な論文を教えていただいたら後はススっとできた.実はこの論文では主定理の"逆"(主表象が交換する作用素の組の族がいつ本当に可換になるか)というのをやっていて,どちらかというとそこの方が頑張った部分なのだけど,あまり人に話す機会がなかった.自分にとって1本目の論文だが,acceptされた後に論文誌からエディターが集団離脱するという珍事を経験した.
[2] Notes on twisted equivariant K-theory for C*-algebras
Comment [3] の内容を可能な限り一般的な結果にするために,捩れK理論について必要なことをいろいろまとめていたところ,やや長くなったのでこの部分を分離した.局所コンパクト亜群を持ち出して一般的に書きすぎたので,必要以上に読みにくくなってしまったことを後悔している.よく読むとあちこちで計算が符合して気持ちのいい部分もあり,地味ながらなんとなく愛着がある.
[3] Controlled topological phases and bulk-edge correspondence
Comment D1のころから,東大と東北大を中心としたトポロジカル絶縁体の勉強会に混ぜてもらっていた.1年くらい話を聞き続けたある日,突然「これはcoarse Mayer-Vietoris完全列のことだ」と気づいた.後から思うともっと早く気づいてもよかった.物理学者に話すと,まず並進対称性がなくても指数が定義できることに驚かれ,それから「どうやって計算するのだ」と聞かれる.今となってはいくつかの答えが用意できるが,当時は全く想定していない質問に感じた.トポロジカル相の理論がcoarse geometryと相性が良いという指摘はこの論文で言い出したつもりでいたが,実はKitaevはこのことに最初から言及していたと後で知った.本来は「それはcoarse MVだ」指摘するだけの短い論文にしたかったのだけど,経験の浅さからスマートに書けなかった.自分の論文の中では圧倒的にたくさん引用されているが,書き方に後悔が残る.
[4] (with Yuki Arano) Compact Lie group actions with the continuous Rokhlin property
Comment もともと [5] の一部だったのだが,[5]の内容とは想定読者がずいぶん分離していると判断したのであとで分けた.C*-環への群作用の分類のような結果にBaum-Connes予想やホモロジー代数を効果的に使えたのは,自分としては気分のいいことだった.こういうことが成り立つのではないか,ということに思い至ったのは,年末の帰省のために向かっている新宿駅の新幹線の改札前で,すぐに共著者に連絡した.(自分が原因で)紆余曲折あり,共著者にとても助けてもらった.学生時代に書いた論文では一番面白いと思う.ただ一点だけ,タイトルは "Compact Lie group actions on C*-algebras with..." とすればよかったと後悔している.
[5] (with Yuki Arano) A categorical perspective on the Atiyah-Segal completion theorem in KK-theory
Comment R. MeyerとR. Nest の Baum-Connes予想 と三角圏の局所化に関する論文をM2の頃に読んで,非常に好きな論文だったので,ほとんどファン活動のような論文を書いた.だいたいMeyer-Nestの双対にあたるのがAtiyah-Segalの完備化定理である,という内容.共同研究が動き始めたいいところでうっかり帰省してしまって,技術的なことの多くを愛媛の実家で進めた.こちらも共著者に(いろんな意味で)大いに助けられた.後日,Kasparovにお会いしたときに「1980年代にAtiyahがそのようなことを言っていた」(大意)と教えていただいて,これは嬉しかった.
[6] (with Takuya Takeishi) Reconstructing the Bost–Connes semigroup actions from K-theory
Comment 2016年の夏,関数解析研究会(ジュニア)の合宿中に,共著者に「このK群を計算したい」と持ち掛けられた.それに対してあまり深く考えず「こうなります」と即答したのだが,これが間違っていた.それに気が付いてからは速かった.主定理が証明できると気が付いたのは下北沢の,京王井の頭線の高架下を歩いていた時だった.論文を書いている最中に競合研究者が我々の結果を補う数論部分を証明してくれて,何もしていないのに論文の価値が上がったのは幸運だった.いい気になって Li にメールを送ったら2週間後に素晴らしい別証明が返ってきて,それは結局この論文の Appendix になった.気に入っている.
Comment Chang-Weinberger-Yuによる相対高階指数の論文が出たのは2015年だが,2013年の段階ですでに,Googleで検索するとChangのスライドを見ることができた.それを見ながら,この内容は2014年ごろに構想した.名古屋大学の敷地内をうろつきながら必死で頭を巡らした記憶があり,状況から察するに5月頃のことだと思う.しかし,[2-6] を書いてるうちに一部を他の研究者に先に,しかもより洗練された形で提出されて,長らくやる気をなくしていた.彼らが論文の一部内容を撤回したので,折角だしと書き始めたところ,当初思っていたより難しいことが多くて冷や汗をかいた.最初はまとめて1本の論文だったのだが,レフェリーに2本に分けろと言われて「それじゃあ」と3本に分けた.
[8] The relative Mishchenko-Fomenko higher index and almost flat bundles II: Almost flat index pairing
Comment [7] から株分けしてできた論文.もともと概平坦ベクトル束の指数理論の境界付き多様体バージョンってなんだろうか?というところから研究を始めたので,こちらこそが本丸と言える.これもやはり本質的には2014年に構想されていたことなのだけど,技術的に(というか自分の説明力の問題で)書き上げるのは難しかった.大局ではない部分でいろいろ細かいことをしていて,書いているときは永遠に書き終わらないかと思った.埼玉に住んでいたときに,あれは2018年の4-5月だったと思うが,マンションのベランダに椅子を出して一日中論文をタイプしていた.
[9] Almost flat relative vector bundles and the almost monodromy correspondence
Comment もと [7] に収録されていた部分から,指数理論と関係ないベクトル束の幾何を抜き出したもの.概平坦ベクトル束の幾何を "相対" 化する(相対K群の元に対して "概平坦" 性を定義し,これの性質を調べる)という内容.実は定義まわりである種の有限性にまつわる細かい工夫をしているのだけど,マニアックなのであまり伝わらないと思う.書いたのはそれよりずっと後だが,大事なことを考えたのは主に Penn. State University に滞在していた2016年で,冬の大学近くを延々と散歩しながら証明を考えた.Penn. Stateの冬は最低気温が-20度以下になる日もあったが,人生で一番ではないかというくらいよく歩いた.
[10] (with T. Schick) The Gromov-Lawson codimension 2 obstruction to positive scalar curvature and the C*-index
Comment [7,8] の応用を探しているときに,これを使えば Hanke-Pape-Schick の論文のイントロダクションに書かれている問題が解けると気が付いて,それを [8] に書いた.これは,2019年の1月1日に考え始めて正月三が日をまるまる全部潰して証明をつけた.この成果を(この論文の共著者になる)Schick に報告したところ,しばらくしてから [7,8] を使わない(本質的には同等だが)わかりやすい改良を指摘されて,確かにその方がずっと見通しがよかったので,まとめなおした.reduced versionというのもやりたかったのだが,これは群の誘導表現に関する難しい問題があってうまくいかなかった.
[11] The index theorem of lattice Wilson-Dirac operators via higher index theory
Comment 2020年の2月に,古田幹雄先生に理研で Wilson-Dirac 作用素についての講演していただいた.その夜に内容をベッドの中で反芻していたら,自分野で知られている事実の(きれいな)読み替えで Wilson-Dirac 指数定理の別証明ができると気が付いた.しかも,ここで考えている指数は同時に線形代数の問題(ほとんど交換するが摂動しても可換にならないユニタリ行列)の計算しやすそうな位相不変量にもなっていることがわかる.こういう「他分野への応用」研究で,元分野にも多少なり還元があるというのは嬉しかった.実質一晩でできた内容で,執筆も自分の論文の中ではかなり短時間で済んだ.とはいえ書きあがったのは4か月後くらいになる.
[12] (with K. Gomi and G. C. Thiang) Twisted crystallographic T-duality via the Baum-Connes isomorphism
Comment 2018年に中国の成都で,共著者の 一人であるThiang に「Baum-Connes でこういうことは示せるか」と聞かれた(余談だが,このとき僕は前日に口にした氷によって強烈な腹痛にやられていた).その時点で捩れK理論における Baum-Connes について基本的なことは考察してあったので,その場で「そんなのは簡単です」と答えた.そこからするっと論文をまとめてヒョイと出すだけ……と思ったのだが,実際には気が付いたら2年経っていたし論文は60ページ以上になっていた.ほとんどの時間と労力は,既存の理論をほんの少しだけ一般化しておかないと証明のために使えない,といった些事のために費やされた.すべて自明だが,例によってオタク的な工夫はいろいろある.
[13] Codimension 2 transfer of higher index invariants
Comment [10] の続き.これで余次元2の指数理論を透明に理解したと感じた.「こういうことを研究している」と Schick に話すために Goettingen を訪問する予定だったのだが,それが2020年の2月で,折しも日本で新型コロナウイルスが流行し始めるか?と疑われていた時期だった.先方への迷惑を考えて,大事に大事を取って研究出張はキャンセルした.そうしたら,滞在を予定していた期間中に欧州の方がみるみる危うくなった.また,日本に残ったことで古田先生の講演を聞くことができ,それが [11] の論文につながった.そのあと,この問題を考えている最中に信州大学に着任し,埼玉から長野に引っ越した.多くの技術的詳細を松本の町並を散歩しながら考えた.自分の論文の中では出版に時間がかかった方だ.
[14] The bulk-dislocation correspondence for weak topological insulators on screw-dislocated lattices
Comment [13] を考えているときに「そういえば自明な例を検討していなかった」と思ってちょっと手を動かしたら,それがちょうど物性物理におけるバルク・(螺旋)欠陥対応の証明になっていた.結晶の螺旋転位については,学生時代にリーディング大学院の社会数理実践研究のプログラムに参加していた人たちから簡単なことを教えてもらっていて,自分でも少し考えたことがあったので気づくことができた.一通り考察したあと検索したら,物理では10年ほど前に同じような問題が考えられていたとわかった.幸運と廻り合わせに驚いた.更にあとになって,これが物理でLaughlinの議論と呼ばれる,磁場を印加したときのスペクトル流の話にも読み替えられることに気が付いた.もう少し早く気づいていれば論文に盛り込めたのだが.
[15] Band width and the Rosenberg index
Comment ある意味 [10,13] の続き.2021年7月に東京大学で coarse index theory に関する集中講義を行ったのだが,その準備のためにいろいろ論文を参照していたら,Zeidlerの2020年の論文に自分が証明を知っていることが「予想」として提示されているのを見つけた.これ幸いと論文を書き始めたものの,途中で勘違いに気がついた.予想の方が知っていることより主張が強い.とはいえ考え始めてしまったし,なんだか気になる……と悶々としながらベッドで一晩悩んだら,明け方4時ごろに証明できた.決め手は,上の集中講義の最中に松尾信一郎さんからいただいたコメント「それはinjectivity radiusじゃなくてsystoleですよね」だった(この時に僕は「いえ,injectivity radiusです」とズバッと断言したのだが,systole が正解だった).[11]を大幅に上回る最短の執筆時間.
[16] (with M. Ludewig and G. C. Thiang) Delocalized spectra of Landau operators on helical surfaces
Comment 2021年の夏ごろに [14] の内容を研究集会で講演したら,そのあとThiangから「自分たちもちょうどヘリコイドのことを考えているんだけど」という風に声をかけてもらった.共著者たちの前作をEuclid空間や双曲空間より一般化しようというプロジェクトで,そのひとまずのターゲットがヘリコイドだった.途中まではなかなか自分の貢献を発見できず,内心ではこいつはどうしたものかと思っていたのだが,終盤で大きくまくって,最終的には少なくとも共著者に名前が入るだけは働くことができた.主にHilbert C*-加群上の非有界作用素に関する技術的なことを担当した.arXivに投稿する際,cross list に math.SP を加えたのは僕のリクエストだ.
[17] 物性物理とトポロジー
Comment 2021年の初夏あたりに,サイエンス社さんからこの内容で書籍を出版しないかと声をかけていただいた.自分は(特に日本語の)数学書というものがかなり好きで,SGCライブラリの本もよく買っているので,一も二もなく引き受けさせていただいた.しかし案の定,執筆はとてもたいへんだった……自分は分野のことを最低限には把握しているつもりだったが,いざ手を動かしてみると無理解や知識の抜けがどこからともなくぽろぽろ現れて絶えることがなかった.特に物理やタイリングの力学系については,執筆の過程でずいぶん勉強になった.自分がこの内容の書籍の著者にふさわしいか不安に思いもしたが,結局えいやと出してしまった.原稿の締切を何度も,結局半年ほど引き延ばしていただいて,編集の方にはずいぶんと迷惑をかけた.
[18] (with Y. Arano, K. Kitamura) Tensor category equivariant KK-theory
Comment [4,5] 以来久々になるが,荒野さんの腹案を形にするのに声をかけてもらった.同時期に複数の研究でテンソル圏に遭遇しており,勉強のためのよい契機になった.共同研究としては,僕の担当はKK理論のディティールになるだろうと思っていたし,実際そこに注力したのだが,終わってみるとその部分では共著者の北村さん(執筆時には博士課程の学生)の方がよい仕事をしてくれた.それでやや手持ち無沙汰になったので,執筆のほうを頑張った.本文のかなり多くは僕が書いた文章である,だからどうということもないが.2020年代にもなってKK理論(これは1980年の理論である)をオーバーホールするような仕事をする機会を得られるとは思わなかった.その点ではとても楽しかったが,技術的にややこしいことが多くてくたびれた.
[19] (with C. Bruce, T. Takeishi) Groupoid homology and K-theory for algebraic actions from number theory
Comment 京都に引っ越して早々,共著者の武石さんに最近の研究に関する相談を受けた.四条烏丸にあるチェーンの喫茶店で長居をして話を聞いたところ,ある種のCantor力学系の groupoid homology が計算できたのだがそれをC*-環のK理論に活かせないかということだった.最終的に,スペクトル系列の計算に助太刀をする用心棒のような立ち位置になった.僕はスペクトル系列について正統な修行を積んでいないという実感があり,いつもその場の徒手空拳で難を逃れている.なにかすごく簡単なことを仕事したかのように吹聴しているのではと不安だ.共同研究をしてみて思ったことだが,この辺りの分野では具体的に構成される特定の環を研究することがなかなか動機付けにくく,共著者たちはそこで長年ふんばって一つのトピックを育てているのが立派だ.これは学生の頃にはあまり想像できていなかった種類の立派さだ.
[20] Stable homotopy theory of invertible quantum spin systems I: Kitaev's Omega-spectrum
Comment スピン系への転向第一作(のつもり).物理学者Kitaevが2013年の講演の中で提案(予想)していた事実を証明した,というか,証明できる定義を与えた.このトピックを知ったのは2018年のことで,当時理研の同僚だった物理学者の塩崎謙さんに勉強会で教えていただいたのだった.その時にはピンと来なかったが,しばらくしてそれがHigson-Roeの本で勉強した([3]で書いた)ようなことと概ね同じだと気がついて,腑に落ちた.これが2020年2月で,東京湾沿いを国際展示場から新木場に向けて歩いていたときのことだった.しかしそこから,不慣れな量子スピン系の解析にたいへん手こずった.その間に分野は僕を置いて目まぐるしく進展したが,そのことが結果のインパクトにどう寄与したかはよくわからない.
共感されないことも多いが,長い論文が好きだ.たくさんのテキストを読めてお得だし,数学の基幹コンテンツである「構造」の良さはその大きさと相関すると思うからだ.今作は特に,長い時間をかけて長い文章を書いた.遅れてきた博士論文のつもりのお気に入りの一作.