ゲッティンゲン旧市街広場の噴水には、街のシンボルともいえるガチョウ娘ギャンゼリーゼ( Gänseliesel) の銅像が建っています。少しもの悲しげに俯きながら両手にガチョウを抱えています。
もともとこの場所は噴水だけあったらしいのですが、1901年にこの銅像も建設されたようです。なぜガチョウ娘なのかに関しては諸説あるようですが、おそらく有名なグリム童話「ガチョウ番の娘」の作者であるグリム兄弟がゲッティンゲン大学で教鞭を取っていたことと無関係ではないでしょう。
ゲッティンゲン大学で新たに博士号(PhD)を授与された卒業生は、手作りの荷車(PhD cart)に乗せられて卒業式ホールからガチョウ娘像まで連れてこられ、そこで噴水に登って花束を贈呈したのちガチョウ娘の頬にキスをする
というゲッティンゲン大学の伝統イベント(Gänseliesel ceremony)は、ガチョウ娘像が建設された直後に生まれたようです。どうやら元々はゲッティンゲン大学の全新入生がこのイベントに参加できたようですが、危険性が問題視され 1926年にはニーダーザクセン州の法律でこの伝統は禁止されました。しかし、当然禁止されたとはいえ、学生も法律に黙って従うほど柔ではないので、その後も伝統はしっかりと受け継がれていきました。また、この法律を受けて伝統自体大幅修正され、全生徒から博士号取得者にこのイベント参加資格が限定されたようです(これで特別感が一気に増しました)。
何はともあれ、最終的には2001年にはゲッティンゲン市が正式にこの伝統イベントを許可すると方針変更されました。現在では大学の公式Webページでも大々的にこの伝統イベントが紹介されています。ちなみに、博士号取得者以外がこれを行うことは現在も禁止されています。たまに博士号取得を控えている人が事前練習として銅像に登ったりすることがあるようですが、そうするとその後のディフェンスが失敗すると言い伝えられています。
ドイツでは個々人の好きなタイミングで博士課程を開始・修了するので、この Gänseliesel ceremony も一年を通して不定期に行われます。もしガチョウ娘が花束を持っていたら、「最近新たな博士号取得者が来たんだな」と分かるわけです。
ガチョウ娘像(通称ギャンゼリーゼ)。一説によると、世界一キスされてきた銅像らしい。
コロナが始まって以降、口頭審査会・学位授与式等がすべてオンラインのみとなってしまったため、当然 Gänseliesel ceremonyも行われなくなりました(そもそも皆同じと銅像にキスするのでコロナ的に一番良くない行為)。お世話になった先輩の何人かは、卒業しても Gänseliesel ceremony を行えない(当然祝賀パーティー・送迎パーティーも行えない)ままゲッティンゲンを去っていきました。ゲッティンゲンのPhD学生全員の憧れの行事であるため、彼らの気持ちを思うと非常に残念です。
僕の場合は、ちょうどコロナ規制が撤廃されてきたタイミングで博論提出し、ディフェンスを行なったので、非常に運がいいことにコロナ後初開催となった Gänseliesel ceremony に参加できました。セレモニーの流れは以下の通りです。
卒業生は大学の大講堂(通称Aula)で行われる学位授与式に参加する。その間、在校生たちは頑張って研究所からPhD cartを押して大講堂に運ぶ(重労働)。
学位授与式が終わったら、卒業生は PhD cart に乗り込んで、ガチョウ娘像まで運んでもらう(重労働)。
ガチョウ娘像に到着したら、噴水に登ってガチョウ娘に花束を贈呈し、頬にキスをする。
(コロナ前であれば)みんなで研究所に戻ってパーティー。今はコロナ規制で一応パーティー禁止なので、少人数に分かれてレストランで小さくお祝い。
ちなみに、マックス・プランク太陽系研究所(MPS)にはスペースシャトルを模した大きな PhD cart があります(8年ほど前の学生が製作したもの)。今回は、約2年ぶりのセレモニーということで、まず PhD cart の点検したところ、全タイヤパンクしていたので修理しました。また、cart を思い出の写真等で装飾するのも自分たちで行います。そして、何より大事なのはビールです。当日は在校生(博士号取得前のPhD学生達)に cart を運んで来てもらわなくてはいけないので、彼らを労わるために大量のビールを事前に買い込んでおき cartに積んでおきます。ビールは在校生だけでなく、その場に集まってくれるたくさんの観衆にも配って一緒にお祝いします。
当日は、同じ日に卒業式を行なった3人の卒業生と共に cart に乗り込みガチョウ娘像へと運んでもらいました。既に他のラボの卒業生がセレモニーを行なっていたので、人だかりができていました。ここで、 cart から降りて駆けつけてくれた友人たちと乾杯し、お祝いしながら自分の番が来るのを待ちます。自分の番が来たら、噴水へと登って空いてる場所に花束を挿し、そしてガチョウ娘のにキスをしました。噴水に登って周りを見渡したところ、意外と観衆が多かったため緊張してしまい、パニックのあまり頬ではなく髪にキスしてしまっていたことに後から気がつきました。何はともあれ、博士課程中にお世話になった方々を含めたくさんの人にお祝いしてもらえて、感無量でした。
ちなみに、このセレモニーでは毎回数人が足を滑らせて噴水に落下します(観衆も誰か落下しないか楽しみにしている節があります)。というのも噴水の足場は元々かなり滑りやすくなっており、その上多くの卒業生は慣れない格好(スーツ・革靴・PhDガウンなど)をして身動きが取れにくくなっているのです。僕の場合は、その日若干雨が降っていて、更に分が悪くなっていました。僕が無事噴水から降りられたかどうかは、、、察してください。
MPS の学生による手作りの PhD cart。Aula に到着した瞬間の様子。
Gänseleisel ceremony 全体の様子。©️MPS
ガチョウ娘像にキスした時の様子。