薬学6年制教育
薬学6年制教育, 予備校化は厳禁のはずが・・・・
平成18年度より薬学教育6年制がスタートした.
現在,第一期生は5年次になり,医療施設における実務実習(2.5ヶ月×2)も終了し,今頃は卒業研究にとりかかっている頃と思われる.「思われる」と書いたのは,6年制の申請に関わった経験から,容易に想像できるからである.
一方,4年生は共用試験が終わり,実務実習前の学内プレ実習に精を出しているはずである.夏休み前後はCBT対策のため,予備校の模擬を受けさせられ,各大学は他大学と成績を比較して一喜一憂していたようである.
複数の大学の教務関係教員から伝え聞くところによると,実務実習に出ている間に4年間集積してきた基礎的な知識はリセットされてしまっているとのことである.その対策のため早くも6年制初の国家試験のための模試やそのための補講も始まっているようである.
このような状況だから,卒業研究どころではないということらしい.6年制改革が国家試験予備校の情報に振り回され,早くも崩壊し始めているいるようである.予備校化を防止し,本来の大学教育に戻すためにどのような議論がなされたか紹介しておきたい.
6年制薬学教育の第三者評価基準において予備校化防止を明記
薬学修業年限延長に関する中央教育審議会の答申では,6年制薬学教育についての「第三者評価」の実施が強く求められた(第三者評価に関しては,既に平成16年より,機関別評価が全ての大学に義務付けられ施行されている)
6 年制薬学教育の評価は,大学全体の評価とは異なり,分野別評価と位置づけられる.
分野別評価としては,法科大学院の認証評価,任意団体である日本技術者教育認定機構(JABEE)による工学系教育プログラムの自主的評価が国内では先行している程度である .
6 年制薬学教育の評価基準案作成において留意された点
1.大学全体の認証評価である機関別評価との可能な限りの差別化を考えて経営,運営などは簡略化した.
2.大学設置の事後チェックとしての機能を重視した.
3.カリキュラム関連を重視した構成をとった.
4.問題解決能力育成を重視し,PBL,卒業研究の義務化などを盛り込んだ.
5.予備校化の防止をはかった.
赤字で示したキーワードから明らかなように,4年制教育ではこれらが欠落していたことを物語っている.
予備校化防止に過剰反応しているのは私立大学である.
以下に第三者評価に関する説明会の質疑応答が公開されているので紹介したい.
「薬学教育第三者評価に関する説明会」における質疑応答でも予備校化防止を明言
◎第三者評価基準案に対する質問と回答(予備校化に関する部分を抜粋)
1 理念と目標(の項目における質問と回答)
Q1.薬剤師国家試験の合格率は,評価の対象に含まれていないのはなぜか?
【回答】
薬剤師国家試験の合格率を評価の対象とした場合,大学での教育が予備校化する恐れがある.そこで,6 年制薬学教育が国家試験合格のための教育とならないことを,基準1-1 の観点1-1-3 で明記した.
【観点 1-1-3】資格試験合格のみを目指した教育に偏重せず,卒業研究等を通じて深い学識及びその応用能力等を身に付けるための取組が行われていること.
Q2.予備校化を排除するということは,薬剤師の国家試験に合格したいという学生のニーズに合うのか? 大学での教育と国家試験が乖離すると,学生が国家試験予備校に通うようなダブルスクールを招きかねない.医学部では国家試験の改革が進んでいると聞く.薬剤師国家試験においても改革が必要ではないか?
【回答】
薬剤師国家試験についても,新たな方向性が打ち出されることを期待したい.6 年制薬学教育の理念とかけ離れた過度の予備校化は避けるべきであり,社会に対して予備校ではなく大学であることを示す必要があると考える.
これらのことから明らかなように,国家試験対策のための予備校的教育ではなく本来の大学教育に戻すことが6年制改革の理念であることは明らかである.
ところが,あちこちの大学で改革の理念とは異なる動きが出始めている.6年制教育を推進している教務担当教員が6年制改革の理念を知らないわけがない.
国家試験対策を目的としたカリキュラムは,4年制課程において経験済みで慣れているので対応し易いし,さらには予備校の模試や補講を利用すれば合格ライン情報が入手できるメリットがあり,保護者も喜ぶと思っているのだろう.
大学と予備校にお世話にならなければならないような学生は最初から排除すべきとの主張もあったはずである(添付ファイル No, 3).
我が国で薬学教育の6年制改革が成功しない場合は,水面下でくすぶり続ける薬剤師不要論が再燃することは必至である.6年制改革の理念に対応できない大学は消滅するしかないのではないだろうか.
資料について
上記で引用した資料はwebで検索できる公開資料である.国民が当然知ることができる情報であることを申し添えたい.文末添付資料1,2を参照.
[一言]
薬系大学の乱立のため,ほとんど競争原理のない状況で入学して来た学生,期待する保護者に応えるには国家試験合格しかない.そうしないと学校経営もまま ならぬ.そこにつけ込むのが国家試験予備校である.国家試験不合格者のための予備校であったはずが,現在では現役の模試に深く関与し,それが薬学教育を変 質させている.現役学生が予備校の実施する模試に依存せざるを得ないとなると4年制教育と同じになってしまう.このような状況を見て見ぬ振りをしている教 員も問題である.国家試験については丸暗記ではなく基礎を理解していないと解けない方式になることが決まっている.大学教育の見せ場と思うのだが,それで も予備校を頼りにするのだろうか.
(平成22年10月30日〜平成23年1月18日 修正追記)
新薬剤師国家試験(第97回)の出題基準
2011年3月で4年制課程の薬剤師国家試験は終了した.2012年3月から6年制カリキュラムによる「新薬剤師国家試験」が実施される.
新国家試験が4年制課程の国家試験と異なる点は以下のとおりである.
1)出題数の増加.従来の240問から新国家試験では345問に増加(約1.4倍),必須問題90問
2)問題形式の多様化 複合問題の採用(問題解決能力を重視)
3)合格基準の設定 総合点方式ではなく,基準に達しない科目があると不合格
国家試験の問題作成担当者にとって大変難しい作業と思うが,従来の徹底した暗記方式の勉強では合格できない,真の大学教育に基礎を置いた応用力を試す試験問題が作成されることを期待したい.
4年制課程の薬剤師国家試験に関連して,ある大手予備校の有名女性ベテラン講師の講 演を学生と一緒に聴いたことがあるが,その講師は「私立大学の学生は,理屈をこねる基礎問題では国公立の学生には勝てないので,衛生等の暗記もので勝負し なさい」と言っていた.また,生薬のラテン名などは出題されても1,2問だから最初から勉強しないという学生も多い.さらには選択科目のうち,国家試験に 直接関連のない科目は受講しない等の傾向が強い.人間味豊かな医療人として成長するためには国試対策に重点を置いた予備校的な授業だけでは無理であること は言うまでもない.来春の初試験では,4年制課程で経験した考え方が通用しない試験になることを期待したい.さもないと6年制改革と裏腹に代わり映えのし ない期待はずれの薬剤師が誕生することになる.
薬学6年制_初国家試験結果
6年制課程に移行後,初の合格発表が行われた.
とりあえず新卒に限って国家試験の結果を調べてみた.
6年制課程の合格率
大学種別 入学者数 受験者数 合格者数 入学者数に対する合格率 受験者数に対する合格率
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
国 立 486 484 455 93.6 94.0
公立 220 198 190 86.4 96.0
私 立 10614 7902 7537 71.0 95.4
総数 11220 8584 8182 72.9 95.3
入学者数に対する合格率をみると結論として出口規制に関しては目的を果たしているようである.合格者は総数8641人である.6年制以外の「その他」は1202名受験し合格率は38.2%であった.ちなみに4年制課程の最後の試験の合格者数は1万1300人(前年1万0487人)である.
6年制課程がスタートした際,薬剤師大過剰時代の到来と言われたが,大量の留年者を出しているため,その心配はないようだ.私大の場合,入学者の4人に一人は卒業できていないことになる.
6年制薬学教育の一期生が出た後,第三者評価が実施されることになっている.評価項目では,予備校化を防止するため,国家試験合格率は評価の対象には入っていないが,受験生や父兄に大学をアピールするには合格率しかないので,どこも国試対策に奔走したようである.
設置の際の審査では,真の大学教育が実施されるように卒業研究や卒論発表会等の実施が求められた.はたしてどのくらいの大学がそのための教育をやったか たいへん興味がある.4年制課程の時のような卒業研究の単位を国家試験対策講義で読み替えるようなことをしていたら6年制改革は失敗と言っても過言ではな い.4年制課程に実務実習をプラスしただけのものでしかない.
国家試験の内容についても暗記に頼る方式ではなく,応用力,問題解決能力を問う方式に変わると聞かされていた.今回の問題がそれに応える内容であったかも興味がある.予備校化の弊害を克服した真の大学教育がなされたか否かは,卒業生の活躍にかかっている.
薬事日報の記事
厚生労働省は3月30日、薬学6年制課程の修了者を対象とした初の薬剤師国家試験の結果を発表した。合格は総数8641人で合格率は88・31%だっ た。6年制に限ると8182人が合格し、合格率は95・33%となっており、近年の新卒が80%台後半から90%台前半で推移していることを踏まえると、 比較的高い水準と言えそうだ。厚労省は「医療現場で薬学教育の成果を存分に発揮されることに期待したい」としている。
国試には1万0644人が出願したが、受験したのは総数9785人で、このうち8583人が6年制だった。
6年制の試験結果を男女別に見ると、男は3432人が受験して3280人が合格、女は5151人が受験して4902人が合格した。合格率は男95・57%、女95・17%となっている。
旧4年制卒を含むその他は、男767人が受験して283人が合格、女435人が受験して176人が合格し、合格率は男36・90%、女40・46%となっている。
なお、今回は不適切問題2問、補正対象問題1問だった。
(2012/4/5)
年賀状に書かれていた6年制問題
平成23年の正月,薬学教育に携わっている薬学部,薬科大学に勤務している友人から年賀状をもらったが,その多くが6年制薬学教育の問題点を指摘するコメントが多かった.皆,現状に不満を持っているが,私立大学の場合,定員確保のためには国家試験合格率を無視することができず,理想と現実に板挟みになっているようである.
規制緩和政策→
薬学部・薬科大学乱立→
定員割れ→
劇的な偏差値低下→
6年制モデルコアカリキュラム対応不能→
共用試験CBT対策講義・模試(予備校関与)→
国家試験対策偏重教育の復活→
予備校模試,情報依存→
薬剤師の質的低下
大学予備校の偏差値について
予備校が発表する偏差値が大学の難易度を判断する材料になっている.しかし,現実の平均的学力を反映しているかはなはだ疑問である.大学予備校が解析しているのは前期日程の試験を受けた受験生,それもその予備校の模試を受けた集団の解析結果である.それも3科目程度の試験結果である.
実際に入学してくる際は,大学によっては推薦入試合格者が半数近くいる場合もある.推薦入試合格者は推薦入試の科目に合わせた勉強しかしていないので,予備校の模試も受けていない.もちろんセンター試験も受けていないし,その存在を知らない学生がいるほどである.推薦入試は前期日程入試よりかなり低い判定基準で入学してくるため入学後の高校補完教育で大学は苦労していることは周知の事実である.
推薦入試は予備校の偏差値に反映されていないので,入学後の中間テストや期末試験などで初めて比較ができることになる.各種の入試で入学して来たグループ間の平均値を比較するとかなりの差があり,その結果を予備校の合格ラインに反映させると予備校偏差値より5ポイント以上低くなる.全国の新設薬学部が定員割れで四苦八苦しているが,6年制コアカリキュラムに対応できる可能性のある学生だけを絞り込むため,敢えて足切りを行っているのなら立派である.いずれ6年制国家試験の対入学者率で明らかになるだろう.
付記
6年制が設置された頃,国家試験に合格できる能力は入試偏差値では55程度と言われていた.
旧サイトでは本文の右側に配置していた注意書き
○共用試験
「知識及び問題解決能力を評価する客観試験」
:CBT (Computer-based Testing) と「態度・技能 を評価する客観的臨床能力試験」:OSCE (Objective Structured Clinical Examination) を受験し,合格するする必要がある.4年次後期に実施.
○実務実習
病院2.5ヶ月
薬局2.5ヶ月
上記に加えて学内事前学習がある.
○第三者評価
中教審の答申の際,6年制薬学教育において,質の高い教育が行われていることを確認する第三者評価の実施が盛り込まれた.
現在各大学は中間報告(自己評価結果)をホームページに掲載中
○予備校化の防止
6年制教育の理念を読めば,行間から読み取れる言葉であるが,情けないことに,明文化しておかないと後で問題になる最大の問題点.
○卒業研究の義務化
4年制課程を申請する際,卒業研究を実施することは明記されていたにも関わらず,実施されなかった反省の上に立ち,評価基準に明記された.
国家試験合格率は評価の対象としない
予備校ではなく大学である
インターネットで国民に公開されている資料
新薬剤師国家試験概要
入学者の平均偏差値はもっと低い