放課後。いつもなら、帰宅部の俺は自宅に直帰するのだが、今日ばかりは全然違う場所にいた。
「よし、ここなら人が少なそうだな」
校舎と体育館の間の、お世辞にも広いとは言えないスペースを前にして、バレーボールを手にもっちーは言う。
「ちょっと狭すぎないか?」
「まーしゃーないだろ。他のクラスも練習しているんだからな」
周りを見渡すと、確かにそこかしこでバレーボールに興じている生徒のグループがいた。もちろん、いつもこんなに生徒がバレーボールをしているわけではない。今日が異常なだけだ。
その理由は明白。一年生の球技大会の種目がバレーボールだと告知されたことで、それを練習する生徒が増えたからだ。かく言う俺たちも、例に漏れずそんな生徒たちの一員である。
ここに集まったのは、もっちーと俺。そして俺についてきた水無瀬と五十嵐、さらにその五十嵐にひっついてきたアリスの五人だ。
本当なら体育館で、ジャージを着てやるのがいいのだが、生憎放課後は、体育館は部活動で占有されている。それに、わざわざ体育着に着替えるのも手間がかかる。というわけで、皆制服だ。
アリスが髪を弄りながら小さな声で疑問を呈する。
「こんなので練習になるのかしら」
「まあ、やってみた方がいいと思うぞ。ちなみに、この中でバレーボールをやったことない人は……」
もっちーのその問いかけに、アリスと五十嵐、そして水無瀬が小さく手を挙げる。
一応、俺たちは、二学期前半の体育でバレーボールをやっているので、全員がそれなりにできるはずだ。学級委員もそれを見越してこれを選んだのだと思う。
しかし、ここに例外が三人。アリスと五十嵐は転校生なので、水無瀬は不登校だったので、バレーボールをまともにやったことがないのだ。
「あー……マジか……」
「我にとって排球は悪魔的難易度……くっ!」
五十嵐に関しては、基礎を教えればなんとかなりそうだ。なにせ運動神経は抜群だからな。問題なのは水無瀬とアリス。どちらも運動神経皆無。俺は運動がそこまで得意な方じゃないが、まずは俺ともっちーで教えて、五十嵐ができるようになったら三人で教えるのがいいだろう。
「それじゃ、始めようか」
準備運動の後、ルール説明に、基本フォーム、ボールの受け方などを説明、練習していく。
俺の予想通り、五十嵐は教えるとすぐに上達した。流石の運動神経である。この短時間で明らかに俺よりも上手くなった。
そして、俺、もっちーに加えて五十嵐が残りの二人を教える体制に変更する。アリスと水無瀬はやはり苦戦していたが、二時間の練習の末、どうにか形になる程度までには上達した。
「それじゃ、ちょっと実戦形式でやってみるか。今日はそれで終わりにしよう」
日もだいぶ落ちてきて暗くなってきた。もっちーは最後に、と、実践に近い形式で練習することを提案した。
もっちー、水無瀬、アリスの三人と、俺、五十嵐の二人に分かれる。ネットも何もないし、人数も不足しているが、この二チームで疑似的にバレーボールの試合をするのだ。
もっちーがトスを始めて、ボールが宙を舞う。水無瀬もアリスも危なっかしいが、なんとかボールをトスして繋いでいく。
俺たちの方にボールが来る。二人で合計三回ボールに触って、また相手のチームに返す。
それを繰り返していくうちに、調子に乗ってきたようで、だんだんボールが強くなる。そして、こちらから相手にボールを渡すとき、不意に五十嵐はアタックを仕掛けた。
「それっ!」
恐らく五十嵐は緩めのアタックのつもりだったのだろう。しかし、初心者二人にとって、ボールは十分に脅威となる勢いだった。
バシーン! と宙を切り裂くボールは、対応する間も無く水無瀬に一直線に向かい、
「あうっ!」
額にバスンと当たって前に跳ね、
「ひでぶっ!」
アリスの後頭部に当たってツーコンボをかました。
「ごめん! 二人とも大丈夫⁉︎」
頭を押さえてうずくまる二人。慌てて駆け寄る五十嵐。
球技大会は大丈夫だろうか、と俺は不安を抱かざるをえなかった。