三日後。俺はバルトに連れられ、ハンターギルドの前の広場に向かった。
広場に着くと、そこにはすでにたくさんのハンターがワイワイしていた。皆、鈍色に輝く金属の鎧を身に着け、何かしらの武器を持っている。弓矢を持っている人もいれば、サーベルを持っている人、大剣を持っている人もいるし、メリケンサックをはめている人もいる。他にも、杖を持っている魔法使いの人たちもいた。
ちなみに、俺の持ち物は、ヒヒイロカネの刀と、魔力を満タンまで充填しておいた魔力電池数個だ。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます!」
しばらくして、支部長が裏返した箱の上に立って、ハンターに呼びかける。それに対してハンターたちは威勢のいい返事をする。やる気満々だ。
そんな支部長も鎧と兜で重武装している。今日最初に見たときマジで誰だかわからなくて、バルトに教えてもらってようやく支部長だと知ったほどだ。
ハンターギルドは、元々ハンターたちの互助組織をルーツに持つため、今でもギルド職員のほとんどがハンター経験者で占められているのだという。支部長もその一人で、タンク役だったそうだ。
「それでは、早速現場に向かいましょう!」
「「「「「おー!」」」」」
支部長が改めてクエストについて説明した後、俺たちはようやく出発した。
「それじゃあフォル、いい子にして頑張るんだぞ。ただし、くれぐれも無理はするな」
「うん」
今回、バルトは仕事があるためにこのクエストには同行できなかった。それでも参加を許してくれたのは、一人でも大丈夫だろう、と信頼してくれているからだろうか。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ラドゥルフの街を、俺たちは受付の人を先頭に、麦街道に沿ってどんどん東へと進む。道行く人は、何事かとびっくり半分、興味半分で左右に避けて俺たちを見ている。
今回のクエストで、俺に課せられた役割は後衛だった。そのため、集団の後ろの方を歩いていたのだが、出発してからすぐに、周りを魔法使いのお姉さん方に囲まれてしまった。
「フォルゼリーナ様、大きくなりましたね!」
「今何歳なんですか〜?」
「八才だよ」
「今、どこかの学校に通ってらっしゃるのですか?」
「うん。今、王立学園の、まほう科の三年生」
「ええ〜っ、王立学園の魔法科⁉︎ 名門じゃぁないっすか⁉︎」
「さすがフォルゼリーナ様!」
「しかも、竜を斃したって本当ですか⁉︎」
「……うん、まあね」
「すごい!」
「竜って、どんな姿をしているんですか?」
「えーっとね……」
俺はお姉さん方に色々と質問攻めにされる。やはりハンターとして、伝説の魔物である竜に興味関心があるようで、姿形から攻撃方法、その斃し方まで根掘り葉掘り尋ねられた。
お喋りをしながら歩いていると、いつの間にか道の先に巨大な壁が左右に広がっているのが見えた。大森林を区切っている城壁だ。そして、俺たちの正面には、巨大な門がある。
三日前の説明で支部長が言っていた通り、道には通行止めの看板が設置されていた。俺たちはその看板の横を通り過ぎると、大森林へ足を踏み入れる。
門を潜り抜けると、途端に自然の香りが押し寄せてくる。道の両脇は植物が生い茂っており、それが果てしなくどこまでも続いている。俺たちが歩いている幅の広い土の道しか、文明の要素は感じられなかった。
周りからは、どこか平和ボケした鳥の鳴き声や、風で植物が擦り合うサササ……という音が聞こえる。他に聞こえるのは、前後のハンターの武器や防具がガチャガチャと鳴る音、そして彼らの喋り声だけだ。
今のところ、アイアンウルフの気配はない。本当はいないんじゃないの? と思ってしまうくらい、平和である。
しばらく歩くと、不意に先頭が立ち止まった。俺たちは集団になって密集する。
「ここが、商人が襲われたポイントです。アイアンウルフは、この周辺に出没すると思われます。ここからは道を外れて、作戦通りにラドゥルフ川の近くに向かいましょう」
俺たちは陣形を変更し、タンクや攻撃要員を外側、魔法使いを内側にして、獣道を進んでいく。
今回の作戦は至ってシンプルだ。
まず、戦う場所はラドゥルフ川の近くだ。川に近いだけではなく、池も点在するような、なるべく水気の多い場所を選んでいる。
そして、アイアンウルフを発見したら、即座に『レイン』を発動し、一帯に雨を降らせて奴らの鉄の毛を無効化する。それからはタンクが上手くヘイトを分散させて、群れをバラバラにしつつ攻撃、殲滅といった手筈だ。
俺は後衛で、主に『レイン』を発動し続けることになっている。今回集まったハンターの中で最も魔力量が多く、しかも魔力電池まで持っているから、広い範囲に雨を降らせ続けるのには適任だ、という理由だった。
それに、いざとなれば前線に出る気でもある。二重発動もできるし、最悪、『レイン』はイアにやってもらえばいい。それによって空いたメモリを攻撃に活用するつもりだ。
しばらく獣道を進んでいく。いつの間にか、ハンターたちはお喋りをやめ、皆が警戒したまま、ガサガサと草をかき分ける音だけを響かせていた。
ウオオォォ―ン…………
次の瞬間、皆の動きがピタッと止まる。その鳴き声は、深い森の中へと溶け込むようにして消えていった。
「……これがアイアンウルフの鳴き声です。皆さん、気を引き締めてください」
支部長が声のトーンを落としながらも、全員に聞こえるような大きさで言う。
「フォルゼリーナ伯爵令嬢、そろそろ『レイン』を始めていただいてもいいですか?」
「わかりました」
俺は頷くと、無詠唱で『レイン』を発動する。
範囲は俺を中心に半径四十メートルほど。勢いは弱めだ。ちゃんと効果が出る強さで、なるべく魔力を節約していく。
さらに進んでいき、そろそろ川辺に出るんじゃないか、と思い始めた頃、周囲に霧が出てきた。霧は急速に濃くなり、どんどん視界が悪くなっていく。
もしこれに紛れて、アイアンウルフが襲ってきたら……。最悪の状況を想像してしまい、俺は不安になってしまう。
そこで、それを払拭するために、別の魔法を使うことにした。
「『ソナー』」
視界が悪いのなら、音で探知だ。エルの演算能力を借りて、俺は自分の視界と反響定位をリンクさせ、遠くの方の情報を収集する。
そして、それは不意に俺の知覚に出現した。
イア! 頼む!
『承知いたしました』
次の瞬間、ザアアと雨が強まった。間髪入れず、俺は別の魔法を発動する。
「『ワールウィンド』!」
強めの旋風を横方向に展開し、俺はある方向へ濃い霧を吹き飛ばす。
「フォルゼリーナ伯爵令嬢、一体どうしたのですか⁉︎」
「いた! やつらが!」
俺が指差した方向には、ちょうど吹き飛ばされた霧の中から、土砂降りの雨に濡れてブルブルと震えている十数匹の灰色の狼の姿。
アイアンウルフだ。
「皆さん! 作戦通りに! 行きましょう!」
「「「「「うおおおおぁぁぁぁあああああ‼‼」」」」」
そして、ハンターたちは鬨の声をあげて各々の武器を手に、アイアンウルフに向かって突撃した。
ハンターたちの鬨の声と、それに気づいたアイアンウルフらの咆哮が、静かな大森林を切り裂いていく。
俺は『レイン』を続けながら、後方で浮遊魔法で浮き、皆より一段高い位置から戦況を眺めていた。
アイアンウルフは俺が降らせた雨をもろに被って、必死に水気を振り払っていた。そこにハンターが押し寄せてきているから、かなり混乱しているようだ。
対して、ハンターらは事前の作戦通りに、自分の役割を守って行動している。アイアンウルフらには着実にダメージが入っていた。
「このままなら、全部斃し切るのも時間の問題ですね!」
「そうだといいけど……」
隣に立っている後衛の魔法使いのお姉さんが勝利を確信したように言う。まあ、このままいけばこちらが勝つのはほぼ確実だろう。
だが、何が起こるのかわからないのがクエストの怖いところだ。前回のクォーツアントのクエストでは、俺は予想外の方向から来た敵に吹っ飛ばされ、深い穴に落下してしまった。
今回も、もしかしたら次の瞬間に、超デッカいアイアンウルフの親玉が来てハンターらを一気に蹴散らすかもしれないし、横からまったく別の魔物が現れるかもしれない。
霧が広がっている中、この戦場を最もしっかり把握できるのはこの場では俺だ。だから、何か異常が起こったら、俺はすぐに皆に伝達する必要がある。
「ウラッ!」
「グルアアアァァァ…………」
そうこうしている間にも、ハンターたちは先を争うようにしてアイアンウルフを斃していく。ある人は矢を射て斃し、ある人は剣で切り付ける。そしてある人は襲い掛かるアイアンウルフから他のハンターを守るために盾をかざし、そして攻撃を防いでいる間に他のハンターが集団で囲んで袋叩きにする。
その成果もあり、アイアンウルフらはじわりじわりとその数を減らしていく。そして、ついに三体まで減った。それに対してこちらの死者はゼロ。多少怪我人は出ているものの、皆、その場で回復役に治してもらっている。
「グルルルルル……」
残った三体は、降り続ける雨に不快そうに身を震わせながら、じりじりと尻を突き合わせるように外を向き円形になる。それに対してハンターの方も、その三体を取り囲むように円形になって取り囲む。アイアンウルフは威嚇するが、その輪はどんどん小さくなっていった。
ハンターたちからは、余裕そうな雰囲気が感じられた。ニヤリと笑っている者さえいる。
すると次の瞬間、ハンターの輪に向かって、外側の茂みから一体のアイアンウルフが突っ込んできた。
「ウルグアアアアァァァ‼」
「うああああぁぁああああ」
「なんだと⁉ 斃しもらしたか!」
その一匹は、目を爛々と光らせながら、毛を逆立たせてハンターの輪に突っ込んできた。俺たちを含め、ハンターは全員、内側に注意が向かっていたので当然外側はノーマーク。しかも雨が降っている範囲外で毛を逆立てたのか、奴の全身はまるでハリネズミのようになっていた。
皆が作戦通りに頑丈な鎧を付けてきたのが不幸中の幸いだったが、ハンターの輪が崩れるのは必然だった。
ハンターの一人が、アイアンウルフに突進されて転倒する。そして、アイアンウルフはその上にのしかかって鋭い歯で噛みついた。
「うああああぁぁああああ! 助けてくれぇぇぇえええ!」
しかし、悪夢はこれで終わらない。
「ウルグオオォォオオ!」
「グルルルルォォォォォォ‼︎」
それを皮切りに次々と飛び出してくるアイアンウルフ。茂みに隠れていたせいか、あるいは咆哮を聞きつけて遠くから素早く駆けつけたせいか、俺の『ソナー』には全く引っ掛からなかった。しかも、濡れる前に毛を硬く逆立てているため、『レイン』が全く意味をなしていない。
「おい! まだまだ来るぞ!」
「マジかよ……! おい、こっちに人くれ!」
「クソっ! こんな大群、どこにいたんだよっ!」
続々と周囲から現れるアイアンウルフ。その数はみるみる増え、最終的には十五体くらいまでに増えていた。
そしてハンターの円形が崩れたせいか、囲まれていた三体も一気に反撃に出る。
戦場は、瞬く間に混乱に陥った。