日曜日。青空が広がり、気温もそこそこ高いという、絶好のお出かけ日和だ。
そんな日の朝。俺は電車を乗り継いで、市街地までやってきていた。
学校の最寄り駅で降り、急いで駅前の広場に向かうと、すでに相手が到着しているのが見えた。俺は駆け足で彼女のもとへ向かう。
「ごめん、遅れちゃった……!」
「まだ約束の五分前だから大丈夫よ」
みなとはスマホの画面を確認しながら言う。確かに現在時刻は午前八時五十五分三十秒。約束の午前九時まではあと四分ちょっとある。けれども、みなとの方が先に到着しているので、彼女からしてみれば俺は相対的に遅刻していることになる。
「みなとはいったい何分前から待っていたの?」
「だいたい今から十五分前くらいかしら」
「早すぎない……?」
「思いのほか早く出かける準備が終わっちゃったのよ。別にいいでしょ?」
「まあそうだけど」
みなとの最寄り駅は、いつも俺が電車を乗り換える駅。約束どおりの時間に来ようと思ったら、ダイヤ上は俺と一緒の電車になるはずだったんだけどなぁ。
きっと、今日のことを楽しみにしてくれていて、それで早く来ちゃったんだろう。
「それにしてもほまれ、あなたいったいどういう格好で来ているのよ?」
「え?」
俺は自分の服に目を落とす。
どういう格好、って言ったって、みやびに貰った普通のTシャツに、みやびに貰った短パンに、もともと持っていた白黒の縞々の靴下……。それに、みやびから拝借してきたスニーカーだけど。
「まるっきり部屋着じゃない!」
「ええぇぇええ⁉」
た、確かに、この格好はいつも家にいるときの格好だ……。一番着慣れているからこれにしたけど……。個人的には変な格好ではなく、外でも十分通用するだろうと思っていたけど、やっぱりマズかったのか⁉
慌てふためく俺を見て、みなとがため息をついた。
「もっとこう、オシャレをしようとは思わなかったのかしら……」
「ご、ごめん……」
でも、オシャレと言ったって、俺は女子のオシャレをまったく知らない。長らく男として過ごしてきたからだ。それに、これでも今日は一応身内の女子のファッションセンスに従って服を選んだのだ。主に『み』から始まって『び』で終わって真ん中に『や』が入る三文字の名前の人。しかし、それではダメだったらしい。
そんなダメダメらしい俺の服装に対して、みなとはずいぶんとオシャレだ。全部外出用の服でガチガチに体を固めている感じがする。思えばデートするときはいつもこんな感じだったっけ。制服姿とは違い、大人っぽいオーラが出ている。頼れるお姉さんっぽさ、と言えばいいだろうか。なんだか俺をリードしてくれそうな感じがする。
まあ、今日は実際にそうしてもらうんだけどね。
「みなとは今日の格好、気合いが入っているね」
「当たり前でしょ! ほまれと一緒に出かけるんだから」
「お、おう……」
自分のためだ、と言われると、嬉しさがこみ上げてくる。みなとが俺のためにしてくれたことは、これまで多すぎて数えきれないけど、改めてそう言われるとやっぱりとても嬉しい。
「まあ、こんなところで立ち話もなんだし、さっさと行きましょう」
「うん」
俺たちは早速歩き始める。
道行く人々を掻き分けて俺たちが目指すのは、アパレルショップである。
『お兄ちゃんとデートしてくれませんか?』
数日前のみやびの発言の真意は、俺の服をみなとと一緒に調達してきてもらうことだった。
この体になったことで、これまで俺が持っていた服は、そのほとんどが体に合わなくなってしまっていた。男子用であることもそうだし、着ようにも大きすぎてぶかぶかなのだ。だから、家ではみやびのもう着ない服を着ていたのだが。
みやび曰く、『私のファッションセンスはあまりよろしくないので、もっとまともな服を買った方がいい』と。
みやび曰く、『お兄ちゃんはおっぱいが大きいから、私が持っている下着では窮屈すぎる』と。
みやび曰く、『みなとさんはオシャレだから、お兄ちゃんと一緒に服を選ぶのを手伝ってほしい』と。
みなと答えて曰く、『いいわよ』と。
ということで、今日は、みなとに俺の服を選ぶのを手伝ってもらうことになった。それで、一緒に出かけているのを『デート』と称しているわけだ。まあ、実際にデートなんだけどね。
「ところで、お金は持ってきているわよね?」
「まあ、それなりには……」
今朝出かけるときに、万札を財布の中に突っ込んできたから、今日一日は困ることはない……と思う。
「それなりってどのくらい?」
「えっと、一万円くらい?」
「それなら大丈夫……かしらね。なるべく安いものを買うわ」
「お、お願いします」
服の買い物はとにかく金がかかる印象がある。でも、さすがに一万円はしない……よな? 本当に大丈夫かな……。
数分歩くと、俺たちはたくさんのテナントが入っているショッピングセンターに到着した。中に入ると、外よりもさらにごった返していた。休日だからか、あちこちで家族連れやカップルの姿が見える。
「ほまれ」
前を行くみなとが振り返った。彼女は俺に向かって手を差し出してくる。
一瞬何のことかわからず、俺は動きを止めてしまう。数秒して、みなとは少し顔を赤くすると、俺の右手を掴んできた。
「もう……手を繋がないとはぐれるわよ!」
「う、うん……!」
そのまま俺を引っ張るようにしてエスカレーターを駆け上がっていく。
くっ……咄嗟に意図を汲み取って反応できなかった自分が恨めしい……。もっとしっかりしなければ! 俺!
俺たちは二階に上がると、アパレルショップにやってきた。しかも、ただのアパレルショップではない。レディースしか置いていない専門店だ。そもそもアパレルショップ自体に入るのが何カ月かぶりだし、レディース専門なんて当然ながら入ったことがない。
俺たちは手を繋いだまま、店の中に入って行く。ズンズン進んで、店の奥の方の、デカい鏡や試着室がたくさん並んでいるところまで来ると、ようやくみなとが手を放した。
「ほまれって、素材はいいのよね」
みなとは俺を上から下までじっくり見つめていく。ジロジロ見られるとなんだか恥ずかしい。
「自分の身長やスリーサイズはわかるわよね?」
「うん」
俺は今朝、家を出るときにみやびに書いてもらったメモをみなとに手渡す。身長は百五十五センチだとは知っているが、自分のスリーサイズは把握していない。すぐそこにその数値が書かれたメモがあるが、実はまだ見ていなかった。
「そ、想像以上にスタイルいいわねあなた……」
「ど、どうも……」
みなとがメモを見て、眉をヒクヒクさせている。そんなにとんでもない数値が書かれているのか……。確かに自分でもグラマラスだなぁとは思うけどさ。
男子だった頃はまったく気にしたことがなかったけど、女子は下着を選ぶとき、スリーサイズも気にしなくちゃいけないんだよな。大変だなぁ……。
みなとはメモを折りたたむ。
「とりあえず、適当に服を持ってくるから、試着室の中に入って待ってて」
「わかった。よろしく」
こうして、俺はみなとに服を選んでもらうことになったのだった。