エログロ死ネタはありません。
主にダイよしですが、結局全員出ます。
花丸「ところで、邪なことを考えてたずらね善子ちゃん」
善子「ギクッ!」
津島善子は焦っていた。
善子「……寝坊してしまった」
バスに揺られて、彼女は1人、浦の星女学院へ向かう。
善子「今日、休日練習があることをすっかり忘れていたわ……」💦
スクールアイドルは競争が激しい。それゆえ、どのグループも、パフォーマンスの向上に余念がない。勿論、Aqoursも例外ではなく、今日のように休日返上で学校に集まって練習することが多々あった。
善子「なんで今日に限って、目覚まし時計が鳴らなかったのよ……」
彼女は不幸だった。
前日の深夜まで、彼女は生配信をしていた。そして、今日彼女が目を覚ましたのはお昼の12時。大遅刻である。確かに目覚ましをかけたはずなのだが、何かの不具合で鳴らなかったのだ。飛び起きた彼女は急いで身支度を整え、慌てて家を出て、ちょうどやって来たバスに飛び乗り、現在に至る。
善子「皆、絶対怒ってるわよね……」
彼女は自分が到着した後の、メンバーの反応を頭に思い浮かべる。千歌や鞠莉辺りはまだ大丈夫そうだが、ダイヤ辺りは厳しく非難してきそうだ。勿論、自分に非があるのは分かりきっているが、それを想像すると少しブルーになった。
善子「堕天使……そう、堕天使ヨハネを糾弾できる者はいないのよ……」フフフ
口ではこう言いながらも、メンバーにどう謝ろうか、心の中では考えていた。
バスを降りると、学校はもう目の前。善子の足取りは重い。
善子「何だか空気も異様ね……」
だがそれでも行くしかない。足を進めて学校の敷地の中に入っていく。
善子「……げ」サササ
今、最も出くわしたくない人の後ろ姿を見かけて、思わず彼女は木の後ろに隠れた。
善子「あれ……ダイヤよね……」
癖のない長い黒髪。昇降口の前にいるその女子生徒の後ろ姿は、Aqoursのメンバーの1人、黒澤ダイヤであった。
善子(よりによってなんであんなところに1人でいるのよ! 通りづらいじゃない!)
善子は自分の不幸を心の中で嘆く。昔からいつもそうだ。雨の日に傘は吹っ飛ばされ、ミカンは必ず酸っぱいのが当たる。
だが、それを恨んでいる暇はない。ともかく、練習に参加しなければならないのだ。
善子(ええい、ままよ!)
彼女は木陰から飛び出すと、堂々と昇降口へ歩む。ダイヤから叱責が飛んでくることは覚悟の上だ。
善子が近づく足音に気づいたのか、ダイヤが振り返った。
ダイヤ「! 善子さん!」シュコー
ダイヤは嬉しそうな声を上げる。しかし、善子にはそんなことを気にする余裕は無い。それよりも遥かに大きな、別の要因が彼女を動揺させていた。
善子「だだだだだダイヤ? どどどどどどどうしたのよそれ⁉」
工事現場のような音を連呼し、『善子じゃなくてヨハネ!』とツッコむのも忘れて、善子は一歩下がる。彼女の目に映っていたのは、端正な顔立ちの生徒会長……ではなく。
善子「なんでガスマスクなんて被っているのよ⁉」
鈍色のガスマスクで顔を覆った、黒澤ダイヤの姿であった。
[newpage]
黒澤ダイヤとガスマスク。絶対に組み合わさることのなかった2つが、善子の目の前で奇跡のコラボレーションを成している。インパクトは絶大。彼女がビックリするのも当然だった。
善子「というか、そもそもあんたダイヤなの⁉」
ダイヤ「わたくしはわたくしですわ……と言えども、この状態では信じられませんよね」シュコーシュコー
ダイヤはガスマスクを外す。その下からは、善子のよく知る黒澤ダイヤが現れた。
ダイヤ「これで信じていただけますか?」
善子「疑いようがないわよ……」
ダイヤ「ところで、善子さんはなぜここに? 練習ならとっくに始まって、今はお昼休みの時間のはずですが」
善子「うっ……そ、それは…………」タジタジ
ダイヤ「……まあそれは今は不問にしましょう」
善子の予想に反して、ダイヤはあっさりと追及の手を引っ込めた。呆気にとられた善子だったが、今度は逆にダイヤを追及する。
善子「だ、ダイヤこそこんな時間にどうしたのよ?」
ダイヤ「あら。わたくしは本日、午前中は用事があるから練習には遅れると、昨日伝えたはずですが」
善子「……そ、そうだったわね」
言われてみれば、ダイヤはそんなことを言っていたような気がした。
だが、それにしてもガスマスクを被って練習に来る必要があるだろうか?
ダイヤ「とにかく、善子さん。貴女には大事な話があります」
善子「もしかして、そのガスマスクのこと?」
ダイヤ「その通りです」
ダイヤは一瞬自分の手のガスマスクに目を落とすと、すぐに視線を戻した。
ダイヤ「善子さん、ところでさっきから何か感じませんか?」
善子「急にどうしたのよ?」
ダイヤ「何か普段とは違う……そんな気はしませんか?」
言われるままに、善子は辺りを見渡す。
いつもの学校。いつもの景色。いつもの音。特に何の異変もない。
ただし、透明な水で満ちた水槽に、インクを1滴垂らしたかの如き、僅かな違和感。それを善子は感じた。否、さっきから感じ取っていた。
善子「……異臭?」
ダイヤ「その通りですわ」
うっすら漂う臭い。不快感を煽る臭いだ。
善子「で、その為にわざわざガスマスクまで持ってきたの? 嗅覚過敏なんじゃない?」
ダイヤ「普通なら、そう思うでしょうね……」
善子「……どういうことよ」
含みのある言い方に、思わず善子は食いつく。
ダイヤ「少し前にわたくしがここに来たとき、既にこの臭いは漂っていました。ここまではまだ我慢できたのですが、昇降口の奥へ進んでいくと次第に強くなり……遂に吐き気を催すほどになったので、慌てて引き返したのです」
善子「一旦校舎の中に入って行ったってわけね」
ダイヤ「それから皆さんに電話を掛けました。この臭いについて問い詰めるつもりだったのですが……誰に掛けても一向に繋がらないのです」
善子(ちょっと待って、この時私ならバスに乗っていたから、絶対に気づけていたはず。なぜ繋がらなかったのよ)
善子はそのことに気づき、ダイヤの話を聞きながら持ち物を確認する。
善子(あっ……携帯電話、家に忘れてきた……)
慌てて家を飛び出して来たので、家に放ったらかしになってしまっていたのだ。不幸である。
ダイヤ「これは何か、皆さんに大変なことが起きてしまったのではないか、と思ったわたくしは、急いで身支度を家に引き返すと、臭い対策用のガスマスクを持って戻って来ました」
ダイヤ「そして、再び校舎の中に入ろうとしたそのタイミングで、善子さん、貴女が現れたということなのです」
善子「事情は分かったわ。つまり、7人が大変なことになっているかもしれない、っていうわけね」
ダイヤ「更に言えば、この異臭と何らかの関係がある可能性が高い……」
ダイヤ「人手は多い方が良い。善子さん、一緒に来て下さいますか?」
善子「勿論よ!」
善子「と言いたいところだけど、臭いって吐き気を催すほど強いのよね? 流石のヨハネでも堕天してしまうわ……」フッ
ダイヤ「安心なさい、ガスマスクはもう1つ予備があります」
そう言って、ダイヤは自身の持っているものと同じ、鈍色のガスマスクを差し出した。
善子(用意が良いわね……流石ダイヤ)
善子はそれを受け取ると早速顔面に装着する。無論、ガスマスクを被るのは人生初のことであった。
浦の星女学院の昇降口。そこにはガスマスクを被った女子高校生2人が佇んでいた。
ダイヤ「それでは、行きますわよ!」シュコー
善子「了解!」シュコー
ダイヤの先導で2人は昇降口から校舎へ入る。ガスマスク姿の人物が2人、そろりそろりと廊下を進む様は、端から見ると、完全にテロリストや犯罪者の類いそのものだった。
善子「うっ……」シュコー
ダイヤ「やはり、少しは感じますね……」シュコー
廊下には、外よりも遥かに強い臭いが充満しているようだった。ガスマスク越しでも不快な臭いを微かに感じる。
善子(もしガスマスクを外したら……もんのすんごい臭いでしょうね……ダイヤが気持ち悪くなるのも納得だわ……)
ダイヤ「善子さん、ここから先、絶対にガスマスクを外さないで下さい」シュコー
善子「分かってるわよ」シュコー
ダイヤ「外したら間違いなく吐き気が襲ってきます。最悪の場合、吐瀉物が気管を塞いで死にますわよ」シュコー
善子「し、死……⁉」シュコー
大袈裟な言葉だが、この状況下ではとても冗談には思えない。善子は戦慄し、身震いした。
昇降口を通り抜け、廊下を左に曲がる。臭いが一段と強くなると同時に、2人は誰かが倒れているのを発見した。
ダイヤ「果南さん!」シュコー
善子「果南!」シュコー
果南「……」グッタリ
Aqoursの3年生、松浦果南。
慌てて2人は駆け寄るが、果南は無反応だ。
ダイヤ「果南さん! こんなところで寝ないで下さい! 果南さん!」シュコーシュコー
善子「一応脈はあるみたい……気絶してるわ」シュコー
ダイヤ「どど、どうしましょう?」シュコーシュコー
善子「落ち着きなさいよ。まず、果南だけでもこの場から連れて行くわよ」シュコーシュコー
果南「……」グッタリ
善子「元凶のすぐ近くまで来ているみたいだけど……流石にこのまま果南を放っておくわけにはいかないわ」チラリ
善子が視線を向けた先には、半開きのドア。理事長室だ。果南の爪先はその部屋の中にかかっている。
果南はそこから出て来ようとして力尽きた。そして、この臭いもドアの中から漂ってくる。状況から、理事長室に元凶があることは明らかだった。
ダイヤ「分かりました。それでは、早速運び、ます、わよ……!」ンギギ
ダイヤ「お、重いですわ……」ンギギ
善子「果南に聞かれたらぶっ飛ばされるわよ」シュコー
善子「はぁ……私も手伝うわよ。ほら、左肩を持って」シュコー
ダイヤ「あ、ありがとうございます……」シュコー
善子(ダイヤ、もう少し鍛えた方がいいんじゃないかしら……)
2人は果南を両脇から支えるようにして、腕を肩に回させて退却していく。そして、昇降口から外に出ると、コンクリートの地面の上で、果南に回復体位をとらせた。
ダイヤ「服が汚れてしまいますが……許してください」シュコーシュコー
善子「それじゃ、私はもう一度行ってくるわ」シュコー
ダイヤ「わたくしも行きますわ!」シュコー
善子「ダメよ、ダイヤはここで待っていた方がいい」シュコー
ダイヤ「どうしてですか⁉」シュコー
善子「だって、考えてみなさいよ。果南にとっては、理事長室の前で倒れたはずなのに、気づいたら外にいるのよ? 説明役が必要じゃない?」シュコー
善子「それだったら、私よりも幼馴染みのダイヤの方が適任でしょ?」シュコー
ダイヤ「……分かりましたわ」シュコー
善子(ダイヤだと力が無さすぎて結局足手まといになりそうとは言えない……)
善子「意識が戻ったら、事の顛末を聞き出しておいてね」シュコー
ダイヤ「任せて下さい!」シュコー
善子は再び校舎の中に入り、他のメンバーの救出を試みる。
善子(とにかく、まずは理事長室ね……。一体そこで何が起きたのか)
善子は理事長室に辿り着くと、半開きのドアを押し開けて中に入っていく。
善子「ううっ、くっさ!」シュコーシュコー
部屋の中に入ると、強烈な臭気。ガスマスクをしているのに、している気がしない。
善子は確信した。理事長室は、もはや人類の生存に適した環境ではない、と。少しでもガスマスクが外れたら、待っているのは嗅覚を破壊する激臭と猛烈な吐き気と死。
そんな過酷な環境と化した理事長室に、残りの6人の姿はあった。
善子「皆……」ウッ
善子はあまりの惨状に声を詰まらせる。
善子「ズラ丸……」シュコー
手前で棚に寄りかかっているのは国木田花丸。安らかな顔で目を閉じている。
善子「ルビィ……」シュコー
その逆サイドにはダイヤの妹、黒澤ルビィ。口が半開きのまま動かない。
善子「リリー……」シュコー
ルビィの奥に横たわっているのは桜内梨子。善子とは逆の方を向いている為、顔は見えない。
善子「曜……」シュコー
その梨子と折り重なるようにして倒れているのが渡辺曜。右手を伸ばし、左手で口と鼻を覆ったままの姿勢で力尽きている。
善子「あそこにいるのは千歌……?」シュコー
理事長室の最奥、理事長デスクの向こうから飛び出している足は、Aqoursのリーダー、高海千歌のものだろうか。
善子「マリー……酷い顔ね」シュコー
そして、理事長室の席に座っているのは当学院理事長にして3年生、小原鞠莉。彼女は、体を仰け反らせた格好で白目を剥き、泡を吹いていた。せっかくのべっぴんさんが完全に台無しである。
無論、6人全員仲良く揃って気絶している。
善子「とりあえず、一番近いズラ丸から運ぼうかしら……」ヨイセ
善子は花丸を起き上がらせると、理事長室から運び出す。
花丸「……」グッタリ
善子(今更だけど、やっぱりダイヤがいた方が良かったかも……1人でJK運ぶの辛いわ)
善子は苦労しながらも、花丸を昇降口まで連れていく。
善子(それにしても、花丸の……その……ムネが腕に当たっているんだけど/// なんかエロい///)カアァァ
善子(ロリ巨乳……バスト83……/// 国木田山脈……)
善子(とても同い年とは思えないわ……)
善子「って何を考えているのよヨハネ! ズラ丸のことだから、後で『邪なことを考えてたずらね善子ちゃん』とか言われそうね……」シュコー
昇降口を出てダイヤの下へ辿り着くと、ダイヤは果南の様子を心配そうに見守っていた。
ダイヤ「善子さん……まずは花丸さんですか」シュコー
善子「ええ。理事長室の中に他のメンバーがいたわ」シュコー
ダイヤ「! 様子は」シュコー
善子「ダメね。全員気絶しているわ」シュコー
ダイヤ「そうですか……」シュコー
善子「このまま全員運んでくる」シュコー
善子「……花丸をよろしくね」シュコー
ダイヤ「任されましたわ」シュコー
果南と同様、花丸に回復体位をとらせると、善子は次のメンバーの救出へ向かう。
善子「ドアに近い順だと、次はルビィね」シュコー
ルビィ「……」グッタリ
口を半開きにしたまま気絶しているルビィを、善子は昇降口まで運んだ。
どこからか取り出した下敷きでバタバタと2人に風を送っていたダイヤは、ルビィを連れた善子の姿を見るなり駆け寄ってくる。
ダイヤ「ルビィ! しっかりしなさい、ルビィ!!」シュコーシュコー
善子「落ち着いてダイヤ。ルビィも気絶しているだけだから」シュコー
ダイヤ「それはそうですが……ルビィ……」シュコー
ガスマスクを着けていても、ダイヤが泣きそうなことくらい、善子には分かった。
善子「……大丈夫よ。臭いの薄い所にいれば目覚めるはずだから」シュコー
善子「次、行ってくるわね」シュコー
4往復目。次は梨子の番だ。善子は梨子の顔の方に回って、様子を確認する。
善子「リリー……白目を剥いてる」シュコー
梨子「……」グッタリ
写真でも撮ってネタにしよう、という考えが一瞬頭をよぎったが、そんなふざけた真似はしてはならない、と堕天使の中の天使が囁いた。
堕天使にだって良心はある。善子は梨子の救出に着手した。
そして理事長室から梨子と出ようとした、その瞬間だった。
ルビィ「ピギィーーーーーーーー!!!!」
善子「な、何事⁉」シュコー
ルビィの特徴的な悲鳴が聞こえた。高音波がビリビリと窓を震わせる。何があったのか確認するために、善子は急いで昇降口へ向かう。
そこで目にしたのは……。
ダイヤ「落ち着いて下さいルビィ!」シュコー
ルビィ「うわーーーーーん! が、ガスマスク!! 怖いよぉーーー! 誰かーーー! 助けてぇー!」ピギィ-!
錯乱して大泣きするルビィとそれを宥めようとするダイヤの姿だった。
ダイヤ「ルビィ! わたくしですわ! ダイヤです! 貴女のお姉ちゃんですわ!」シュコー
ルビィ「ひいーーーん! おねえちゃぁこんな怖い顔じゃないもん!」ピギィ
ダイヤ「ならばこれでどうですか!」パッ
ダイヤはガスマスクを取った。刹那、ルビィは騒ぐのを止めた。
ルビィ「お、おねえちゃぁ……」
ダイヤ「そうです、貴女のお姉ちゃんです」
ルビィ「うぅう……おねえちゃぁーーーーーーーー!」ピギィ-!
……と思ったのもつかの間、ルビィはダイヤに抱きついて再びわんわん泣き始めた。
善子「ダ、ダイヤ……」
ルビィ「ピギィ!」ビクッ
ダイヤ「安心なさい、あれは善子さんですわよ」
善子「善子じゃなくてヨ・ハ・ネ!」シュコー
善子は梨子を横たえると、ガスマスクを外す。
ルビィ「よ、善子ちゃぁ……」
善子「ヨハネよ」スポッ
善子は一瞬素顔を晒すと、またガスマスクを被る。
ルビィ「ピギィ!」ビクッ
善子「……」パッ
ルビィ「善子ちゃぁ……」
善子「……」スポッ
ルビィ「ピギッ」ビクッ
ダイヤ「善子さん? ルビィで遊ばないで下さい」ゴゴゴ
善子「すいませんでした」
そんな茶番を繰り広げていると、ルビィの隣でモゾモゾと動く人影。ルビィの悲鳴がトリガーとなり、覚醒したのだ。
花丸「ぅ、うぅーん……」
ルビィ「花丸ちゃぁ!」
善子「ズラ丸!」シュコー
ダイヤ「花丸さん、起きたのですか⁉」
花丸は青ざめた顔している。
花丸「うぅ……ゲホッゲホッ!」
ルビィ「花丸ちゃぁ! 大丈夫?」
花丸「はぁ……何とか。口の中がとんでもなく不味いずら……」ウッ
ダイヤ「臭いが鼻の奥を通って、口まで来たのでしょうね……。確か外に水道があったはずなので、そこで口を濯いで来ると良いでしょう」
花丸「わ、わかりました……」ヨロヨロ
ルビィ「ル、ルビィも一緒に行くね!」タタッ
善子「……それじゃあ私は引き続き残りを救出してくるわ」シュコー
ダイヤ「あと残っているのは、曜さん、千歌さん、そして鞠莉さんですわね」
善子「ええ。ズラ丸たちが戻ってきたら、聞き取り宜しくね」シュコー
善子は残されたメンバーの下へ向かった。
数分後、幾らか顔色が良くなった花丸とルビィが戻ってきた。
ダイヤ「ルビィも花丸さんも、気分はいかがですか?」
花丸「さっきよりマシになったけど……ちょっと気分が悪いずら……」
ルビィ「ルビィも……」
ダイヤ「そうですか……」
ダイヤは改めて姿勢を正すと、2人に問う。
ダイヤ「では単刀直入に伺いますが、理事長室で貴女たちの身にいったい何が起こったのですか?」
花丸「……実は、マルも何が起こったのか良くわかってないずら」
花丸はそんな語り出しで、自信が体験した事のあらましを説明し始めた。
[newpage]
―午前の練習後―
花丸たち7人は、理事長室に来ていた。
練習が終わった後の昼休みは、弁当を食べる時間。その弁当の入った皆の荷物は、理事長室に置いてあったのだ。
花丸(つ、疲れた……。今日の練習はハードだったずら)
花丸はヘトヘトだった。
元々花丸は文学少女。校庭で遊んだり運動したりするよりも、図書室で本を読みふける方が好きなのだ。それゆえ、体力面ではグループの中でも劣っている方である。
理事長室に着くなり、花丸は棚にもたれ掛かるようにして座り込んでしまった。
ルビィ「花丸ちゃん! 大丈夫?」
その様子を見て、ルビィが心配そうに見てくる。
花丸「ルビィちゃん……マルは大丈夫ずら……」
ルビィ「お昼ご飯食べて、午後も頑張ルビィ!」
花丸「そうずらね」フフッ
大丈夫と言っているが、所詮それは他人を安心させるための口先だけの言葉だ。
向こうでは上級生たちが理事長室の机に集まって、何やらワイワイしている。そこに加わる元気は花丸には残っていなかった。
すると、突然ブシュ! という音がした。
鞠莉「きゃっ!」
千歌「うっ!」
果南「あっ……」
驚いて首だけその方へ向けると、鞠莉がグッタリと白目を剥き、千歌が倒れて、果南がフラッとよろめくのが見えた。
ルビィ「ピッ!」ピクッ
花丸「……何事ずら?」
何が起こったのか、さっぱり理解できなかった。余りにも突然すぎる展開。余りにも少なすぎる状況説明。
ただ事実として残るのは、プシュ、という音の後、どうやら鞠莉と千歌が気絶したらしい、ということだけだ。
何が起きたのか把握する前に、次に異変を感じ取ったのは曜と梨子だった。
曜「鞠莉ちゃん! 千歌ちゃ……う゛っ」ドサリ
梨子「な、何この臭い……気持ち悪い……うぷっ」ドサッ
そのまま2人も床に倒れこんだ。
いったい何が起きているのか。臭い? 気絶? 混乱した頭の中で、この2つの単語がグルグルと渦を巻く。
そして、5人を襲った目に見えない謎の脅威は、遂に部屋の端にいた2人にも、その牙を剥いた。
ルビィ「ピッ! 花丸ちゃぁ……なんか臭う……」
花丸「マルも感じるずら」
不快な臭い。最初は微かだったが、次の瞬間、猛烈な濃度で2人を襲う。
ルビィ「きゅぅ」
花丸「⁉」(ルビィちゃん!)
ルビィは鼻で呼吸した瞬間、余りの刺激に一瞬で気絶してしまった。だらっと口が半開きになる。
そしてコンマ数秒の差で花丸にも臭いは襲いかかった。そして運の悪いことに、花丸もその時鼻で息を吸うタイミングだった。
花丸(な、なにこれ……)
強烈な臭いが、一気に花丸の鼻の中に侵入し、脳を揺さぶる。余りのショックで、反射的にえずくが、空っぽの胃からは何も出てこない。
今すぐここから逃げよう、そう思うにも疲れで体が動かない。
花丸「あ……う……」
花丸(苦しい……意識が……飛びそう……)
その時、花丸は悟った。
この苦しみを受け入れればかえって楽になるのだ。全てを受け入れ包容することで、人は煩悩を滅し涅槃になるのだ、と。
その境地に至った花丸は、苦しみを受け入れた。そして、花丸の意識は闇に落ちていったのだった。
[newpage]
ダイヤ「……なるほど、分かったような分からないような」
花丸「マルのお話、あまり参考にならないよね……ごめんなさい」ションボリ
ダイヤ「い、いえ! そんなことはないですわ! この臭いが原因で、貴女たち7人が倒れたということが分かっただけでも大収穫ですわ!」
ダイヤ「花丸さん、ありがとうございました」
ダイヤ「ルビィも、何か知っていることはありますか?」
ルビィ「うーん……あ、そうだ!」
ルビィ「花丸ちゃぁは良く聞いていなかったって言ってた鞠莉ちゃんたちの会話だけど、ルビィ、ちょっとだけ覚えてるんだ!」
ダイヤ「なんと! 流石わたくしの妹、ルビィですわ! それで、鞠莉さんたちは何を話していたんです⁉」
ルビィ「んーと、なんか食べ物のお話をしていたよ! 長くて難しい名前も言っていたと思うんだけど……うゅゅ、なんだっけ……」
ダイヤ「ルビィ! そこは重要なところです! 頑張って思い出して下さい!」
ルビィ「す…………」
ダイヤ「す?」
花丸「す?」
善子「す?」シュコー
ルビィ「すとれ……なんとか」
ルビィ「うー……忘れちゃったよぅ」
ダイヤ「すとれ……お酢を使った料理の一種でしょうか?」
花丸「なんか外国語っぽい気がするずら」
善子「確かにね。ストレから始まる単語は、ストレッチとかストレートとか、だいたい英語よ」シュコー
ルビィ「ピィ⁉ 善子ちゃぁいつからそこに⁉」
善子「ダイヤが『流石わたくしの妹、ルビィですわ!』と言った辺りからいたわよ」シュコー
曜「……」グッタリ
そう言うと、善子は曜の体を静かに横たえた。
善子「で、聞き取っていたみたいだけど、何か分かったの?」シュコー
ダイヤ「ええ。2人の話を総合すると、
①皆さんはこの異臭によって気絶した
②異臭の原因は食べ物で『すとれ』という名前が入る
③異臭の原因は理事長のデスク周辺にまだ残っている
この三つが言えますわ」
善子「なるほどね」シュコー
ダイヤ「それに、おそらく真相を知っているのは、最初に気絶した千歌さんと鞠莉さん、そして果南さんでしょう」
善子「理事長室に残っているのは、千歌とマリーの2人ね」シュコー
善子「それじゃあ行ってくるわね」シュコー
善子は歩きながら考える。
善子(すとれ……すとれ……)
善子(『すとれ』っていったい何よ。その3文字から始まる食べ物なんて思い付かないわよ)
善子(いや、待てよ……。誰も『すとれ』から始まるなんて言ってないわよね?)
善子(途中に『すとれ』が入るのかも……)
善子(あー! 分かんなくなってきた! そんな食べ物知らないわよ!)
千歌「……」グッタリ
善子「とりあえず、千歌を運ばないと……」ヨイショ
善子「ううぅ……入り口よりも、この辺は一段と臭いわね……」シュコー
その時、善子の視界に理事長室のデスクが入る。
善子(ん……あれは?)
デスクの上に、何か置いてあるのがチラッと見えた。善子の中にそれを追究したいという好奇心が芽生える。
善子(……ダメよ、今は千歌を運ばないと)
善子(それに、どうせ後でもう一度、鞠莉を助けるためにここには来るわ)
善子が千歌を連れて昇降口へ戻ると、ちょうど梨子と曜が目を覚ましたところだった。
曜「……おは、よーそろー」
梨子「…………うっ」
2人とも猛烈に気分が悪そうだ。ルビィや花丸よりも、臭いの元凶に近かった分、影響も大きく出ているのだ。
ダイヤ「気がつきましたか?」
曜「ダイヤさん……ここは」
善子「昇降口の外よ」シュコー
曜「うわわっ! ガスマスク⁉」
曜「……ってよっちゃんか」
善子「ヨハネよ」シュコー
善子「ダイヤ、千歌を下ろしていくわよ」シュコー
ダイヤ「わかりましたわ」
梨子「よっちゃん、もしかして全員を……」
善子「ダイヤと2人でね。あとはマリーだけ」
曜「よっちゃん……ダイヤさん、ありがとう」
曜「うぷっ」
ダイヤ「曜さん、梨子さん、向こうに水道がありますから、そちらへ行って来て下さい。いざというときのトイレもありますから」
梨子「わかり、ました……曜ちゃん、行こう」
曜「よーそろー」
善子「……それじゃ、帰ってきたら2人に話を聞いておいてね」シュコー
ダイヤ「もちろんですわ。善子さんこそ、鞠莉さんを宜しく頼みますわ」
善子は最後の1人、理事長室で理事長の席に座って気絶している理事長の小原鞠莉を迎えに行った。
善子と入れ違いになるように、曜と梨子の2人が戻って来る。幾分か落ち着きを取り戻したようだ。
善子に言われた通り、早速ダイヤは2人に話を聞こうと口を開く。だが次の瞬間、意外な人物の声が背後から聞こえた。
果南「……んんっ、はぁー良く寝た」ムクリ
ダイヤ「果南さん⁉」
果南が何の前振りも無く、起き上がったのだ。その様子に驚愕を隠せないダイヤと目が合い、一言。
果南「あれ、ダイヤじゃん」
ダイヤ「……果南さん! よかった! 本当に良かった……!」ハグッ
果南「ちょちょっ// どうしたのダイヤ! 急に抱きついてきたりなんかして//」
果南「ハグはわたしの専売特許だよ! ってなんか泣いてる⁉」
ダイヤ「よ、よかった……廊下で倒れている貴女を見たとき、もう手遅れかと……」グスッ
果南「大袈裟だなぁダイヤは。わたしはそんなにすぐには死なないよ」ヨシヨシ
果南はダイヤを優しく撫でる。
不意にダイヤの動きが止まった。そして、スススと無言で果南から離れる。
ダイヤ「……果南さん」
果南「なに?」
ダイヤ「……非常に言いづらいのですが」
果南「言ってみなよ」
ダイヤ「ものすごく臭いです」
果南「はぐっ!」ハグッ
ダイヤ「ピギャアアアアアア! 」ビキビキ
フィジカルお化け・松浦果南はダイヤを強く抱き締めた。ダイヤの体から音が鳴る。
しかし、ダイヤの言っていることは正しい。花丸の話より、果南は第一被害者のグループに入っている……つまり、臭いの直接的な被害を浴びている人物なのだ。
これを聞いた、他のこの場にいるメンバーも、あわてて自分の臭いを嗅ぎ始めた。
曜「うっ……うぉぇ」
梨子「やっぱりくさい……」
ルビィ「臭いとれなかったらどうしよう……」
花丸「聖水で身を清めるしかないずら」
そしてこの騒ぎで気がついたのか、千歌も目を覚ました。
千歌「あれ……皆? なんでわたし、昇降口の外でコンクリの上で寝てるんだ?」
曜「千歌ちゃん!」
梨子「千歌ちゃん!」
千歌はいまいち状況を飲み込めていないようだった。
ダイヤはやっとのことでハグ果南から解放されると、この場にいる他の6人に呼び掛ける。
ダイヤ「ごほん、とりあえず目覚めた方もいるようなので、わたくしから今の状況を改めて説明しますわ」
ダイヤ「かくかくしかじか」
果南「なるほどね、それで善子が1人ずつ運んで来てくれたんだ」
千歌「よっちゃん……スゴいね!」
果南「で、善子は今どこに?」
ダイヤ「鞠莉さんを理事長室からここに連れてこようとしていますわ」
ダイヤ「それよりも、貴女たちの身に何があったのか、この不快な臭いは何なのか、きっちり話して貰いますわよ!」
[newpage]
その頃、善子は理事長室にいた。
気絶している鞠莉は、今までのメンバーとは違い、椅子に座っている。ここから体勢を変えさせて連れ出すのは、至難の技だ。
善子(どうしようかしら……)
善子はうろうろと鞠莉の回りを歩く。そしてふと、デスクの上に視線を落とすと、何かが置いてある。
さっき、千歌を連れ出すときに一瞬視界に入って気になった、あれだ。
善子「これは……」シュコー
善子は近づき、それが自分の見知ったものであると分かり、思わずその名を呟いた。
善子「缶詰……よね?」シュコー
☆
ダイヤ「缶詰、ですか?」
果南「そう、缶詰」
千歌「なんかね、鞠莉ちゃんが言うには、とっても珍しい缶詰で、船でしか輸入できないんだって!」
梨子「なんかスゴく膨らんでいたよね」
曜「そうそう、今にも破裂しそうに見えたよ」
ダイヤ「……破裂、缶詰、臭い」
ダイヤは思考を整理するために、3つの単語を呟く。次の瞬間、ダイヤの頭の中に何かが降臨した。凄まじい勢いで、点と点が繋がっていく。
ダイヤ「ま、まさか……!」
☆
善子「ま、まさか……!」
善子は缶詰を目の前にして戦く。
善子「この缶詰が元凶……?」
缶詰は内側から強い力で押されたかのように、蓋の一部が取れ、中身が顔を出していた。
一見するとピンク色と白黒が混じって液体の上に浮いているように見える。どうやら、魚の缶詰らしい、と善子は推測する。
中身の液体だろうか、それが机の上に少し飛び散っている。幸いなことに、床や鞠莉にはかかっていないようだ。
善子「うぅ……触ったら臭いが移りそうね。触ることさえ憚れるわ」シュコー
善子「魚の缶詰……凄まじい臭い……」シュコー
次の瞬間、善子の頭の中に何かが降臨した。凄まじい勢いで点と点が繋がっていく。
善子「この缶詰の名前って……!」シュコー
☆
ダイヤ「この缶詰の名前って……!」
ルビィ「おねえちゃぁ分かったの⁉」
ダイヤ「はい、確信しましたわ」
ダイヤ「ここまでとんでもなく臭い缶詰は、わたくしは世界で1つしか知りません」
ダイヤ「さらに、熟成が進むと爆発することもある、と聞いたことがあります」
ダイヤ「間違いありません、この缶詰の正体は……」
☆
善子「間違いないわ、この缶詰の正体は……」シュコー
缶詰に触れずに視線を落として側面を見ると、そこには商品名が書いてあった。
今この瞬間、善子の確信は揺るぎないものになった。
☆
ダイヤ「シュール」
善子「ストレミング」シュコー
缶詰の側面には、『Surströmming』と書いてあった。
[newpage]
鞠莉「んんっ……」
善子「ようやくお目覚めね」シュコー
鞠莉「よ、善子……?」
ダイヤ「全く、遅いですわよ」シュコー
鞠莉「その声はダイヤ……?」
鞠莉「ってWhat⁉ なんで2人ともガスマスクしているの⁉」
鞠莉「というか、ここは……」
善子「昇降口前よ」シュコー
ダイヤ「他の皆さんもいらっしゃいますわ」シュコー
鞠莉が辺りを見渡すと、少し離れたところで他の6人がこちらを見ているのがわかった。皆、一様に喜んでいるのか困っているのか微妙な表情をしてこちらを見ている。
ダイヤ「ところで、気分はいかがですか?」シュコー
鞠莉「うーん……sosoと言ったところかしら」
鞠莉「なんだか長い夢を見ていたようだわ」
鞠莉「確かマリーがお花畑の中をスキップしていると、広い川に出て」
鞠莉「対岸で妙に親近感のあるおばあさんやおじいさんたちが、こっちに来るな! って言わんばかりにシッシッってしてたわ……」
善子「三途の川⁉」シュコー
鞠莉「オーウ、サンズノリヴァー! わたしったら、生死を彷徨っていたの⁉」シャイニー
善子「一番重症だったのは、マリーだったみたいね」シュコー
鞠莉「ところで、さっきから気になっていたんだけど、なんで皆わたしに対して引いているの? それに2人ともなんでガスマスクを着けているの?」
善子「それは、ねぇ……もちろん」シュコー
ダイヤ「鞠莉さん、貴女自分の臭いを嗅いでみて下さい」
鞠莉「Why? ……まあいいけど」スンスン
鞠莉「うっ……うぉぇ」
ダイヤ「という訳なのです」シュコー
善子「わたしたちがマリーの近くにいるためには、臭い避けのガスマスクが不可欠ってわけよ」シュコー
鞠莉「オーマイガー……」
だから、他の6人が自分から離れた位置でこっちを見ているのか、と鞠莉は納得した。
ダイヤ「さて、それでは改めて聞かせてもらいますわよ!」シュコー
ダイヤ「なぜ理事長室にシュールストレミングがあったのか!」シュコー
ダイヤ「そして、わたくしたちが来る前に、部室でいったい何があったのか!」シュコー
鞠莉「……ええ、すべて話すわ」
[newpage]
―午前の練習後―
一同は荷物が置いてある理事長室に立ち寄った。
鞠莉「待ちに待ったランチタイムデース!」
千歌「今日も蜜柑持ってきたよ!」
鞠莉「千歌っちは蜜柑大好きね!」
鞠莉は理事長室のデスクの近くに置いてある自分の荷物を開け、弁当を取り出す。その拍子に、コロコロと何かが鞄の外へ転がり出した。
果南「……これは?」
曜「何かの缶詰かな?」
果南「鞠莉! 何か落ちたよ?」
鞠莉「オウソーリー!」
梨子「これは缶詰?」
鞠莉「イエス!」
千歌「わぁ……なんか外国語ばっかりだけど、これ何の缶詰なの?」
鞠莉「これはSurströmmingよ」
果南「しゅーるすとれみんぐ?」
千歌「なんか不思議な名前だね」
鞠莉「世界で一番臭い缶詰と言われているわ」
曜「く、臭いの⁉」
鞠莉「何でも、日本の臭いもの代表『くさや』の6倍は臭いらしいわ」
千歌「うへぇ……なんかすごい食べ物だね」
梨子「そんな缶詰、どこの国で作っているの?」
鞠莉「確かスカンジナビアの方だったかしらね」
千歌「すかんじなびあ?」
鞠莉「スウェーデンとか、ノルウェーあたりよ」
鞠莉「元々は保存食で、缶の中で魚を発酵させているらしいわよ」
鞠莉「まぁそのせいで臭いがものすごい訳なんだけど」
梨子「……なんかスゴく膨らんでるね」
曜「ちょっと破裂しそうで怖いなぁ」
鞠莉「実際、発酵が進むとガスが発生して爆発することもあるらしいわよ」
千歌「ば、爆発ぅ⁉」
果南「ひえ~怖いね~」
鞠莉「だから、飛行機では輸入できないの。船でしか取り寄せられないから、日本ではとっても貴重な食料ね♪」
果南「でも何でそんなものを持ってきたのさ」
鞠莉「マリーにもわかんないや」テヘペロ
鞠莉「粗方、家で何かの拍子にに入っちゃったんだと思うわ。それか、過去のわたしが何を思ってかこのバッグに入れて、それを忘れてたのかも」
鞠莉「ま、とにかくこれはしまっておかなくちゃね」
鞠莉は、缶詰を鞄の中にしまおうと立ち上がる。
不幸が訪れたのはその時だった。
鞠莉「あっ……」
ツルン、と鞠莉の手が滑った。
持っていた缶詰が、理事長室のデスクの上へと、地球の偉大なる重力を受けて自由落下を始めた。
――缶詰は加速する。1秒にも満たない時間の後、それはデスクの上面に衝突した。
一方、缶詰の中身は元々限界を迎えようとしていた。
3年以上前に北欧の地にて作られたシュールストレミングはただでさえ十分に発酵していた。だがそこからを船で赤道を越え日本にやって来て、さらに高温多湿な季節を2回ほど経験していた。
その間も発酵は進み、今や缶の中のガスは、蓋の弱い部分を打ち破らんとばかりに荒れ狂っていたのだ。
それでもまだ缶は耐えギリギリのところで均衡を保ち、ガスと臭いを閉じ込めていた。
しかし、理事長デスクに打ち付けられた衝撃、これに耐えることはできなかった。
衝撃で、缶の蓋の緩い部分が、中の圧力に耐えかねたのだ。
その結果、何が起こったか。
ブシュ!
荒れ狂うガスは、弱くなった缶の蓋を突き破り、中身の液体と共に間欠泉の如く噴出する。そして、それはちょうど缶を拾おうとした鞠莉、そしてその両隣にいた千歌と果南に直撃した。
鞠莉「きゃっ!」ガックリ
千歌「うっ!」バタン
果南「あっ……」ヨロッ
ガスの臭いは強烈だ。思いっきり吸い込んだ彼女らは、あまりのショックに、何が起こったかを知覚する前に意識を刈り取られてしまった。
鞠莉は後ろから倒れるようにして理事長室の椅子へ、千歌はなすすべもなく床へ、果南は横によろけた。
吹き出たガスと臭気は、すぐに密閉された空間である理事長室に広がっていく。
曜「鞠莉ちゃん! 千歌ちゃ……う゛っ」ドサリ
梨子「な、何この臭い……気持ち悪い……うぷっ」ドサッ
この2人も餌食となり、苦しみながら意識を失った。
最後に、ドア付近の2人。彼女らも、抵抗する間もなく強烈な臭いを前にして無力化された。
だが、1人だけ部屋の中で動いている人物がいた。
果南だ。
果南「……」ヨタヨタ
シュールストレミングガスの直撃を受けた者は、その臭いのあまり失神してしまうという。事実、鞠莉と千歌は失神していた。
しかし、果南はそれが中途半端だった。半分意識が無くなった状態で、彼女はドアの方に向かっていた。
意図しているわけではない。彼女はもう何も考えていなかった。つまり、ドアに向かったのは本能。生ける屍になったまま、彼女は体を引きずってドアを目指す。
それでも、シュールストレミングには抗いきれなかった。
果南「……」バタッ
ドアを開け、体を外に出した瞬間、果南は遂に気絶してしまった。そのまま動かなくなる。
こうして7人が完全に気絶した。
ガスマスクをしたダイヤと善子が乗り込んで、全員を救出・介抱するのは、その後の話であった。
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善子「つまり、マリーがシュールストレミングの缶を落として開けてしまったから、この惨事が起きてしまった、と」シュコー
鞠莉「……そういうわけね」
鞠莉は責任を深く感じていた。
鞠莉「みなさんにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
座ったまま、皆の方へ体を倒す。いわゆる土下座。
千歌「ま、鞠莉ちゃん!」
梨子「そこまでしなくても……」
果南「そうだよ、顔をあげてよ」
鞠莉「うぅ……でもぉ……」
ダイヤ「鞠莉さん、謝罪も重要ですけど、まだ事件は終わっていません」シュコー
ダイヤ「この凄まじい臭いのする学校をどうにかしなければなりません」シュコー
善子「そうね……明日にはまた生徒たちが来るわけだし、全員ガスマスクで登校なんてことになるわよ」シュコー
ダイヤ「さらに、わたくしたちもこのままでは臭すぎて帰れませんわ」シュコー
鞠莉「そうよね……わかったわ。みんな、ちょっと待ってて」
鞠莉は携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。
数十分後、学校にやって来たのは2台の大型車。1台はポンプ車のような見た目をしていて、もう1台はトラックだった。
鞠莉「こっちこっち! オーライオーライ!」
2台の車が校庭へ止まると、トラックの中から防護服姿の作業員が何人か降りてきた。
鞠莉「かくかくしかじか」
作業員に鞠莉は何やら話しかけると、彼らは消火器のようなボンベとホースを持って、校舎の中へと入っていった。
花丸「……今のはなんずら?」
鞠莉「消臭のエキスパートよ。彼らには校舎の消臭を徹底的にやってもらうわ!」
ルビィ「しゅ、しゅごい……」
曜「さすが小原家……スケールが違う」
善子(消臭のエキスパートって……いったいどんな伝手なのよ)
鞠莉「わたしたちもボーッとはしてられないわよ! ほらこっち来て!」
鞠莉が、もう1台のポンプ車のような車の近くに皆を集める。そこにはもう1人防護服姿の作業員がいた。
鞠莉「かくかくしかじか」
作業員に何かを話しかけると、鞠莉は皆の方に向き直る。
鞠莉「それじゃ、皆の体も消臭するわよ!」
果南「体? 脱ぐの?」
梨子「ひゃぁあ///」カァアア
鞠莉「そんなわけないでしょ! 服ごとよ! ふ・く・ご・と!」
鞠莉「こんな風にね」ブシャアァァ
次の瞬間、鞠莉の姿は白い霧に覆い隠された。そして数秒後に再び現れた時、彼女は真っ白な粉を被っていた。
鞠莉「消臭剤ぶっかけコースデース♪」マッシロ
善子(教科書によく載ってる、戦後のDDTの散布の図、みたいね……)
そのまま全員が服を来たまま消臭剤を被り、また校舎の消臭が終わったところで、練習どころではなくなったスクールアイドル部は、本日の活動を終えた。
理事長室のシュールストレミングは、厳重に密閉して廃棄するそうだ。
もちろん、消臭された9人は家に帰ってから念入りにお風呂に入ったという。
直接被害に遭っていない善子も、念入りに体を洗った後、湯船に浸かる。
善子「それにしても、今日は散々な目にあったわね……」チャポン
善子「でも、目覚まし時計が予定通りに鳴って、みんなと一緒に練習に参加していたら……」ブルッ
善子「目覚まし時計が壊れて、幸運だったわ……」
人間万事塞翁が馬。不幸だと思った出来事は実は幸運だった、ということがある。善子は今日1日を通して、それを実感したのだった。
こうして、浦の星女学院の異臭騒ぎは、9人しか知らないところで人知れず終結したのだった。
――後日、浦の星女学院の校則に、『シュールストレミングの校内持ち込み禁止』という条項が加わったとか、加わっていないとか。