善子ちゃんの辛党はどこからやって来たのか、千歌ちゃんとルビィちゃんと花丸ちゃんが探るお話。
千歌「ずっと気になっていたんだけどさ」
千歌「善子ちゃんって辛いもの食べても平気じゃん?」
花丸「まあ、そうずらね」
千歌「なんでそうなったのかな?」
ルビィ「どういうこと?」
千歌「だってさ、善子ちゃんの創作料理……名前なんだっけ?」
花丸「『堕天使の泪』ずら」
千歌「そうそうそれ。あれ、食べた時とんでもなく辛くて舌がバカになりそうだったんだけど」
ルビィ「ルビィも……あれは普通の人間には無理だと思う」
千歌「あんなものを平気で食べられるなんて、絶対に何らかの理由があると思うんだ」
千歌「激辛好き、って言っちゃえばそれまでだけど、なんでそこまで激辛なものが平気なのか知りたいんだ」
千歌「ルビィちゃんはどう思う?」
ルビィ「うーん……。ルビィは善子ちゃんを昔から知っていたわけじゃないからハッキリしたことは言えないけど……。たぶん、遺伝的なものなんじゃないかな?」
千歌「どういうこと?」
ルビィ「善子ちゃんは遺伝的に辛さに強い舌を持っているんじゃないかって」
花丸「なるほど」
千歌「花丸ちゃんはどう思う?」
千歌「幼稚園の頃、善子ちゃんと一緒だったんだよね?」
花丸「マルは……善子ちゃんの辛さ耐性は、不幸体質と関係あると思う」
千歌「つまり?」
花丸「例えば、お土産のお饅頭セット……あるいはしし唐みたいに、みんなで食べるものの中に数個だけ辛いものがある、みたいなものを想像してほしいずら」
花丸「もし善子ちゃんがそれを食べるとしたら……どうなると思う?」
ルビィ「辛いのを引くと思う!」
ルビィ「……不幸体質、だから」
花丸「マルもそう思う」
花丸「別にこんなロシアンルーレットみたいな状況じゃなくてもいいずら。中華料理店で麻婆豆腐を頼んだら、自分のだけとんでもなく辛かった、みたいなのでもいいよ」
花丸「これが幼少期からずっと繰り返されていたら……」
千歌「必然的に辛さ耐性がつく、ってことだね」
花丸「そういうことずら」
花丸「そもそも『辛い』という感覚は舌の痛みに過ぎないずら。同じ痛みを繰り返し経験していれば、感覚は麻痺してくる」
千歌「つまり善子ちゃんの舌は痛め付けられ過ぎてバカになった、ってことだね!」
花丸「……極端に言えばそうなるずら」
ルビィ「だったらちょっと心配だなぁ……」
千歌「どうして?」
ルビィ「あのね、前テレビでやっていたんだけど、辛いものを食べ過ぎると味覚障害を起こすみたいなんだ」
千歌「そうなの?」
ルビィ「うん」
ルビィ「そもそもヒトは、舌にある『味蕾』っていう器官で味を感じているんだけど、辛いものを食べ過ぎると減っちゃうんだって」
ルビィ「普通の大人はだいたい3000個くらいあるんだけど、なかには子供でも2000個くらいしか無い人もいるみたい」
千歌「ひえ~」
花丸「辛いものの食べ過ぎは良くないってことずらね」
千歌「だったら心配だなぁ……」
ルビィ「うん……このまま辛いものばかり食べていると、善子ちゃんが味覚障害になっちゃうかも」
花丸「そうなったら、自然と料理の味付けが濃くなって、塩分濃度が高くなって、生活習慣病に……」
千歌「ヤバイじゃん!」
千歌「これは善子ちゃんの命の危機だよ!」
千歌「何とかして食い止めないと!」
※
鞠莉「練習お疲れ様!」
鞠莉「実は先週、旅行に行ってきたの!」
鞠莉「これはマリーからのお土産よ!」
ダイヤ「『ロシアン饅頭』?」
鞠莉「YES! しかも、ただの饅頭じゃないのよ」
鞠莉「1箱に9個入っているんだけど、そのうち1つは激辛なの!」
鞠莉「他はちょっと辛いくらいでなんともないんだけどね」
曜「ロシアンルーレットっことなんだ」
果南「へぇ、おもしろそうじゃん」
梨子「いったいどこの土産なの……」
ルビィ「……あの、ワサビの辛さじゃないよね?」
鞠莉「大丈夫、唐辛子の辛さよ」
善子「そっか、ルビィはワサビ苦手なんだっけ……」
ルビィ「うん。でも唐辛子ならたぶん大丈夫」
鞠莉「一応賞味期限は今日までだから、さっさと2箱分食べちゃうわよ! 1人2個ずつね!」
鞠莉「まずは1箱目からいくわよ」
千歌(ねぇ、花丸ちゃんルビィちゃん。これって……)
ルビィ(うん、間違いなく)
花丸(善子ちゃんは激辛を引くずら)
千歌(これ以上善子ちゃんの舌がバカになるのを防ぐために、何とかしなくちゃ……)
ルビィ(で、でもどうやって……)
千歌(簡単だよ! 善子ちゃん以外の誰かが、激辛を引けばいいんだよ!)
花丸(まあその通りだけど……善子ちゃんの不幸度は凄まじいずら)
千歌(大丈夫大丈夫! 善子ちゃんが激辛を引く確率はせいぜい10%しかないんだよ?)
梨子「……3人とも何を話してるの?」
千歌「あ! いや! なんでもないよ!」
千歌「早く饅頭取ろっと!」
ルビィ「……うゆぅ、これに決めた!」
花丸「マルはこれにするずら~」
鞠莉「皆取った? さぁ食べるわよ!」
鞠莉「いただきます」
9人「いただきます」
9人「パクリ」
9人「…………」
9人「…………」
鞠莉「……あ、あれ? もしかして辛いの、入ってなかった?」
ダイヤ「確かに少し辛いとは思いましたが激辛ではありませんわ」
曜「うん。そうだね」
梨子「私も」
果南「全然行ける」
鞠莉「千歌っちはどう?」
千歌「うーん、そんなに辛くはないからハズレだと思うよ」
ルビィ「ルビィもそうだった」
千歌(これは絶対に善子ちゃん当たっているよ)
ルビィ(ここまで来たらたぶんそうだと思う)
花丸「善子ちゃんはどうだったずら?」
善子「別に普通よ。ハズレじゃないかしら」
花丸「マルも違うずら」
鞠莉「お、おかしいわね……」
鞠莉「この箱の説明によると、激辛饅頭はあの激辛唐辛子『ハバネロ』のパウダーを使っているみたいで、泣き喚く程辛いはずなんだけど……」
鞠莉「我慢しているんだったらすぐに言ってよね……お水持ってくるから」
花丸(とりあえず、善子ちゃんが当たっているのはほぼ確実ずら)
千歌(だね)
ルビィ(でも平然としているけど……饅頭にはハバネロが入っているのに)
花丸(ハバネロの辛さじゃ善子ちゃんは動じないってことずら)
千歌(うぅ……そこまで善子ちゃんの味覚は侵されてしまっているのか)
千歌(はやく何とかしないと!)
ルビィ(でも何とかって……何をするの?)
千歌(とりあえず、自分の舌がバカになっている、っていうことを自覚してもらわなくちゃダメだよ)
千歌(そのために、自分がいかに辛い饅頭を食べているのかを知ってもらわなくちゃ)
花丸(それには善子ちゃんの饅頭が、実際に激辛饅頭であることを確かめないとだめずら)
花丸(もしかしたら他の辛さに強い人が痩せ我慢をしている可能性だってあるわけだから)
ルビィ(ルビィは嘘はついてないよ!)
千歌(私も!)
花丸(2人を疑っているわけじゃないずら。でも、次の箱の分でこれを確かめないと)
千歌(……どうにかして善子ちゃんの取った饅頭を、一部でもいいから手に入れないと……)
千歌(ルビィちゃん、どうにかできない?)
ルビィ(まかせて! やってみるびぃ!)
鞠莉「じゃ、じゃあ2箱目開けるわよ」
鞠莉「皆取ったわね?」
ルビィ「ねぇ善子ちゃん」
善子「どうしたの?」
ルビィ「ルビィのと半分交換しようよ」
善子「えぇ……」
善子(これってアタリを引く確率が高くなるってことよね)
善子(前回は運良く当たらなかったけど……)
ルビィ「だめ?」
善子「しょ、しょーがないわね……」
善子「ほら、私の半分」
ルビィ「えへへ、善子ちゃんありがとう」
千歌(よし、良くやったルビィちゃん!)
鞠莉「じゃあ食べるわよ!」
9人「パクリ」
9人「…………」
鞠莉「えっ……本当に辛いのないの?」
鞠莉「どういうことかしら……」
果南「誰かしら当たっているんじゃないの?」
鞠莉「でも、それにしては不自然よ」
鞠莉「実は現地で激辛の試供品を食べたんだけど、あまりにも辛くて反応を隠せなかったわ」
鞠莉「だから、絶対に誰かしら反応があると思うんだけれど」
ダイヤ「……試供品を食べた時、鞠莉さんが甘党だから過剰反応しただけで、実は激辛はあまり辛くないという可能性は?」
鞠莉「そんなこと無いわよ! 私は結構辛いのに耐えられる自信はあるわ!」
鞠莉「これは由々しき事態ね……ちょっと製造会社にクレームでも入れてやろうかしら」
ルビィ「わぁ待って鞠莉ちゃん!」
鞠莉「ど、どうしたのルビィ?」
ルビィ「あ、あのね……実はここに善子ちゃんのお饅頭が半分あるんだけど……」
ルビィ「ぅゅ……」
ルビィ「パクリ」
千歌「!」
花丸「ルビィちゃん!」
ルビィ「ぴ、ぴ、ぴ……」
ルビィ「ピギィィィィィィィイイイイ!」
ルビィ「かかか、辛いよぅ~~~!」
善子「えぇっ⁉ 嘘でしょ⁉」
ダイヤ「るるるるるルビィ!」
ダイヤ「どどどうしましょう! そうです! み、水です! 水を持ってきてください!」
曜「私取ってくるよ!」
千歌「善子ちゃん、ルビィちゃんの饅頭、まだ半分残っているでしょ?」
善子「……うん」
千歌「食べてみてよ」
善子「パクリ」
善子「⁉」
善子「なによこれ! 全然辛くないじゃない!」
花丸「やっぱりそうだったずら」
梨子「ということは、実は2回ともよっちゃんが当たっていた、ってこと……?」
千歌「そういうことだね」
曜「ルビィちゃん! お水!」
ルビィ「ごくごくごく」
ルビィ「…………助かったぁ」
鞠莉「じゃあ、当たりはちゃんと入っていたのね……」
果南「激辛、ってそんなに辛かったの?」
ルビィ「うん。口の中が燃えているかと思った」
ダイヤ「それに気づかないくらい、善子さんの舌は辛味に慣れていたということですね」
花丸「味音痴になっているずら」
善子「味音痴じゃないわよ」
花丸「味音痴ずら。辛いものを食べ過ぎて舌がバカになっているずら」
曜(花丸ちゃんの口は辛辣だね……)
ルビィ「あのね、善子ちゃん知ってる? 辛いものを食べ過ぎると味覚障害になっちゃうんだよ」
ルビィ「テレビでやっていたんだけど」
ルビィ「かくかくしかじか」
果南「そ、そんなにヤバかったの……」
梨子「恐ろしい……」
千歌「だからね、善子ちゃんは辛いものをしばらく控えた方がいいと思うの」
善子「ちょ」
花丸「そうずら。いくら不幸だからって、辛いものを食べ過ぎるのはよくないずら」
善子「ま」
ルビィ「お願い善子ちゃん、こんなことを言うのは酷かもしれないけど」
善子「ねぇ」
ルビィ「辛いもの、食べるのやめよう?」
善子「ああもう聞きなさいよ!」
善子「あのねぇ確かに私は辛いものが好きだし激辛なものを食べてもなんとも思わないくらい味音痴なのかもしれないけど!!」
善子「1つだけ言わせて!」
善子「味覚障害になるっていうのはデマよ!」
ルビィ「……テレビでやってたんだよ?」
善子「あのねぇ、テレビとて間違えることはあるのよ」
善子「昔、私はママに連れられて病院に行ったことがあるのよ。どんなに辛いものを食べても平気そうにしているから不安に思われたのよ」
善子「それでお医者さん曰く」
善子「『辛いものばかり食べているからといって、味覚障害になることはない』って」
善子「辛いものを食べたからといって、味蕾が減ることはないのよ」
善子「だから、味覚障害になるっていうのはガセ!」
ルビィ「うゅ……」
千歌「ありゃりゃ……」
千歌「なんかごめんね、善子ちゃん」
花丸「ごめんなさい」
ルビィ「ごめんね、善子ちゃん」
善子「なんで謝るのよ。……その、私の心配してくれたんだし。間違ってたけど」
善子「こっちが悪いみたいじゃない」
善子「……でもまぁ、辛いものを食べ過ぎると胃に穴が開くらしいから、これからは程々にしておくわよ」
8人「そっちの方が大変じゃん!!」
千歌「やっぱり善子ちゃんは辛いもの食べるのやめよう!」
ルビィ「胃に穴が空いたら何も食べられなくなっちゃうよ!」
花丸「食べ物の楽しみを奪われる……どんなに恐ろしいことか……」
善子(言わなきゃ良かった)
※
結局善子は、少しの間、辛いものを控えるようになったのだった。