「準備できたか?」
「できたよ!」
「うん」
体調よし、刀よし、魔力量よし!
無問題あることを確認していると、後ろからルーナが声をかけてきた。
「フォル」
「なに?」
「……気をつけるのよ」
「……うん!」
ルーナは心配そうだったが、俺は彼女を安心させたくて、大きく頷く。
「お父さん、フォルとシャルをよろしくね」
「ああ。それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
「行ってきまーす!」
「いってきます!」
俺たちは家に出ると、街の中心部へ歩いて行く。
向かったのは、ラドゥルフのハンターギルドだ。州都のハンターギルドとだけあって、以前王都への旅の途中で立ち寄ったハンターギルドの数倍の大きさだった。
そんなハンターギルドの建物に入ると、かなりの人でごった返していた。
そして、集まっている人には一つの共通点があった。それは、魔物と戦うための装備をしてきている、ということだった。
ある人は腰に剣を提げ、ある人は背中に巨大な斧を背負い、またある人は巨大な盾を持っている。他にも、自分の背丈ほどの杖を持っている人や、グローブをはめているだけの人もいる。
そのようなハンターたちが、広いホールの中で好き勝手に喋っていた。その人数は百人は下らないだろう。
当然、俺くらいの歳の人間はいない。俺を除いたら、シャルくらいの人が下限なのではないだろうか。なんだか場違い感が半端ないな……。
そう思っていると、あれだけ騒がしかったホールの音が、かなり静かになっていることに気づいた。
不思議に思って周りを見ると、俺たちの近くの人たちが皆、こちらに注目していた。そこから、コソコソと話が断片的に聞こえてくる。
「バルト様だ……」
「それにご息女のシャルゼリーナ様もいるな……」
「剣の達人という噂だが、実際どうなんだろうか」
「それに、あのちっちゃい子は、お孫さんかな?」
「だとすれば、あの『爆殺幼女』?」
「なにそれ?」
「知らないのかよお前! 一年前、ゴブリンの大群を爆発魔法でぶっ飛ばしたやべー少女の話!」
『爆殺幼女』という名称はすっかり定着してしまったみたいだな……。もう手遅れだ。
名前に引きずられて、ところ構わず爆発魔法を繰り出すやべえ狂人だと思われていなければいいけど……。
俺たちがハンターたちの中を歩いて行き、ちょうどカウンターの真正面、ホールの真ん中に到達した時、ボーンボーンと鐘の音が響き渡った。時計の音だろうか?
それが合図となったのか、ハンターたちのこそこそ話がなくなり、ホールが静かになった。
すると、バルトは後ろへ振り返った。ハンターたちを前に、ゴホンと一度咳払いをする。
「時間になったので、これより『クォーツアント討伐公共クエスト』の説明を始める。まずはハンターの諸君、本日はこのクエストを受けにこの場に集まってくれたことに、感謝する」
皆が真面目に話を聞く中、バルトは言葉を続ける。
「このクエストの目的は、ラドゥルフ市東地区にある魔水晶採掘場に発生した魔物・クォーツアントの根絶だ。
知っている者も多いだろうが、採掘場では魔水晶の魔力の補充や魔水晶の採掘が行われている。これらはこの街の産業や転移魔法陣にとって重要な事業だ。しかし、クォーツアントの発生により、それらの事業ができなくなってしまっている。それどころか、奴らは魔水晶を餌としているため、放っておけば魔水晶が食い尽くされてしまう。
幸い、去年発生した時より、確認された個体数は少ない。しかし、このままではまた去年と同じ轍を踏むことになってしまう。
だが、我々は魔物とは違い、学び、対処することができる。今こそ、総力を上げてクォーツアントを根絶するべきである! そして、採掘場から脅威を一掃し、街の安定的な発展を実現しなければならない! そのため、諸君らの力が必要なのだ!」
どんどん強くなるバルトの演説に、ハンターたちも大盛り上がりだ。そうだー! とか、やってやるぞー! とか聞こえる。
「当然、危険なクエストに従事する諸君らには、それ相応の報酬を用意している。さらに、クォーツアントを斃した者には、斃した分だけ特別報酬が追加される。諸君らの奮闘を期待している!」
その言葉に一層ハンターたちが盛り上がる中、バルトは演説を終える。代わりにギルドの職員が出てきて説明を始めた。
「それでは、改めまして今回の公共クエストについて、詳しくご説明させていただきます……」
※
数十分後、クエストを受注したハンターたちは、ギルドを出て、街の東にある現場へゾロゾロと向かっていた。
まだクエストは始まっていないのだが、すでに集団は、役割に応じて大きく二つに分かれていた。すなわち、前方に固まっている攻撃要員、そして後方に固まっている回復要員だ。
今回、俺は戦闘要員ではなく回復要員として呼ばれている。それに、俺はまだ子供なので歩くスピードが遅い。そのため、集団の後ろの方を歩いているのだが……。
「きゃー! かわいい〜!」
「本当におめめぱっちりよね〜!」
「肌ももちもちだし〜!」
現在、俺は数人の魔法使いのお姉さん方に囲まれて、めちゃくちゃ可愛がられていた。
あまりの可愛がられように、本来道中で俺の面倒をみるはずだったシャルが、後ろからちょっと嫉妬のこもった視線を向けてきているほどだ。
「ねね、フォルゼリーナ様は、いまおいくつなの?」
「よんさい」
「四歳! でも、今回のクエストに参加するということは、相応の実力があるということよね?」
「ジー……おじいさまに、かいふくやくをたのまれた」
「そうだったのね! この年で回復魔法が使えるなんて、領主様のお孫さんは本当に天才だわ〜!」
うへへ、そう言われると悪い気はしないな……。
「もしかして、去年、『ゴブリンを斃した』って噂があったけど……」
「それわたし」
「ええ! やっぱりそうだったのね!」
「ということは、もしかして火系統も使えるの?」
「うん。というかぜんぶつかえる」
「「「「ぜ、ぜんぶ……」」」」
あら。お姉さん方が固まってしまった。
やっぱり全系統使えるのは異常なんだな……。
「ち、ちなみに魔力量はどれくらい……?」
「うーん……よんせんくらい?」
正確な数値を測ったのは王都旅行の道中が最後だ。それから一年以上経った今、自分の魔力量がどれくらいになったのか、正確にはわからない。だが、これまでの増加ペースと魔力切れのタイミングから計算すると、約四千といったところだろう。
「……規格外だわ」
「ええ、本当に」
「大きくなったら、宮廷魔導師団にも入れそうだわぁ」
「それどころか、歴史に名を残すレベルになるんじゃないかしら……」
それはさすがに大袈裟な気がするけどね。
「ところで、フォルゼリーナ様が背負っているのは、剣かしら?」
「うん。けんみたいなもの」
正確には刀だけどね。
「へぇ……珍しい形の剣ね」
「もしかして、剣術も嗜んでいるのですか?」
「うん。れんしゅうしてる」
「さすがバルト様のお孫さんだわぁ……」
戦闘には参加しないことになっているが、今回は保険として一応刀を持ってきた。この前、試し斬りをやってきちんと扱えることも確認したから、万が一戦闘になっても大丈夫だ。
まあ、出番がないのが一番なんだけどね……。
そうこうしていると、前方に大きな丘が見えてきた。
ラドゥルフ市の東の外れ、大森林との境界の近くに、今回の現場があった。
目の前の丘の中腹には、ぽっかりと大きなトンネルが口を開けている。入り口には、よく城門にあるような大きな格子状の門が取り付けられていた。
「それでは、いよいよ中に入る! 皆、気を引き締めるように!」
前方から、皆を引き連れて先頭を歩いていたバルトの声が聞こえる。
いよいよ現場に突入か……! 初めてのクエスト。気を引き締める。
「フォル」
「なに、シャル?」
「お姉さんたちのいうことをよく聞くんだよ。勝手な行動はしないこと!」
「うん」
「……だけど、もしものことがあったら、ちゃんと身を守るんだよ」
「わかった」
そう言い残して、シャルは俺たちを追い抜いて、前の方へ走って行った。
シャルは戦闘要員なんだよな……。強いから大丈夫だと思うけど、俺たちのところに運ばれてこないことを祈ろう。
そして、俺たちはついに洞窟の中に入る。
外から見た時はただのトンネルかと思ったのだが、レンガ壁の部分は入り口からほんの数メートルの部分だけだった。入ってすぐに、岩壁が剥き出しの洞窟になる。
湿った風が奥から吹いてくる。湿度は高く、足元や壁は濡れていた。壁に設置されているランプが、反対側の壁に俺たちの長い影を映す。
ここで魔水晶の採掘や、魔力の補充が行われているのか……。
しばらく進むと、局所的に洞窟が広がっているところに着いた。そこで一旦ストップすると、バルトが指示を出す。
「ここを今回のクエストの拠点とする。ここから先は、洞窟が分岐している。そのため、戦闘組は数人の小グループに分かれてくれ。回復組はここで待機し、撤退してきた負傷者の治療に尽力してほしい」
というわけで、戦闘要員が小グループに分かれると、次々と洞窟の奥へと消えていく。残ったのは、俺たち回復要員と、護衛で残った数人の戦闘要員だった。
俺たちの役目は、戦闘で傷を負ったハンターの治療をすることだ。とはいえ、戦闘要員の中には回復魔法を使える魔法使いもいるし、それぞれが回復用のポーションを持っている。ある程度の怪我であれば、その場で対処できるだろう。
逆に言えば、ここに運ばれるハンターたちは、それ相応の傷を負っている、ということだ。
俺たちの出番が無いのが一番だが……。どうか皆、無事であってくれ……!
実際、すぐには俺たちの出番は回ってこない。ハンターたちが接敵するのにある程度時間がかかるからだ。
その間に、俺は洞窟の中を見回して観察する。
俺の左側には、俺たちが通ってきた外につながる穴。一方、右側にはいくつかのそれより小さい穴が、奥の方へ続いている。ハンターたちが入っていった穴だ。
そして、この小空間だが、部屋のようになっているというよりかは、洞窟の通路が一時的に大きくなっている場所、というのが正確な表現だ。地面には緩やかだが傾斜がついている。ちょうど壁際に集まっている俺たちの足元が、一番高い場所だ。
そこから反対側の壁に向かって緩やかに下った後、一気に地面がなくなっている。つまり、反対側の壁までの間に、大きな割れ目が、洞窟の通路と並行に走っている状況だ。
もちろん、柵が設置されているので、普通なら落ちることはない。だが、もしその柵を越えてしまったら、もう戻れなくなってしまう──そんな雰囲気が、その割れ目からは感じられた。
ひっそりと恐怖を感じていると、不意に魔法使いのお姉さんの一人が鋭い声を出した。
「……静かに!」
「……ど、どうしたのよ?」
「何か音がする……!」
その視線の先を辿ると、先ほどハンターたちが入っていった穴。その場の皆が視線を向けて静かにしていると、徐々にその奥から音が聞こえてきた。
人間の足音。叫び声。そして、それに混じるドドドという地面を揺らす音。音の高さやテンポから、どう考えても人間でないものが出している音だった。
「まさか……!」
「おい、後ろに控えていろォ!」
護衛として残ってくれていた戦闘要員の一人、斧を持った男の人が、俺たちの前に立った。他の護衛の人も、俺たちと音のする穴の間に立つ。
固唾を飲んで見守っていると、徐々に音が大きくなっていき、そして、ついに穴から人が駆け出してきた。
一人、二人、三人。剣士、タンク、そして魔法使いの三人組だ。
前の二人は傷だらけ、魔法使いの女性に至っては、自力で動けないのか、タンクに担がれてグッタリしている。
「やばい! やばいやばいやばい!」
「来るぞー!」
次の瞬間、穴から我先にと飛び出してくる黒い巨大なモノ。
高さは一メートル、長さは二メートル以上。見た目のベースはまんまアリ。しかし、背中や足、腹からはカラフルな巨大な水晶が飛び出していた。
クォーツアント。まさにその名前の通りの魔物だった。
奴らは巨大なアゴをギイギイと鳴らして、こちらを威嚇する。そうしている間にも、後ろの穴からは次々と現れ、その数を三、五、十……と増やしていく。
「おいおいおい、多すぎねぇかァ⁉︎」
「こここ、こんなにいるとは思わなかったんだ!」
「とにかく、お前らは後ろで治療してもらえ! いいなァ!」
満身創痍のハンターたちに、護衛のハンターが怒鳴るようにそう言って、クォーツアントたちに対して武器を構える。
そして、護衛の後ろに隠れるようにして、穴から出てきた彼らは俺らの方にやってきた。
すると、魔法使いのお姉さん方の様子が一変する。
「骨は折れてなさそう⁉︎」
「オレは大丈夫だ」
「ワタシも大丈夫。ただ、彼女がどうか……」
タンクが魔法使いの人を降ろす。三人の中では一番の大怪我を負っているようだ。
「この人には処置が必要そうね……。フォルゼリーナ様、この二人にヒールを」
「うん。『ヒール』」
俺は剣士とタンクに『ヒール』を使う。すると、彼らの傷はすぐに癒えていった。
「ありがとう、助かった」
「ありがとうございます」
「二人とも大丈夫そうか⁉︎ いけそうなら加勢してくれェ! 手が足りねェ!」
「わかった!」
「了解デス!」
回復した二人は、要請に応えてすぐに戦闘に戻っていった。
だが、それでもクォーツアントは多すぎた。圧倒的にこちらの戦闘要員が足りていない。今はなんとか耐えられているけど、少しでも人が戦線離脱したら、あっという間に崩れてしまうだろう。
俺は即座に、回復要員のお姉さん方に向き直って尋ねる。
「ねえ、みんなは、かいふくまほういがいは、つかえる?」
その問いに、皆は首を捻る。まあ、そうだよな。回復魔法以外の攻撃用の魔法が使えるなら、戦闘要員として数えられているだろうし……。
なら、この場でこれ以上加勢できるとしたら、俺だけ、ってことか……。
ごめん、ルーナ。結局戦うことになっちゃった。
今は、『もしものことがあったら、ちゃんと身を守るんだよ』っていうシャルの言葉に従うべきなんだ。
俺は立ち上がり、深呼吸をする。
そして、背中の柄に手をかけ、ゆっくり抜刀。そして、持ち手を通じて刀に魔力を込めていく。
数秒もしないうちに真っ赤になる刀身。刃紋が浮かび上がり、周りの空気が熱せられて揺らめく。
「ちょっ、フォルゼリーナ様⁉︎」
「だいじょうぶ、むりはしないから」
ちょうど戦線を突破してきたクォーツアントが、俺たちの方へ向かってきているのが見えた。こちらに向けて、アゴを鳴らしながら向かってくる。
俺は身体強化魔法を発動すると、一気に敵との距離を詰めた。奴が頭を上げて、俺をアゴで攻撃しようとしてくる──
「やあっっっっ!」
次の瞬間、俺はアゴごと奴の頭を斬った。驚くほど抵抗なく、刀がすーっと通る。
そして、綺麗な切断面からブシャッと体液が吹き出し、奴はその場に崩れ落ちた。
「嘘だろ、あんなに易々とクォーツアントを真っ二つに……」
「クォーツアントの外骨格は、刃を通しにくいことで有名なのですが……」
タンクと剣士が戦いながら驚愕している。
実際、ハンターたちの攻撃は、俺のようにクォーツアントに大打撃を与えているようには見えない。小さなダメージの蓄積で、なんとか斃しているという感じだ。やはり、外骨格の硬さが、全身を守る鎧のような役割をしているのだろう。
しかし、俺の刀の前では、その鎧も無力。なぜなら、刀身の熱で全部融かしていくからだ。受け止めようとすれば、絶対に攻撃が通る。それが、この刀の一番の長所だ。
……と冷静に考えているものの、俺の心臓はすんごい勢いでバクバクとしていた。
よ、よかったぁ〜! ちゃんと斃せて! いや、ちゃんと斬れることは確かめたけどさ! 実際に戦闘中に魔物相手に斬れるかどうかは別の話だ。
マジで食い殺されなくてよかったよ……。
しかし、そう安堵している暇はない。斧を激しくクォーツアントに打ち付けながら、護衛のハンターが俺に声をかける。
「嬢ちゃん、戦えるのかァ⁉︎ なら、何体か頼んでいいかァ⁉︎」
「わかった!」
「ありがとよォ! こんちくしょう、このアリ野郎めェ!」
俺は別のクォーツアントに目をつけると、刀を振るって奴の足を切断する。
「ギィィイィィェエエエ‼︎‼︎」
悍ましい声を出しながら、クォーツアントがこちらに頭を向ける。その頭を、俺は脳天からまっすぐ刀で切り裂いた。
「よ、よし! オレたちも負けてられないぞ!」
「ワタシも頑張る!」
剣士もタンクも、俺の様子を見てか、戦闘に力が入る。そのおかげか、徐々に動いているクォーツアントの数は減り、代わりに動かないクォーツアントの死体が増えていった。
これなら、なんとかなりそうだな……。
俺がそう思って、目の前のクォーツアントを、刀で処理した瞬間だった。
「危ないっっ!」
そんな誰かの声とほぼ同時に、横から腹に加わるすごい衝撃。まるで車が横から俺へ突っ込んできたかのような、そんな感触。前世の最期が脳裏を掠める。
しかし、今の俺は違う。身体強化魔法を発動しているのだ。この魔法は、ただ体の運動能力を向上させるだけではない。フィジカルも強くなり、怪我をしにくくなるのだ。
とはいえ、加わった衝撃は相当なモノだった。しかも、完全に俺の意識外からの予想だにしないアクシデント。何か考える暇も、反射的に行動する余裕もなく、俺は弾き飛ばされ、地面から足が離れた。
空中を回りながら、かろうじて視界の端にとらえたのは、クォーツアント。俺が先ほどまで立っていた場所に、その頭があった。
突進され、弾き飛ばされたのか、と理解したときにはもう遅い。
俺は、元いた場所とは反対側の壁へ吹き飛ばされると、柵を越え、その先の暗闇の中に落下した。