私は、出来ることなら、物体、原子や電子、ウィルス、DNAの突然変異、昆虫、魚、人間、鳥の群れ、ミドリムシのようなプランクトン、ミジンコのような小さな生き物、生き物の細胞や神経の動き、雨、雪、雷や台風といった気象現象、地震、宇宙、お金の動きなど、この世の中で起こっていることを全部まとめてコンピュータの中で作り出して、その動きを観察したり、色んな状況でどんなことが起こるかを見てみたいと思っています。これは、スケール感は違いますが、自然の美しさや厳しさを小さくまとめて表現すると同時に、自分が描きたい姿を作ろうとする盆栽と似ているように思います。
私は、いい歳をした大人になった今も、生き物を捕まえて、それを飼うのが好きです。近所の川や池で捕ったオイカワ、ドジョウ、ヨシノボリといった割と小型の魚、スジエビ、ヤマトエビ、モクズガニ、それ以外にもカナヘビトカゲ、ヤモリ、イモリ、カマキリなども飼っていました。夏の終わりに捕まえたカマキリが秋に産卵し、翌年の春に小さなカマキリがいっぱい誕生し、そのうちの1匹が脱皮を繰り返し大きくなるまで育ったときは嬉しかったです(そのカマキリ以外は、小さな子供のうちに近くの草むらに離しました)。
それらの生き物を飼うには、入れ物が必要です。実際には実現できませんが、私は、出来れば、それらの生き物がいた自然の環境と同じものを作りたいと思っています。その方が生き物たちの自然な姿や日常が見られると思うからです。一方で、生き物たちに餌をあげたときの彼らの振る舞いを見るのも好きです。これは、私は自然のありのままの姿が好きだし、そういう環境を作りたいと思う一方で、自分が手を加えた、ある意味、不自然というか人工的な状況によって起こる変化や現象を観察することも好きだということになります。最近、私は、そういう姿勢で研究をしているなぁっと感じるようになりました。つまり、私は、出来るのであれば、現象のあるがままの姿をコンピュータの中で作り出し、その振る舞いを観察したり、自分で試したい条件を設定して、そのときにどんなことが起こるのかも見てみたいということです。
コンピュータの中で現象を作るには、モデルが必要です。基本原理が分かっている現象は、その原理に基づいた素晴らしいモデルがあるので、それを使います。しかし、基本原理が分からない現象の場合は困ります。困ったことに、私はどうもそういう現象の方に強く惹かれてしまいます。何の手がかりもない場合は、打つ手はありません。でも、もし、現象から色んなデータが取れたら、データ解析が力を発揮します。データ解析によって何と何が関係し合っているかとかを調べたり、そのデータを使ってその現象のモデルを作ったりとか、そんなことをしながら、その現象の特徴や動きの本質に迫ることが出来ます。
しかし、これは簡単なことではありません。色んなものが色んなものと関わりあいながら活動したり動いていることは分かります。でも、まず、どれとどれが関わっているのか、どれとどれは関わっていないのか、すぐに分かるものばかりではありません。関わり方を表現するにはモデルが必要です。でも、データの動きを再現するモデルを作るにも、どんな関数が必要なのかはすぐに分かるものばかりではありません。手に入れることが出来た色んなデータが、十分なのかどうかも分かりません。厄介なことに、新しいデータが手に入ったら、これまでの理解や作ったモデルでは不十分であることが分かって、新しいデータを加えてゼロから全ての分析をやり直さないといけないかもしれません。これは、まるで終わりなき戦いのようです。
でも、基本原理が良く分からないような現象を調べたり、そんな現象をコンピュータの中で再現したりするのを、私は楽しいと思っています。そんな私の野望というか大きな目標は、この世の中で起こっていることを全部まとめてコンピュータの中で作り出して、その動きを観察したり、自分で設定した状況でどんなことが起こるかを見ることです。たった1つの現象に絞ってそんなことを実現させるだけでも、実はかなり大変なことです。現象の特徴は、それぞれ違います。素早く動くものもあれば、ゆっくり動くものもあります。ある刺激に対してすぐに反応するものもあれば、物凄くゆっくりとしか反応しないようなものもあるでしょう。鳥が群れを成して飛んでいる様子のように目に見えるものもあれば、DNAや素粒子やウィルスのように目に見えないものもあります。ある生き物のDNAの小さな変化が、長い時間をかけ色んなものに影響を与えて、何百年もたってから回り回って、いつの間にか人間の生活に大きな影響を与えることもあるでしょう。そんな現象をデータを使って解き明かして、コンピュータの中でその世界を作ってみたいのです。私は、こんなことを意識して自分の研究に取り組んでいます。