学生さんにとって、どこの研究室を選ぶか、どんな研究テーマにするかは、とても気になることだと思います。そこで、あまり参考にならないかもしれませんが、私が『データ解析』を始めることになったきっかけを、ここに書きました。そのきっかけは、日本のロックバンドの ユニコーン と物理学が大好きで、朝起きるのが物凄く苦手だった仲の良い友人の『カオスって面白いから、お前もやってみたら?』っという何気ない一言でした。その友人がいなければ、私がデータ解析の研究に関わることはなかったと思います。
私が大学生のとき、時代は多少前後しますが、テレビのハイビジョンが話題になっていたり、液体窒素(-196℃)で超伝導状態になる物質が見つかって話題になっていたり、二酸化炭素の増大による温暖化が明らかになったため地球環境にやさしいクリーンなエネルギーが話題になったりしてしました。そんなこともあり、その当時の私が興味を持っていたことは、信号処理、超伝導、太陽電池でした。そして、そんな私が大学4年生になったときに選んだ研究室は、太陽電池の研究をするところでした。当時の私は、不真面目でうぬぼれ屋で世の中をなめきっていました。そんな私でしたから、就職を希望した会社から相手にされるはずもなく、就職先が全然決まりませんでした。どんどん時間だけは過ぎていきます。そんなとき、仲良くしていた大学4年生の友人の一人が、大学院の修士課程に進学しようと思っていると話してくれました。思うように就職活動が進んでいなかった私は、進学も良いなぁっと思い始めます。その友人は、プラズマの研究をする研究室に所属していました。彼は、『プラズマってカオスかもしれなんだよ。カオスって面白いから、お前も大学院でやってみたら?』っと私に言ったのです。そんな彼の卒業研究は、実験で発生させたプラズマの時系列データが、カオスかどうかを調べるというものでした。当時、色々な現象がカオスかもしれないと話題になっていましたが、私はそんなことを全く知りませんでした。その友人からカオスの話を何度も聞くうちに、カオスって面白そうと思うようになっていきました。しかし、私が所属していた太陽電池の研究室でカオスに関する研究をすることは、内容的に無理でした。そのため、研究室を変える必要がありました。信号処理を行っている研究室で、既に何人かの先輩方がカオスの研究をしていたことを知り、その研究室の先生にお願いして、その研究室に移ることを許していただきました。無事、大学院の試験に合格し、その研究室に移ることが出来ました。
修士1年になった私は、どんなカオスの研究があるのかを調べ始めました。もともと私は生物や医学にも興味を持っていたので、生体から得られるデータを使って、そのデータがカオスかどうかを調べる研究をしたいと思いました。私が興味を持った生体信号の1つが、心拍数でした。心拍数とは、簡単に言えば、心臓がドクッドクッと拍動する間隔のことです。以前から、横になって安静にしているにも関わらず、心拍数は変動することが知られていました。ガリレオ・ガリレイは、天井からぶら下がったランプが風で揺れているのを見て、自分の心拍数を数えて、ランプの揺れの周期が一定であることを確かめたと言われていますが、実は心拍数は一定ではなく揺らいでいます。運動したら、沢山の酸素を身体に送らなければならないので、心拍数が増えるのは分かります。酸素が運動時ほど必要なくなれば、心拍数が減るのも分かります。しかし、横になって安静にしていても揺らぐ心拍数に、私は大きな興味がわきました。そこで、心臓から得られる心電図と心拍数のデータを使った分析を行うことにしました。こうやって、私のデータ解析の研究は始まりました。
『人生が大きく変わるきっかけは突然やって来る』と言いますが、今になって思えば、私の場合もまさにそうでした。まさか、こんなに長い間、データ解析の研究に携わることになるとは、データ解析の研究を始めた修士1年のときには思いもしませんでした。今振り返ってみると、私はデータ解析と縁があったのだと思います。上述したように、私がデータ解析を始めたきっかけは、仲の良い友人の何気ない一言でした。その友人は、私にそんなことを言ったことなんて、きっと覚えていないでしょう。しかし、彼の一言は、私の人生の中の大きな転機の1つとなりました。もし彼が私の友人ではなかったら、もし彼の一言がなかったら、私は今どこで何をしているだろうかと、時々ふと思うことがあります。
ところで、友人が言ったカオスという用語を、当時の私は全く知りませんでした。どこかで耳にする機会はあったかもしれませんが、全く耳に残っていませんでした。自分が知っていることなんて、たかが知れています。それは当たり前のことですが、当時の私はそういうことにすら意識が向いていませんでした。今思えば、自分の知らない世界を知る機会を、もっと作っておけば良かったと思います。せっかく大学生になったのですから、自分から積極的に色んな先生方に声をかけたら良かったです。先生方が担当する講義は、彼らの研究に近いものではありますが、講義を聞くだけで彼らの研究を知ることは難しいです。ですから、彼らの研究の話を聞いたり、雑談や世間話をもっとしたりしておけば良かったと思います。先生方が興味を持っている話を聞いて、自分もそれらに興味を持つかどうかは分かりません。しかし、少なくとも自分が知らない世界の話を聞くことが出来ます。その話がきっかけとなって、自分にとって新しい世界の扉に気付くことが出来ます。自分の知らない世界を知る機会は、とても大切だと感じています。