以下の文章は、2025年11月22,23日に田辺市市民総合センターであった「田辺市生涯学習フェスティバル」での環境省による吉野熊野国立公園を紹介する展示の一環として、天神崎と「天神崎の自然を大切にする会」を紹介する中で、展示パネルとしたものを、ネット用に修正して掲げます。
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今の天神崎の海を眺めていると、きれいな海水が打ち寄せていて、30年か40年くらい前の田辺湾の海水が汚れていたなどということは、想像できないかもしれません。1990年代前半までの田辺湾は、海水の透明度が低下して、赤潮などが頻発し、多くの種類の海岸生物が湾内から消滅していっている状態でした。その一方で、富栄養的な環境を好むアオサやアサリやマガキなどが生息していて、その頃の天神崎の写真や記録を見てみると、今とはずいぶん違っていたことがわかります。
ところが、1990年代の後半から現在に至るまで、田辺湾の水質が徐々に改善されてきて、いったんいなくなった生物も戻って来ています。それでも、完全に昔の状態にまではなっておらず、戻って来ていない種類もあります。
天神崎の自然を大切にする会の運動が始まった1974年から、1980年代にかけては、田辺湾の環境がもっとも悪化した時期でした。それでも、日本中で公害や環境破壊が叫ばれていたこともあって、天神崎の海岸を貴重な自然として残す活動が、日本中から共感をもって支持されてきました。
そのときに、自然のままに残してくれていたからこそ、今になってウユニ塩湖風の写真が撮れる場所として、新たな魅力が発見されることになっています。
1980年頃までの田辺湾の生物や環境のことは、京都大学名誉教授の時岡隆博士がいろいろなところに書いておられます。そのうちのいくつかは、本会のホームページでも公開しています。また、天神崎の会で発行している『天神崎だより』や『天神崎通信』の中でも、このような田辺湾の環境の変遷について触れた記事が多数あります。【展示では、このような記事を、ビニルパウチに入れて展示をしましたが、ネットでの公開では、リンク集を作成しました。PDFで閲覧ください】
実際の展示では、天神崎から、一時期いなくなって、再び戻ってきた種類のいくつかの標本を展示しました。ここでは、いくつかの写真を掲げます。天神崎の海岸で、これらの種類を確認してみてください。
『天神崎だより』や『天神崎通信』から、田辺湾の環境と生物の変遷を示す記事
『天神崎だより』第56号 1989年 シンポジウム「水の問題を考える」から:
小川晃司氏(小川鋼材専務取締役)
小西和人氏(週刊釣りサンデー社長)
関梓氏(田辺保健所医療技師)
原田英司氏(京都大学理学部附属瀬戸臨海実験所所長)
などが、パネリストとして発言
1980年代後半の社会状況下で、、リゾート開発、有機スズによる汚染、生活排水のこと、田辺湾の環境の悪化などについて論じられています。
田辺湾の透明度 布施慎一郎(1992):『天神崎だより』第62号
天神崎沖の透明度が、1958年には 9.5 m であったものが、1990年には 4.8 m に低下しています。この頃に湾全体が富栄養化していた状況が説明されています。
天神崎付近の透明度について 布施慎一郎(1993):『天神崎だより』第65号
1987年から1991年まで、天神崎付近の透明度をほぼ毎月観測しています。15.5 m から2.3 m まで変化をし、秋から冬にかけて高く、春から夏にかけて低くなっていることが示されています。
磯で増えた生物 米本憲市(1994):『天神崎だより』第68号
この数年前からヒバリガイモドキが急激に増えたことが報告されています。
それ以前の20年間、マガキが増えて富栄養化していたところに、ケガキが増えていっている状況を報告しています。この頃から、環境の改善と生物種の復活の傾向が見られるようになってきました。
天神崎の藻場と磯焼け 布施慎一郎(1997):『天神崎だより』第75号
ホンダワラ類(ガラモ場)が激減していることが報告されています。
カヤノミカニモリが増加中 米本憲市(2014):『天神崎だより』第109号
2000年代になって、ゴマフニナに続いて、カヤノミカニモリが増えてきたことが報告されています。
田辺湾の生物の変遷 大和茂之(2021):『天神崎だより』第123号
それ以前の30年間ほどの田辺湾の生物の変遷について、特にカキ類の変化を例に挙げながら説明しています。