草の根運動による天神崎保全13年の歩み(その1)
1987年5月の外山八郎による講演の講演録です。天神崎の自然の大切さと13年間の苦心を述べています。3回に分けて、掲載します。
1987年5月の外山八郎による講演の講演録です。天神崎の自然の大切さと13年間の苦心を述べています。3回に分けて、掲載します。
(財)天神崎の自然を大切にする会 専務理事 外山八郎
ご紹介いただきました外山八郎でございます。自分でも思いがけない道に携わりまして、畑違いのことに生命を注ぎ込んで13年経過しております。
天神崎というのは、紀伊半島の中ほどのところにある田辺湾の入り口のごく小さな岬です。知床の運動などと比べられておりますけれども、知床とは全く比較にならないほどちっぽけであり、また特別なものは何もなくて、平凡な岬でございます。これを保存したいという運動体も、全くこういう運動に関わったことのない市民たちが、できるかぎりの努力をしてきた。ただそれだけの運動でございます。この目立たない平凡な自然を残そうとする小さな運動体が、またこれを支援される全国の皆様の温かいお心が、このような大きな結果を生み出すということは、同じような志を持っておられる全国の運動体にどれほど勇気を与えたことか、どんなに困難でもあきらめずに手をつなぎあい、力を合わせるならば、やがて必ず実を結ぶのだということを、皆さんに示すことになったことを、私たちは大変光栄に存じております。
〈子供の成長と自然の役割〉
私は大学を出てすぐサラリーマンとして仕事についたわけですが、健康を害し、戦争中の療養所で、医者からも顧みられず、薬も栄養物も手に入らない中で10年間闘病をして、食養生を自分で工夫しながら健康を回復した。そういう中で、自然の恩恵というものを深く知らされていったんですね。健康を回復して、新制高等学校が発足した当時から、教師になったわけでございます。全く素人教師ですから、何でも疑問を持って、手探りの工夫をしながら教育に当たっていくうちに、カウンセラーに選ばれ、毎日悩みを持つ生徒たちの話し相手をするようになりました。その中で、独りで悩み苦しんでいる若者が、期待を持って見守ってくれている一人の人間が出てきた、ということに気がついて、全く驚くほど生まれ変わっていく、そういう素晴らしい成長振りをみて、教師とは何とありがたい仕事だろう、素晴らしい生きがいのある仕事だということを知らされまして、それ以来、いろんな面で恵まれない仕事ですけれども、よくもこの仕事につかせていただいた、毎日喜びをもって一生懸命に教育に生命を注いだのでございます。一人残らず、落ちこぼれはないんだ、学校から白い眼で見られ、人々から無視されている一人一人が、いろいろな圧力の中で悩み苦しんでいる。表面的には規則を守らない、勉強しない、乱暴する、学校全体の邪魔者だ、こういう扱いを受けている。このような一人一人の魂を教育できないなら教育の敗北である、と一生懸命に努力をしてきました。こういう生活の中で、戦後の何もない新制高校の新しい出発の時の、生徒と教師が一緒になって考え合うという生徒たちの意欲というものが変化してきました。だんだん経済が成長していきまして、学校の設備は至れり尽くせりになりました。教師や親も本当に熱心になりました。で、そういう中で、だんだん青年たちが伸びていくかというと、逆に無気力になっていく、何もやる気のない子どもたちが増えていく、日本の将来はどうなるのか、こういう問題にぶつかるようになっていったんです。私は、カウンセラーとしていろんな調査をし、原因を調べていくうちに、一番大きな原因は、子どもたちが小さい時から生きた自然の中で遊んでいない、自然に触れていない。金持ちになり、高い地位につけるように、よりよい大学を出なければならない。その大学へ入るためにはよりよい受験態勢の中へ入って行かねばならない。幼稚園の時からそのようなことで、本当の教育はお留守になっちゃった。ですから、この経済成長の中で、日本は大変に大きな忘れ物をしていった。教育の原点は何であるのか、ということを忘れてしまった。そこにいろいろの問題の芽があるのではないだろうか。こういうことに気がついてきました。そういう状況の中で、これは大変だ、教育の原点を取り戻そう、と考え始める教師たちが何人か出てきたんですね。その中に生物の先生方が多かった。私が親しくしている二人の尊敬する先生が、自然の中へ生徒たちを連れて行って、生きた自然に触れさせて、そこから真理を見つけだす、本当に意欲的に探究する子どもたちが育っていく、そういうことをやっておられたんですね。その先生方から、天神崎は生きた教科書、天神崎は平凡に見えるけれども、いろいろな生き物が生き続けていけるだけの自然環境の調和が保たれている。そのような自然環境の中で人類も生きていけるのだ。人類もその生物の一員として生きていくんだ。そのような心に目覚めるための自然を身近に残すということが、大人の大事な課題ではないか。こう訴えられて、私もカウンセラーの経験から、なるほどそうだ、一人一人が別々に生きているのではない。みんなで共に支え合いながら生きている。みんな一律ではない。自然の中へ行ってみますと、全部種類が違うし、特色が違う。それでいいんですね。一律の学校の教育の型にははまらない生徒たちがたくさんおります。それは駄目なのではないんです。枠にはまらないだけの何か特別のものを持っているんですね。その子たちの存在価値、尊さを認めて、本当に成長の軌道にのっていくならば、これは将来大変に立派な人物が育っていく。悩みを持つ生徒たちが伸びていくことを願う教育意欲から、さらに小さい時から人間の心を育てる、やる気を成長させるところの生きた自然を身近に残すことに打ち込んでいくことは、私の教育生活の最後の仕上げの課題ではないだろうか、とこういうことに気づくようになったのでございます。私は生物についてはほとんど何も知らなかったわけです。ただ天神崎の森の中を毎日歩いて、何と素晴らしい森だ、と思いながらその森の中で健康を回復したんです。ですから、その素晴らしい、市街地の隣り合わせのところにあるバランスのとれた自然を後の人達に残すということを、これはもう直ぐ傍らに住んでいる天神崎の番人みたいなものでございますから、しかももう間もなく定年になり、時間もたくさんでてくるだろう、退職金も入るだろう、丁度いいところにおる、ということで神様から「この荷物をしょって行け」と命ぜられたのだと信じて、私は立ち上がることになったのでございます。
(その2)へ続く