修士論文。代数曲面の標準束のコホモロジー的Donaldson-Thomas不変量が元の代数曲面の連接層のモジュライのコンパクト台ホモロジーと同型になることを示した。その帰結として代数曲面の連接層のモジュライ(もしくはインスタントンのモジュライ)やヒッグス束のモジュライのトポロジーの研究にDonaldson-Thomas理論が応用できることがわかる(論文4)。証明のアイデアはDavisonの次元簡約定理を貼り合わせるだけなので大したことはないが、細かい議論を詰めるのに時間がかかり執筆に一年近くかかった。この論文が出たあたりから(局所)三次元カラビヤウ多様体のコホモロジー的DT理論が急速に進展した気がする。
これまで執筆した中で一二を争うレベルで好きな論文だが、被引用数はダントツで少ない。Donaldson-Thomas偏屈層の次元簡約定理をトム同型の一般化とみなしてオイラー類の構成を適用すると、仮想基本類が構成できるというのが主定理。主定理の主張自体は、修論のプレッシャーで意味の有無を考えずにDT偏屈層をいじっていたらひらめいた。あまりに突拍子もない主張だったので証明できるのは遠い未来の話だと思っていたが、Khanの導来超局所化関手のアイデアを聞いたことで証明のための自然な枠組みがわかり、最終的には(導来化されていない)従来の超局所化関手を用いることで証明することができた。
局所曲線の連接層のモジュライが導来臨界点集合になっていることを証明した。この帰結として、局所曲線のコホモロジー的DT不変量を定義する上で難解な貼り合わせは不要であることがわかる。特に局所曲線のコホモロジー的DT理論はポテンシャル付き箙のコホモロジー的DT理論と同様に構築することができることもわかる。証明は局所曲線上の連接層の導来圏を、変形カラビヤウ完備化と呼ばれる非可換版の臨界点として記述することで行われた。
元々は論文4の一部であったが、論文の仕上げの際にdg圏についての主張の証明にギャップが見つかり、そのことを無限圏・ホモトピー論の専門家である共著者に相談したところ「それって要はBarr-Beckでは」と即答され、実際にそうだった。
(GL_n-)ヒッグス束のモジュライ空間のトポロジーをコホモロジー的DT理論を使って調べた。応用の一つとして、(GL_n-)ヒッグス束のモジュライ空間の位相的ミラー対称性として解釈されるべき主張を示した。二次元の理論を理解するのに三次元カラビヤウ多様体の連接層の数え上げ理論が重要な役割を果たすのはとても不思議だ。もともとは局所曲線のGV不変量を計算するプロジェクトだったがうまくいかず、指導教員であった戸田先生に相談したところ論文3の主定理の主張を教えてもらい、方針を変更して本論文を執筆するに至った。
一般の三次元カラビヤウ圏に対して、Kontsevich-SoibelmanとJoyceはコホモロジー的ホール代数(CoHA)と呼ばれる代数を構成できると予想した。この予想は10年以上にわたり未解決であり、そのことが三次元カラビヤウ圏のコホモロジー的ドナルドソントーマス理論の発展の最も大きな障害となっていた。この論文ではこの予想を解決することに成功した。修士一年の時からずっと考えていた問題だったので、解けたときはかなり興奮した。
証明のアイデアはうまく寝付けない夜の午前五時ごろ、全く別の問題(DT理論における壁越え公式の非線形一般化)を考えていたときに唐突に閃いた。壁越え公式の証明にDT偏屈層の双曲局所化公式が有効であることに気づき、そのアイデアとDrinfeld-Gaitsgoryによる幾何学的ラングランズ対応での第二随伴の証明のアイデアを組み合わせると、CoHAおよびその非線形一般化であるコホモロジー的ホール誘導(CoHI)が構成できることがわかった。分かってしまえば何も難しくはないが、DT理論の非線形一般化について考えていなければ一生気付かなかったと思う。問題解決の糸口は思いもよらないところから来ることが多いような気がする。
スタックからその良モジュライ空間への射は一般に固有どころか表現可能ですらないが、固有底変換公式やBBDG分解定理が成立するというのが主定理。BG_mが無限次元射影空間とホモトピー同値で、固有なもので近似されるのと全く同じ理屈。線形なモジュライ空間に対してはDavisonとMeinhardtが10年近く前に同様の主張を示しており、それを一般の良スタックに拡張したのがこの論文の貢献。固定部分群の次元についての帰納法で示すのだが、そのねじ回しがトリッキーで気に入っている。
結果自体は2022年末あたりに得られていたが、単体で論文にするほどの結果ではないと思いしばらくこのHPのNotesのところに置いていた。論文5がとても長くなってしまったので、バランスを取るために短い論文を書きたいと思い、この結果を論文にまとめることにした。この論文を執筆した2024年あたりから人々の関心がGL_n-ヒッグス束から一般のG-Higgs束に移ってきた感があるので、偶然ではあるがちょうどいいタイミングで論文が出せたと思う。
これまでの中でおそらく最も重要な論文。 ある種の対称性を満たすスタックのコホモロジーがホール誘導(放物誘導の一般化)によって、 有限次元のピースに分解することを証明した。広いクラスのスタックに対してこのような主張が成立するのは驚くべきことだと思う。 この分解は幾何学的ラングランズ対応におけるEisenstein-cuspidal分解のコホモロジー的な類似物と解釈することができ、今後三次元多様体の幾何学的ラングランズ対応において重要な役割を果たすと思われる。応用としてG-ヒッグス束のホッジ理論的ラングランズ双対性予想の定式化や、リーマン面の主G-束のモジュライ空間の交差コホモロジーを計算するAtiyah-Bott型の漸化式を与えている。
内在Donaldson-Thomas理論シリーズの第一弾。この論文ではcocharacter latticeとWeyl群の理論、およびWeyl chamberの概念を一般のスタックに拡張した。これらの組み合わせ論的構造はstackyな情報(ゲージ理論的にはreducible connectionの情報)の現れ方を記述しており、stabilizerを加味した不変量を構成する上で重要な役割を果たす。DT理論以外にも半安定還元などに応用がある。
研究が最も辛い時期であった2022年冬のOxford滞在時から2年間に渡り議論を続けて完成させた論文なので強い思い入れがある。DT理論を一般のスタックに拡張するというアイデア自体は(それまで名前しか知らなかった)羊文学のアルバム"our hope"をなんとなく聴いていたら天啓のように降ってきた。どのような形であれ、新しい刺激があると研究に活きるのだなと思った。
内在Donaldson-Thomas理論シリーズの第二弾。この論文ではDT不変量の構成を一般の(-1)-shifted symplectic stackに拡張した。構成にはJoyceの極非存在定理の一般のスタックへの拡張が重要な役割を果たす。Joyceの元の証明は難解な組み合わせ的計算によるもので、世界で証明を理解しているのはおそらく数人程度であり、DT理論におけるブラックボックスのような扱いを受けていた。この論文における拡張は非常に一般的でありながら、その証明は驚くほど簡単である。「正しい定式化の下で定理は自明になる」という言い伝えがあるが、今回の論文ではそれを強く感じた。
論文7の主結果から”直交性”と呼ばれる技術的な仮定を外すことに成功した。このおかげで論文7の主定理を一般の閉三次元多様体のG-指標スタックに対して適用することが可能になった。これは保型形式の理論におけるラングランズのスペクトル分解の三次元多様体類似として解釈すべき主張だと思われる。また、別の応用として固有な良モジュライを持つシンプレクティックスタックのBorel-Mooreホモロジーの純性を主張するHalpern-Leistnerの予想を解決した。
2022年からずっと追い求めていた主張だったので自分で示せて良かった。現在の技術では難しいと思い数ヶ月ほど放置していたが、あるとき思い立って考えてみたらその日のうちに解けてしまった。わかってしまえばやるべきことをやるだけなのだが、幾何学的な証明にこだわりすぎていたために気づけなかった。数ヶ月放置したのが結果的に良かった気がする。