どんな歌があるの?

自選80首

(2007年の全歌集より)

『高柳蕗子全歌集』(2007年8月) から80首紹介

ユモレスクより

殺人鬼出会いがしらにまた一人殺せば育つ胃癌の仏像


瓜売りは瓜の顔して橋の上一つまた一つ投げ落とす瓜


浜にきてみだらな臓器いやしめばうすやみの海をわたってくる虎


めくられてゆくトランプのてっぺんで一瞬憂い深まる絵札


犬は尾を男は手を降る青空にあおいあおいと楽しい遠吠え


立ちションの背をノックして消え失せる街灯の霊の眉あげる癖


幽霊船ためしに二隻となってみるさらに四隻もういやになる

回文兄弟より


絶望より脱帽だよと一郎は禿に虹たて「浦和で笑う」


毛虫眉そろわぬほどに逆上しやきもち焼きの「二郎這う露地」


三郎に日々新しい名をねだる 喘息病みの「震えるエルフ」


冷酷さ誇る四郎が魚抱いて眠れば小声で「理由乞う百合」


五郎夫妻殺意とともに分かちあう架空の友は「イカした歯科医」


貧乏ゆすりに銀歯ゆるめつつ六郎がときどき化ける「奇抜な椿」


女らの野菜のような影嫌う港の七郎「妹おもい」


八郎は盗んだ亀の下敷きとなって御陀仏「けだるさ去るだけ」


断固たる面持ちで五円玉めがけ放尿している「九郎耄碌」


晩年の家出たくらむ十郎をはなれぬ背景「鷺なく渚」


*


いたみやすい真夏の闇は新鮮な長い悲鳴で殺菌される


泣いてしまえば所詮は少女ものかげで赤い十円玉になるだけ


いつまでも少女でいるその代償は絞殺される毎晩の夢


中国のとても淋しい虹博士 出る虹出る虹一喝で去らせ


濃密な闇夜に足を組みかえて聞き入る虫の侍言葉


終電の明かりを消した網棚にまだあたたかい観音の腕


狐狩るみんなはどこに風が来てかさこそ枯野に積もる枯れ虹


ネーブルの中の少女がおしっこを我慢しながら唱えている九九


色褪せて流れつく虹たくさんの手が抱きおろす西方浄土


あたしごっこより

まちがってあなたが迷いこむように真っ暗になれ あたしの夜


誰かしらつまづく音で毎晩のありかが知れるあたしのバケツ


満月を尾で掃き消した夜空からあなたをつまむあたしの狐


その愛もどうせいつかは鳩の餌 と言いにはるばるあたしの捨て犬


「ほらネッ」と言いたいために恐ろしい予言続けるあたしの金魚


ただのミルク怪しんでひと舐めごとに青ざめて死んだあたしの猫


かわいがれず撫でまわすうちに一夜明け蜜柑になったあたしの赤ちゃん


みんな淋しいのに忘られただけで黴びてあたしの蜜柑の弱虫!


捨てようか食べてしまおか古蜜柑 誰かあたしを抱きしめなさい


牙の抜けかわる今夜は腕ぐみの兄があたしの夢の番人


また役にたつ日来るまでトランプに戻すあたしの髭の兄たち


裸になりたくてまた誰かの闇へ髪を垂らすあたしのラプンツェル


思い出の要所要所で放ちやるあたしの犬ども「ごめんね」の顔


大喧嘩の末にあたしの右左 生まれかわり合うキバタンコバタン



あいうえおごっこより

穴ひとつあけて阿呆があの世へと謝ればおつり アキアカネ出る


腕生えるうれしい疼き 薄闇の海に沈んでウバザメを抱く


喜悦したきんきん声で麒麟までも跪拝し曰く「君が嫌いだ」


暗やみは食いでがあるろう鯨くん 黒いくちびるくあんくあんだ


巻積雲 けちょんけちょんで毛脛から煙たてて去った賢者のあたり


多島海 垂れ耳の神たずねあて祟りたまえと倒す竪琴


長考の父よあたしは宙ぶらりん 膣に小さな蝶うかばせる


つま先の冷たさ さては月にまた吊してきたか罪もない鶴


盗んでとぬかしたあたし糠雨に濡れて重たいぬいぐるみになる


凭れれば木星の渦 もう撫でてもらえぬ父の猛毒手袋


ゆうべはみな愉楽のおねしょ 許せまばゆい金魚など夢に放して


論駁する驢馬に揺られてロボットが朗読するのは論語じゃないか


笑いぐさ 忘れ形見は悪い子で腋臭の鰐をわざとかわいがる


仰臥するぎょろ目がギラリ銀河へと魚影をひとつ義絶してやる


絶叫で前編終えた喘鳴の舌下に泡立つゼロがいっぱい


亡霊はボサボサ頭 棒立ちの坊やの膀胱ぼんぼり灯る



潮汐性母斑通信より

発汗するなま新しい言霊にもだえるロボット霊媒部隊


いちどきに滅んだキューピー人たちの遺髪ふぶいて星をまもる


おごそかに応射されくる心音のひたすら僕へと古びるちから


きょうだいで掘る星深く遭うたびにまさぐり指でするちゃんばら


世は白雨 走り込んでは牛たちのおなかに楽譜書く暗号員


傍受せり 裏の世に兄は匿われ微吟する「二一天作ノ五」


*


一の世はいつも夕暮れいつも秋 いろんな人のいのちを舐めよ


虹匂う二の世に鬱ぐ銀髯の祖父にうまって越冬すべし


三の世に再々婚は淋しけれ さばしびさばしび空耳埠頭


ヨーデルで呼べばやわらぐ四の世に詠みのこされし神仙の臍


香水をふりふりあやせ 五の世的語法指南役金剛鸚哥


六の世に驚くなかれ漏刻とみまがう老婆しかも論客


七の世も幼し 聖徒の撫でまわす姿なきだいじなオットセイ


八の世は葉影はるかに歯を磨く父母おわします はろう はろう


くしゃみするたんびに星が倍になる九の世に頭くぼむクラーケン


十の世の地雷畑に発根をうながすおばばじゃらじゃら声

*


象の鼻で打ちのめされて世に青む三日月のもと おばあさんと孫


駆けつけて屋根で煙突譲り合う消防服潜水服宇宙服


ままーはるかみみーお人形ぜんぶ抱き椅子に乗る羽がいっぱい生える


花あかり みどりの指の細君に銀の消防服でただいま


霊能を集めて一家がかきまぜるジグソーパズルの父の肖像


おべんとう 指から食べたおたがいの中ほどが虹みたいにまずい

抱けばもがくうさぎだけれどわからぬよう通電すると少しわらう


一度でも人のこころに触れたものは燃やせばわかるどーりーどーりー


火がめくる『月刊交番』めくりつつ火が男泣き『白い警官』


手錠した両てのひらにかわるがわる聴診器あて「どちらも無罪」


うずいている夕焼けている 関係者各位わたしの乳首は交番である